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片隅に生きる人々  作者: 伊集院アケミ
第二部『仙台死闘』編
13/35

第13話「全力さんとの別れ」

 あれからしばらくたったが、ガサのニュースが新聞で報道されることはなかった。金融庁は面子を大事にするところだから、僕を取り逃した彼らが、マスコミに情報を流さなかったことは十分にあり得る。だが、あの日の出来事は夢ではなく、確かに存在したはずだ。


 何故なら、箱は今も僕の手元にあるし、爆弾の話も本当だったからだ。箱の中には一通の手紙と、爆発物の仕掛けられたノートパソコンが入れられていて、パソコンを起動すると、起爆シークエンスが自動的に発動する仕掛けになっていた。一度起動すると解除は不可能で、起動から二分後に爆発すると、その手紙には書いてあった。


 爆発物の入ったノートパソコンは赤瀬川さんに頼んで内々に処理して貰ったが、彼の身内すらドン引きするほどの、強力な殺傷能力を持つ爆弾だったそうだ。


 あれから全力さんがしゃべることは二度となかった。居眠りしてる時に、何度も話しかけてみたが、全力さんが不機嫌な顔をして目を覚ますだけだった。今となっては、あの日の車内の会話は、逃亡に成功して興奮状態だった僕が見た、白日夢だったのかなと思ったりもする。


 車は無事に金融流れのものを手に入れたが、相場を張る気にもならなかった。口座はどうせロックされてるに決まってるからだ。僕は全力さんと共にあちこちをプラプラしながら、無為な日々を二週間ほど過ごした。


 今のところ、僕の人生は特に何も変わってない。スマホとパソコンを失い、相場が張れなくなっただけだ。彼女の審査に合格した時、それは実際には仮合格だった訳だけど、僕はとても嬉しかった。彼女の最後の質問は、「僕がこの箱の所有者になって、一体何をしたいのか?」というものだったはずだ。僕は何と答えたんだっけ?


「もし、僕が箱の所有者となって、何か力を持つことが出来るのだとしたら、僕は僕の大切な人たちの存在を世に知らしめることに、その力を使いたいと思う。良い部分も悪い部分も含めて、それを出来るのは僕だけだと思うからね」


 その言葉を思い出した僕は、やるべきことをちゃんとやろうと思った。それで僕は、全力さんを連れて、仙台市の某所にある、赤瀬川さんの事務所に顔を出した。


「もう一度、剣乃さんのために自分の時間を使おうと思います。しばらく旅に出ますので、全力さんをお返しに来ました」

義兄あにきのため? どういうことだ」

「相場師としての剣乃 征大(ゆきひろの名を知るものは、もう僕らしかいません。たまに語られても、それはフィクサーとしての側面でしかない。そうでなかったことを証明できるのは、僕しかいないと思います」

「そうか、ちょっと待ってろ」


 赤瀬川さんはそう言って、事務所の奥に消えた。そして、かなり厚めの封筒を持って戻ってくる。


「餞別だ、持っていけ。お前ならきっと、1年は潜れるだろう。車もやるよ」

「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」


 厚みからして200万はあるだろう。別に金をせびりに来た訳じゃなかったんだけど、お上の手が回ったせいで口座から出金できずにいたから、正直助かった。手持ちの現金も合わせれば、2年は楽に暮らせるだろう。


「具体的には、何をするつもりなんだ?」

「また、小説を書いてみようと思います」

「そういや、お前は物書き志望だったな。食うために始めた相場にどっぷりと浸かって、気づけば兄貴の片棒を担いでたが……」

「そうですね」


 僕は苦笑しながらそう答えた。僕を仕手の世界に引き込んだのは、他ならぬ赤瀬川さんだからだ。決断を後悔したことは一度もないが、もしあの時、彼と出会ってなかったら、僕はまったく別の人生を過ごしていただろう。

 

「お前の口座の事は、俺がいずれ何とかしてやるよ。どうせ、そのうち時効だ。お前のガラを抑えなきゃ、差押えまでは出来ないはずだしな」

「そうですね」

「俺には文学は分からないが、しばらく物書きやるのもいいだろうさ」

「口座については、全て稲見先生と赤瀬川さんにお任せします。また復帰する時には、必ずお役に立ちますので。じゃあね、全力さん」


 僕は最後に全力さんをひと撫でして、赤瀬川さんの事務所を離れた。旅の支度は既に完璧にしてある。


「これから暑くなるし、とりあえずは北に向かうか……」


 僕はそう独り言ち、新潟方面に車を走らせた。お気に入りの図書館と温泉があるからだ。角栄の記念館にも、久しぶりに行ってみたい。


「本気で創作に打ち込む時には、一人にならなきゃいけない」


 それが、僕の信条だった。


(続く)


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