72.焚火
「んっ……」
1度冷えてしまったからだろうか。ローブの前を繋ぎ止めるように掴んでいるものの、身体に少し震えが走る。
「火、起こすので。身体冷やさないようにして下さい」
「え、いや別に……」
すると、コルチが腰を上げて周りの石を拾い集めながら声をかけてきた。とはいえ手を煩わせるのも忍びないため、申し出を断ろうとする。
「……雨も長引くでしょうし、最悪ここで1日過ごす可能性もありますから。あたしも温まりたいっス」
「む、そっか」
ちらりとこちらを見てから火を起こす準備を始めたコルチを見て、単純に配慮が足りなかったかもしれないことに思い至る。目に見えて震えが出ていそうな俺はともかく、彼女だって身体は冷えるだろう。
などと思いながらも気を利かせて貰っていることも察しつつ、感謝して待つ。
「あ、身体をくっつけて暖を取るって方法もありま――」
「火で頼む」
「……はーい、了解っス」
そうして気を緩めているととんでもない提案をされかけたため、食い気味でその言葉を遮った。
笑われている気がするが、その理由が先程の提案によるものだったとして……断らなかったらやるつもりだったのだろうか。
いや、やりたい訳ではないが。それでも俺には火起こしなんて出来やしないので、主導権が向こうにある状態だと気が気ではない。
「そういえば、火なんて起こせるのか?道具とか……」
「……。魔石があるので大丈夫っスよ」
きょとんとした顔で少しこちらを見つめてから、コルチは近場で軽く石を拾い集めて円のように場所を作り、空間魔法からまた別の石を取り出した。
ただの石ころに見えるそれは、よく見ると規則性のある形に加工されているように見える。どことなく、前に浄化の魔石とか呼ばれていたものと似ているが……。
「あー……」
「……?」
それをどうするのかと思って見ていたが……コルチは剣を置いて取り出した石を持ったまま、反対の手で空間魔法に手を突っ込んで停止する。
首を軽く傾けて次の言葉を待つと、コルチは空間魔法から手を抜いて申し訳なさそうに呟く。
「そういえば、薪とか買ってなかったっス……」
そう呟くのを聞きながら、俺は彼女の持っている石にそっと近付いて【鑑定】と念じる。
――――――――――
【サフラ結晶】
魔力への指向性を保存する物質。外部の魔力と干渉させると指向性が失われる。少し苦い。
――――――――――
「……味?」
予想通りの情報に、余計な情報まで付属している。少なくとも食用ではないと思うのだが。
「ん?」
「あ、いや」
近くで声を出してしまったからか、コルチがこちらを不思議そうな目で見てくる。まどろっこしいが、話の流れから考えても火をつけるためのものだろう。
「燃やせそうなもの、あるぞ」
「え、ほんとっスか」
「ああ。上手く燃えるかは知らないが」
「火がつけば何でもいいっスよ。ま、最悪あたしの服でも燃やせばいいっスから」
あくまで最悪の場合ですけどね、と付け加えてその場に座るコルチ。
それを見て味への疑問を捨ておき、彼女に合わせて地面に座りながら薪の代わりになりそうなものを空間魔法から取り出す。
火にそこまで詳しい訳でもないが、枝や布なら多少は燃えるだろう。そうして、ある程度積み上がったところで手を止めた。
「まだ必要か?」
「これだけあれば十分かと。……んーと、姉御」
「ん、なんだ」
「なんでこんなの空間魔法に詰めてるのかなー……って」
「へ?」
コルチの視線を追うと、訝しむように取り出したものを見ていた。その反応を疑問に思いつつ、持ちきれずに置いた可燃物を見る。
少し太めの枝が数十本と、いくつかの布。着ていた時のものとは別のものだが、何度か結んだ後がある。特に結び目の多いこれは……確か、石詰めの布を作ろうとしていた時にダンジョンの行き帰りで拾っておいたものだ。
枝は先を尖らせれば使えるかもしれない、とか考えて拾った記憶がある。結局使う機会もなかったため、今の今まで肥やしになっていたが。
「えっ、と」
……だが。
こうして見るとよく言えばガラクタ、悪く言えばゴミ。布はまだ小綺麗な方だが、長さも太さもまばらの枝と並べるとさながら廃棄物だ。
指摘が入って始めてこれがガラクタだと認識した。自覚出来ただけマシだろうが、俺の頭は相当疲れているのだろう。
「その、武器に。武器にしようと思って、拾ってたんだ」
「それもどうかと……助かりましたけど。使って大丈夫っスよね?」
「あ、ああ。もう使う気はないから……」
拾った時は意味があったからゴミではなかったんだ、と小声で主張する俺。だが、それが苦しい言い訳だと自覚しているのは見抜かれているのだろう。苦笑いのコルチの視線がこちらを向いていないのに痛い。
ゴミ拾いを兼ねていた……などと通用しそうな言い訳を思いついた時には作業を進めていたため、色々な言葉を飲み込んで作業を見守る。
長い枝を折って残っていた木の皮を軽く剣で削ぎ、布を数本の枝に巻き、先程作っていた石の輪の中にある程度組み終えた後、その上に別の枝を交じえながら……。
「……」
そういった知識なんてろくに持ち合わせていないが、恐らくコルチの手際は良い。俺は手を出さない方が手助けになるのだろうことはわかる。
そして、ある程度組み上がったそこに……サフラ結晶とか言うらしい石が枝に置かれる。すると、そこを中心にぼうっと火がついた。
「お……」
軽く目を閉じながら、焚き火に手をかざす。ほのかに暖かい。ぱちぱちと弾けるような音だけでも燃えているのが判る。
――ゴッ……。
「ん?」
焚き火の音に耳を傾けていると、ふとどこかから何か物音が聞こえた気がして振り返る。
当然のように周りには何もいない。気のせいかと思い焚き火へ視線を戻すと、俺の様子を見ていたコルチが声をかけてくる。
「どうかしました?」
「何か聞こえなかったか」
「いえ」
もう一度耳を済ませても何も聞こえない。聞き違えだろうか。
元来の自分もそこそこ神経質ではあったのだろうが、耳が大きくなって聴覚が鋭敏になったのか……だとしたら正直、自分にとってはデメリットになっている気がする。
「……寒くないか?」
「温まってるっスよ。抱っこでもしてあげましょうか?」
「いや、そういう意味じゃない……暑いからやめてくれ」
あまり気にしないように適当に話しかけると、コルチが少し寄ってきて本気で抱こうとしてきたため崩していた脚を正して軽く離れる。
「残念っスねえ」
目が合うことは無いがこちらの反応を笑っていた。こちらを男だと知らない以上、子供としてからかわれているのだろうが……複雑な気分だ。
何かと子供扱いされているフシがあるため、俺にとってはどれが冗談かを判別するのが難しいのも悩みのひとつではある。
……考えれば悩みなんていくらでも思いつくし、考えても解決出来ないのも悩みだ。
揺らめく火を見ながら、改めて尻尾を踏まないように腰を降ろす。
「……」
「姉御って、どういうことは覚えてるんです?」
「え……どういうこと、って?」
何も考えずに火を見ている時に話しかけられ、心臓がどきりと跳ねる。思わず質問を返すと、コルチは少し間をおいてから話し始めた。
「記憶喪失ってあたし的にはもっとこう、なーんにもわからない!……みたいな感じに思ってたんスよ」
「あ、あー」
「姉御って食べ方とかも妙に綺麗なので、どこの出身だったのかなーって」
「……そんな綺麗か?」
「綺麗っスよ。服着てなかったのに」
「ちゃんと今は着てるから……というか関係ないだろ」
「あはは……母親とか、家族のことも覚えてないんです?」
どこかやましい気分だったが、冷静に考えるとやましいというか、本当に記憶がない。
「……。うーん」
適当に答えようにも、亜人がどういう存在なのか謎だ。名前からして人間と何かのハーフっぽい気はするが、推測に過ぎないうえ、俺にそれが適用されるのか判らない。
「覚えてないな」
と、くれば結局こうなる。元の家族構成も思い出せないからあながち間違いでもない。少なくとも、俺の両親は猫耳が生えるような遺伝子を持ち合わせて無いはずだが……。
「えー、覚えてないんスか……じゃあじゃあ、姉御――」
――ズンッ。
突然、コルチの言葉を遮るかのように重い音が響く。先程より明らかに大きい音は当然コルチの耳にも届いたようで、会話が中断される。
「!聞こえた」
「何か、落ちたような……」
同じ音が聞こえたらしいコルチも音の正体に首を傾げる。地響きのようにも聞こえるが……。
更に耳を凝らすと音が遠くから聞こえたため、俺はローブを脱いで空間魔法へ押し込む。
先程より大きく聞こえるからか、重いものが落ちたような音に混じって何かが擦れるような音も聞こえる。仮に自然現象だとして、こんな音はするものなのだろうか。
「火の処理しますね」
「ん、わかった」
火に石を投げ込んで消火を始めるコルチを横目に洞窟の奥を見ると、まるで動いているかのような錯覚を覚える。
膝を立てながら落ち着けるように息を吐く。変な胸騒ぎがする。警戒をしているだけなのに妙に落ち着かない。
「……?」
そして、その胸騒ぎの理由はすぐに判明した。
蠢いているかのように感じていた暗闇。それはよく見ると、何か生物めいた動きをしている。そう、本当に生きているかのように。
違和感が疑惑になった俺は、そこを見るために意識を集中させると――。
「……っ」
唐突に見えた……見えてしまった俺の毛が、尻尾に至るまで逆立つ。
暗闇だと思っていたそこには……俺達の身長を合わせて足りないくらいの石の塊が居た。