7.平原
綺麗とは言えないような戦いの後、身体を土へ突っ伏したまま残りの狼の存在を思い出し、焦って首を回すと、両目を潰した狼はいつの間にか何処かへ消えていた。正直もう戦える状態ではないから、襲われても困るが。
「つぅ……よいしょ」
無事な腕を支柱にして体を起こし、改めて現状を確認する。
狼と暴れたせいで汚れた服代わりの布と、所々傷だらけの自分。噛まれた左足は血が滲み、右腕もズキズキと痛む。
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名称:ツクモ
性別:♀
Lv:3
種族:亜人(猫)
状態:正常
HP:14/54 MP:12/65
戦闘スキル:
【高速思考.lv1】
スキル:
【魅力.lv1】【鑑定.lv4】【ステータス閲覧.lv2】【隠密.lv1】【体術.lv1】【鈍器使い.lv1】
特殊スキル:
【複魂.lv1 1/1】【道連れ.lv1】
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【高速思考.lv1】
身体に魔力を巡らせて体感時間を引き伸ばす。使用中はMPが減少する。
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【体術.lv1】
身体の動かし方を理解している。
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ステータスはというと、レベルアップしHPとMPが増えている。MPに関しては戦っている最中にほぼゼロまで使っていたはずなので、上限が増えた分回復したのだろう。
「今が14で上限が12上がったHP……元々2だったのか。よく生きてたな、俺」
相も変わらず、スキル自体の説明は簡素。だが、名前で殆どわかるし、物によっては使えば理解できるのは救いだ。
「その間、僅か0.1秒!……とかできるって事だな」
【高速思考】の最中は時間が止まっているように感じていたが、俺が加速しているだけだったみたいだ。今思えば普通に目は動かせていたので、身体も頑張れば動かせるという事だろうか。まあ、下手な使い方をするとMPが先に尽きるとは思うが。
「……あった」
左足を庇うようにして、最初に襲われた場所へ近寄る。周りには食べ損ねた赤い果実が転がっている。
「1匹逃がしたし、仲間を呼ばれても困るな……移動するか」
俺は土を払って多少は綺麗になった果実にかぶりつく。この状況でも衛生面を不安がる潔癖症で無かったのは、我ながらありがたい。
――しゃりっ。レベルアップおめでとう俺、しゃくしゃく。
先の戦闘の疲れからか更に甘く感じるそれは、喉も潤してくれている気がする。
「取り敢えず、この道に沿って歩けばどこかに着く……よな?」
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果物を手でもてあそびながら、血で汚れた布1枚を服代わりに羽織り、裸足で道を往く黒猫少女。これが今の俺だ。
ゴブリンや狼と戦った時から気付いていたが、この体は見た目に反して身体能力は高い。それに、多分代謝とか免疫とかそういうのも高い。
というのも、傷の治りが早く、足の痛みすら完全に引いて今では庇う必要も無く歩ける程に回復していたからだ。
なので、歩くことに問題はないのだが……現在は別の問題が発生していた。
「道、なっが……」
森を抜け、見晴らしのいい草原に伸びる1本の道。最初こそ『迷わないし、森に比べて自然がほど良くていいな』とか呑気な事を言っていたが、森すら見えなくなり、前も後ろも道となってくると話は変わってくる。
「……まさか、森が恋しくなるとは」
そう呟いて手持ちの残り1個のエプの実を見る。なんだかんだ食べるものがあった森。探せばもっと色々見付かったかもしれない。
更にお粗末とはいえ、持ち主がこの世から退去済みの寝床まで用意されていて……実は住みよい場所だったのでは、とすら思えてくる。
「でも、あのまま森暮らしは無理だよなあ。タンパク質取れなそうだし。……でも肉とか調理は無理だろ、火を起こすのだって一苦労だ」
森暮らしは甘くはない。火の付け方やらは知っていても、それだけで生きられる訳ではない。そもそも肉の調理が出来ないし、刃物も無いのに解体も出来ない事が判らない程馬鹿では無いし、刃物が無くても解体出来る程天才でもない。
「分かってるけどさ、卵とか見つければいけるだろ。あ!虫とかいるのかこの世界……そこまで追い詰められたくないんだけど」
それに加えて、そろそろ精神的にも追い詰められている。自分自身に話しかけて紛らわせてはいるが、孤独感が拭えない所まできている。
風景が変わらない道をひたすら進むのは、肉体的にもそうだが、精神的にもそこそこ辛い。
「この際食べれるものなら何でも……土を……。うん、休むか」
道からは少し外れた所に陣取り、寝転がる。木の根元で眠った時は狭くて体を縮こまらせていたが、ここなら手も足も伸ばせる。草がクッションになって、地面に転がるよりは寝心地もいい。
辺りはまだ明るいが、パックウルフとの戦いの疲れや、精神的疲労をしっかり取り除くためにもここで休憩する方がいいだろう。このままだとヤバいものまで食べものとして見かねない。
「あー、開放感……」
ごろごろと体制を整えた俺は、エプの実を傍に置いて目を閉じる。すると、いつの間にか意識を手放していた。