64.小鬼
「あ、完成したんスね。それ」
ダンジョンへ向かいながら準備運動をしていると、コルチが俺の格好に気付いて反応する。
「何日か前に出来てたらしくてな。今朝、引き取ったんだ」
身体のラインが出るようなきっちりとした装備なので、ローブを羽織っていた関係で隠れてしまっていたみたいだ。別に見せつけるようなものでも無いし、いいのだが。
……とはいえ、一度ローブを羽織っていた事が原因で服を捲られた事もあったし、余計な誤解を生まないためにも今後は重ね着はやめるべきだろうか。どうも人目を避ける癖が着いている気がする……。
「へぇー、似合ってますね姉御」
「まあ、サイズもしっかり合わせて貰ったしな」
「いや、それもあるでしょうけど」
コルチは手の指をもう片方の手でほぐすように伸ばしながら、微妙な表情をする。
「姉御、ちゃんとお洒落したらもっと可愛いと思うんスけど。服、買いに行かないんスか」
「……まあ、そのうち買うよ」
俺は万が一にも弛んだりしないように、手を開いて皮の手甲の裾を引っ張りつつ、目を逸らした。
服を買いに行くと女性用の服を勧められそうだし、流石にそこまで割り切れてもいない。下着も女物を着けているとはいえ、着けなくていい理由があるなら脱いでいる。
今の格好で何もつけないと、肌が空気に晒されるので脱ぐことはないだろうが。
「それ、行かない人のセリフじゃないっスかね」
「……気のせいだ。ほら、依頼に集中しよう」
彼女の指摘通り服を買う気は無い俺は、適当に誤魔化す。
衛生面とかを考えた場合でも、新しい服を買う必要性はあまり感じない。洗濯いらずな魔術付与があるのが、俺が新しい服に拘りを感じない主な理由である。
ローブも水洗いくらいはしようとしたが、思っていた以上に【浄化】とやらで汚れがつく心配が無いため、ほとんど着たまま過ごしている。……ファンタジーな機能、様々って感じだ。
むしろ、こんな便利な物があるのに新しい服に拘る理由も謎だ。かくいうコルチもそこまで着替えている印象は無いし、セフィーやメランですらも同じ服を着ていたような気が―――。
「―――足跡ありますね。行きましょ、姉御」
そう言いながら、コルチは刀身の細い剣を取り出す。
ダンジョンの中へ足を踏み入れると、なんとなく空気が変わったような感覚に襲われた。
「本当に外に出てるんだな……行くか」
……そろそろ、雑談は終了だ。目の前にある洞窟を優先しよう。人に集中しろと言っておいて、俺が気を散らしていては意味が無い。
もうダンジョン内なのだから、適当に進んで敵に突っ込めば冗談では済まない。
「……もうちょい奥っスかねー」
「そうか」
当然のように灯りを必要としないダンジョン内を進む。広さも十分にあり、元の世界で言うならトンネル程度の広さはある空洞。
当たり前に入ったが、ダンジョンへの入口に踏み入れた時点で急に広くなるのは未だに不思議だ。
「そういえば、姉御ってまだ素手で戦ってるんスか?」
「そうだな。……素手だと駄目か?」
「いえ、場所によっては剣とか持ってるので危ないかなあ、と」
世間話のような雰囲気で言われたが、どうやらゴブリンと戦うにあたっての注意だったようだ。
正直、木の棍棒を使っているゴブリンしか見た事も戦った事も無いが……記憶にある魔物とは少し違うのだろうか。
俺は万一の場合を考え、彼女の話を詳しく聞く。
「ゴブリンが剣を使うのか?」
「そうっス。まあ、多分ここの奴は奥まで行かなければ大丈夫でしょうけど……あ、そろそろいますね、これ」
「おっと、了解」
ゴブリンが棍棒を作るのは想像はついているが、剣まで作るのか。
取り敢えず今はコルチの後ろへつき、警戒しながらゴブリンについて考える。なんだかんだ、そこまでゴブリンに対しての情報は無い。
(銀貨5枚というのがソロでの達成難度とするなら……)
考える材料は報酬金額と、一度戦った際の記憶。
銀貨5枚という報酬から考えて、今までの魔物より脅威である事は確かだ。そして、ゴブリンの強さは恐らく―――。
(敵意、か?)
―――こちらを攻撃するという意思。今まで何故か襲われているが、基本的にノーガラットやロークラビットはこちらに敵意は無い。だからこそ、臆病だったり不意打ちが有効に働く。
つまり、こちらから不意打ちはし辛いどころか……不意打ちされる恐れがある。逆に言えば、それさえ理解していれば後は普通の戦いとなる、はず。恐らく、銀貨5枚というのはそれを加味した上での報酬だろう。
となれば、レベルもそこまで高くは無い。多分、狩ることは出来る範囲だと考えられる。
「……姉御」
ゴブリンへの対策を考えながら歩いていた道の、何度目かの分岐。その内の1つの手前でコルチが隠れる。
ぼそりと呟き手招きする彼女の様子で、彼女の警戒する方向にそいつが居ることを察してコルチの近くへと寄る。
そして、【隠密】を意識しながらその全貌を確認した。
うっすら記憶にある緑色の肌、それに人としては小さい身長。勿論二足で移動しているそれは、肌の色さえなければ子供のようではあるが、おおよそ人ならざる顔の造形でそれが間違いだと判る。
片手には棍棒を持ち、腰巻のように巻かれたボロ布は下半身を隠すために着用しているのだろうか。
それが、4匹程の群れで行動していた。
「……なかなか、独創的なファッションだよな」
「姉御、ローブなかったらあれと大差無かったっスけどね」
第一印象で思った事を冗談交じりで告げると、辛辣なコメントが返ってきた。……こいつらと大差無いと思われていたのか。地味にショックだ。
「……嫌なら服は買いましょ、姉御。【浄化】があっても破れはしますからね」
「……考えとく」
先程とは違う感情で同じ発言を繰り返し、物陰に隠れながら改めて奴の格好を見直す。
ボロ布を服代わりにしていたは俺も同じだが、流石に上半身を露出しないくらいの恥じらいはあったはずだが。……いや、魔物と張り合ってどうするんだ、俺。
「まあ、うん。何匹かは素手だが、間違わないでくれよ」
「装備着てて良かった、なんて。……行くっスよ。不意打ちで付き崩しましょ」
小声で軽口を叩きながら、合図をしたコルチの後に続くようにしてゴブリンの群れへと飛び込んだ。