65.敵対
影から飛び出した俺達を捕捉した群れの1匹が、言葉なのかも怪しい鳴き声を上げようとする。
「ギィ――」
「シッ!」
だが、気が付くのが少し遅い。俺より先に突撃していた彼女は息を細く吐きながら群れへ踏み込み、そいつの喉笛を切り払った。
「!ギシャ」
向こうは流石に驚いているようだが、様子を見る必要はない。
「……とぉッ!」
「シ――!?」
俺は足音を極力消して走り込み、コルチを襲わんとするゴブリンへ全速力で飛び蹴りを放ち、変な形をした顔面を強打し、頭部から滑らせた。
地面と擦れる音を聞きながら間髪入れずに追撃を入れようとしたが、残っていた二匹が立ち塞がってきた。
「チッ……無理か」
舌打ちをしつつ、勢い込んで前に出過ぎた分だけ後退してコルチと並ぶ。
やはり、不意打ちに関して警戒するだけの知能もあるみたいだ。今まで戦った敵と違い、自分達が襲われる可能性を理解している気がする。
……奥のゴブリンが立ち上がろうとしているので、やはり仕留め損なっていたようだ。本当はこれで1匹屠りたかったが、全体重をかけても俺の飛び蹴りではその程度なのか。
「左、やります」
「了解。……っ!」
「ギシャァ―――!」
返事をしたタイミングで、武器を手に襲いかかってきたゴブリンの棍棒を避ける。
(……っぶねぇ)
岩肌にも関わらず軽く凹んでいる地面からして、直撃を避けなければいけない威力なのは確かだ。
コルチの方は確認する必要はないので、高速思考を使ってこちらに攻撃してきたゴブリンのステータスを見る。
――――――――――
Lv:12
種族:ゴブリン
状態:正常
HP:144/144 MP:14/24
戦闘スキル:
【兜割り.lv2】
スキル:
【鈍器使い.lv2】
――――――――――
比較する為にこの世界に来た時を思い出すが、あの時はHPやMPが見えなかったからだろうか。見た時の感想は結構違う。
明確に違うのは、スキル構成に【武器作成】が無い事か。後、普通にレベルも高ければスキルレベルも高い。
というか、MPが減ってるって事は【兜割り】を使ってるな。合計二発しか打てないスキルを不意打ちで使ってくる辺り、明らかな殺意を感じる。
(レベル12。いつぞやの大鼠くらい強いけど……攻撃、通ってるよな?)
蹴り飛ばした方のゴブリンのステータスも見ると、HPは残り58。個体差は無いのか、その最大値も同じだ。つまり、飛び蹴りでは……86削れたという事になる。
正直なところ、数値はどうでもいい。重要なのは、攻撃が通らないという事態にはならないと判った事だ。危惧していた問題が解消出来たため、長考してMPを浪費するよりは行動に移した方が良い。
「シャ……!」
「っ」
雑な木製の棍棒でまたもこちらを殴りかかってくるゴブリンだが、横っ飛びするようにそれを避ける。恐らくまた【兜割り】なのだろう、地面を穿つ一撃は虚しく俺のいた空間を抉った。
「やぁッ!」
「ギャ!?」
そして、避けた事で少し隙の出来たゴブリンの腹に押すように蹴りを入れる。
思い切り後ろへ倒れたそいつに接近し、蹴った方の足で踏み込み、逆の足で完全に押し倒しながら踏みつけた。
「ゴ……ッ」
腹を圧迫され苦しそうな緑の魔物に、腹をにじりながら膝を曲げて顔面に落とす。
「離せ……!」
更に棍棒を掴みながらまだ息のあるそいつの頭を横にぶん殴り、棍棒を離さまいとする手の力が弱まった瞬間に奪い取って――振り下ろす。
「ギ……」
すると、魔物の微かな断末魔と、重量のある物同士がぶつかる音が響いた。
ステータスを確認すると、流石のゴブリンも事切れていた。だが、ここで油断はせずにもう1匹を――。
「あ、丁度こっちも終わったっスよ姉御」
――仕留めようと……して、構えた棍棒を下ろす。もう1匹は、腹を剣に捌かれて地面に転がっていた。
どうやら、俺が狩っている間に彼女が仕留めていたみたいだ。
「……流石だな、コルチ」
「普通っスよ。姉御、その戦い方は相変わらずなんスね」
何でもないかのように言ってのける辺り、これくらいはコンスタントに出来るようだ。やっぱり強いんだな、コルチ。
俺の討伐スピードの問題ではあるのかもしれないが、これでも結構急いだつもりだったんだけどな。
(……不完全燃焼って感じだ……)
戦っている最中に邪魔が入らないよう急いだだけなので、狩られていても別に問題ではないのだが。
「んー、でも4体ならもうちょい進まないとっスね。今ので警戒されてるでしょうし、不意打ちだけはされないようにしましょ」
「ああ」
もっと奥へと歩みを進めるコルチに、周りを警戒しながらついていく。確かに、そこそこ暴れたので近くにいれば寄ってきそうだ。
棍棒を持ち直しながら軽く素振りをして、やり場の無い気持ちを維持する。次に会う魔物には悪いが、捌け口にさせて貰おうか。