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69.体力

「ん、ぅ……?」


身体への圧迫感で目覚めた俺は、目を閉じたまま身体を起こ……そうとしたが、何故か上手く動けない。


昨日の事を思い出しながら薄く目を開くと、ちらりと見えるのは腰に巻き付くように回された細い腕。それによって身体が固定されている事は一目瞭然だった。


「……。……」


俺は寝返りを打って逃れようとするが、少し転がるとゆっくり引き戻される。女子らしい細い腕でも、今の俺の小さい身体を動かすには十分らしい。


「コルチ、起きてくれ……」


とはいえ、このまま動けないのは困る――ので、長丁場を覚悟して声をかけてみたところ、予想に反してコルチはすんなり身体を起こした。


「あや、お目覚めでしたか」


「……うん。おはよう」

「おはようっス、姉御」


拘束から解放されて動けるようになった俺は、首だけ回してコルチの方を眺める。彼女は身体を起こし、自分の腕をもう一方で掴んで軽く伸ばしてから、ベッドから立ち上がっていた。


「普段、このくらいで起きてるんスね」

「ん、ああ……」


そして、すぐさま空間魔法の黒い裂け目に手を突っ込み、布を幾つか取り出している。


「……っ、と」


取り出していた布は服だったようだ。彼女が服を脱ぎ始めるのを察した俺は、視線を壁に戻す。


予想通り、背中越しに衣擦れの音や、鏡へ向かう足音が聞こえる。起き抜けという事も関係なく活発に動いている彼女の生活音を聞きながら、先程妙に寝起きが良かったコルチを思い出していた。


「……朝、弱いって言われてたよな……」


コルチ本人は寝起きが良いと自称していたが……ガドルに早く寝ろとか言われていた事も覚えている。


「ん?」

「あ……いや、朝弱いとか言われてたにしては、よく起き抜けに動けるなと思って、さ」


「ま、姉御よりちょっと先に起きてましたから。本当は二度寝するつもりでしたけど」


そう言われると同時、ベッドが背中の方向に軽く沈む。恐らく、コルチが腰掛けたのだろう。


「そもそもあたし、夜更かししてない日はちゃんと起きられてますからね!」

「それ、胸を張って言う事か?」


と、そんな話をしながらも。着替えを見るのが申し訳ないという理由で未だに壁に向かって寝転がり続けている。


向こうからしたら女同士だから、気にしていないのだろうが……少し罪悪感があるのも事実だ。


「ん……」


だからと言って、ずっと寝ている訳にもいかない。着替えが終わったのを見計らって、膝を曲げたまま股を割って座る。外を見るがまだそこまで明るくは無く、時間としてはいつも通りのようだ。


いい加減自分も着替え始めなければと思い、俺は座ったまま背筋を正面に伸ばす。


「んっ……。ぁふー……」


だが、その途中で息と同時に力が抜け、身体から芯が抜けたように布へとへたり込んでしまう。


一晩中ずっと抱かれていたからかのかもしれないが、我ながら困惑するくらい体が重い。土下座に近い格好だが、この状態から動けなくなりそうだ。


「……」


こうしてうつ伏せになっていると、スプリングでも入っているのかベッドがシーツ越しに程よい弾力を返してくる。目を瞑ると、微かに残った体温も心地良く――。


「……。……はっ」


いつの間にか寝かけていたようで、辛うじて意識を取り戻した俺は声を上げる。それを見てか、コルチが笑いながら声をかけてきた。


「あはは、眠そうっスね。もうちょっと寝ててもいいっスよ?」

「あ……。ごめん、すぐ起きる」


目をこすると、髪をツインテールに束ねて、既に身支度を済ませていた彼女が目に入る。


「姉御、朝弱いんスか」

「いや……でも、人の事言えないな。これじゃ」


普段はすっきり起きられていると主張するか迷ったが、今の俺は内外ともに説得力が皆無だ。


じっとしていると今度は本格的に意識が飛びそうだったので、俺は急いでネズミ皮製の防具を取り出し、ローブを脱いで着替え始めた。



――――――――――



「ギシャッ!」

「隙っ……」


洞窟に、ゴブリンの掛け声のような鳴き声が響く。下から大きく振られた棍棒を避け、空いた懐へと近付く。


「有りっ!」


そして、飛び込むようにゴブリンの首へ白い短剣を突いた。そのまま緑色の腹を蹴り飛ばしながら引き抜くと、軌跡を辿るように鮮血が散る。


「ギッ……」


苦しそうに喉を抑えて立ち上がろうとしたゴブリンが、HPが切れた事により気絶し起こした上体が再度地面に打ち付けられる。


首から血を流す様子を観察していたが、ステータスの状態の欄が死亡へと変化したのを見て、俺は息をつく。


「ふぅ……」


―――スキル【短剣術】を入手しました。


成長を知らせてくれるスキルの取得アナウンスを聞き流しつつ、俺は考え事をしながら手の痺れを文字通り揉み消していた。


「大丈夫っスか?」

「……ん。ああ」


「人型の魔物を狩るの、嫌がる人もいますので。無理はしなくていいっスよ」


そんな様子を見てなのか、コルチは剣についた血を布で拭いながらも心配してくれていた。


「ん?いや、そういうのじゃないから安心してくれ」

「本当っスか?さっきからトドメ刺すの躊躇ってるように見えますが……」


俺がゴブリンの首や足を刺しては見殺しにするという、我ながらちょっと惨たらしい倒し方はそう見えていたらしい。


「あー……。ごめん、新しい戦い方を試しててさ」


「あー、そういう事でしたか。なら良いっスけど、調子悪かったら言って下さいね」

「ああ、気を付けるよ」


あながち間違ってもない理由をつけて相槌をうった俺は、コルチから短剣へと視線を移す。乳白色のそれからは、ゴブリンのものらしい赤黒い液体が滴っている。


正直、人型であろうが刺す事に抵抗はない。向こうも容赦なく襲ってくるのだから仕方ないと割り切ってもいる。


なら何をしていたかと言えば、HPについて調べていたのだ。


(……十分判ったし、もういいか)


短剣を振るようにして血を払い、判明したHPの性質を脳内で纏めていく。


まず、急所を突けばすぐ死ぬ訳では無い。出血ではHPが減っていくだけで、そいつの持つHPが無くなるまでは死なないし、動く事も出来る。当然、HPが無くなったら気絶する上、負傷で動きも鈍るので攻撃が無意味という訳でも無い。


(まあ、ラットとかも痛がっていたと言えば痛がってたしな。魔物だから痛覚が無いとかじゃなくて良かった)


そして、怪我をしたまま気絶すれば死ぬ。更に言えば、足から血を流すのと首から血を流す場合ではHPの減り方は違うようで、刺した箇所によっても死ぬ速さは違っていた。


推測する限り、気絶したまま一定量のHPを失うと死亡する、というルールなんだと思われる。


(……HPはあくまで『動ける限界』で、ゼロになってから更に一定以上のHPが減ると死ぬって事か。ますます、【複魂】は使えないな)


事実がそうであるかは兎も角として、すぐ死なない事は有益な情報で間違いない。だが、こと死亡が切っ掛けで発動するスキルを持つ自分には、その情報を一概に良いと言えないのも間違いなかった。


最悪、気絶させられたまま生殺しにされようものなら【複魂】は発動しないという事だ。軽い怪我なんかはHPの減少が殆ど無いなら、ボロボロのままどうしようも無くなれば……自殺も視野に入れないといけなくなる。


「――姉御、向こうにいます」

「ん、了解」


そんな事を考えているとコルチに呼びかけられたため、緩んでいた気を引き締め直す。


――最悪の場合を考えるより、そうならないよう努力する方が建設的だ。前の依頼の時とは違って今回はゴブリンもよく見かけているし、また不意打ちを食らわないようにしなければ。

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