62.概算
「……まあでも、特別に何が出来るって訳じゃないしな」
ギルドに向かって数分、人通りの未だ少ない道を歩きながら、小声で呟く。
ゲーモには『参考になる』なんて言ったが、思い立ってすぐ行動に移せるほど勇気も無ければ無謀でもない。
そも、いくら考えるべき事を再確認したからと言って今やることは大幅に変わりはしないのだ。
「……臨時収入だって、使えば減るしな」
残金は銀貨12枚と銅貨17枚。ちょこちょこ飯を食べたりしているので、結構端数が出ている。ギルドでバイト中はまかないみたいな物もあったので、結構残ってはいるみたいだが。
「……流石にきついよな、生活費ゼロが前提の貯蓄じゃ」
ただ、これで旅を出来るかどうかをぶっつけ本番で確かめるのは……それこそ無謀だしやりたくもない。銀貨20枚の出費が無かったとしても、結論は変わらなかっただろう。
ギルドでバイトした後だから分かるが、焼きバードとかいう名称の串焼き……銅貨1枚と言っていたが、あれは相当安かった。
あの時は食べるのに夢中でそこまで気にしていなかったが、周りの客も安いとか言っていたような気がする。
普通に一食を満足に食べるなら、銅貨30は必要な気がする。旅をするなら、日に銅貨50は必要と見た方がいいか。
(というか、徒歩である必要もないか。交通手段は普通にありそうだし)
まあ、別に現状に不満がある訳ではないし、今すぐ街から出ていけと言われた訳でもない。
だから焦る必要もないのだが、目標を設定しようとしていた癖に結局なあなあで済ませている俺には、見聞を広める事も必要だとも思う。
(すぐ行動に移せるような奴なら、うじうじ悩んでないだろうけどな)
何度目か判らないため息をついて、羽織っているローブのずれを直した。
気持ちの有り様に自由はあっても、行動にそこまでの自由は無い。自分探しの旅なんて表現をすれば聞こえは良いが、身元不明、かつ世界レベルの迷子のやるそれは……放浪だ。
何がしたい訳でも無く、そもそも地理にも明るくない自分にとっては穏やかな自殺と変わらない。
(でも、記憶も無しにこんな世界に来て何となく生きるのもな……。……はあ、やめよ)
思い詰めると気分が落ちる所まで落ちてしまいそうだ。
さっさと依頼を選んで、作って貰った装備の効果でも確かめに行こう。確かめられるような攻撃を食らうかは判らないが、身体を動かすだけでも違うはずだ。
(うん、大丈夫)
幸先の良いスタートだったかは微妙だが、なんだかんだ生きていける環境は整っている。
悲観する程、状況は悪くない。むしろ無償で屋根の下で寝られているなら、運はかなり良い方だ。考える時間も環境も用意出来ているんだ、おいおい考えていけばいいだろう。
「あ、ツクモの姉御!」
「あれ、コルチ」
また問題を先延ばしにすることでメンタルを持ち直していると、見知った顔に声をかけられた。
一応ローブを羽織って【隠密】も使っていたはずだが、やはりこの耳と尻尾は目立つ物なのだろうか。まあ、隠れる程人がいないのも要因かもしれないが。
「珍しいな、まだ早いぞ。朝は弱いんじゃなかったか?」
「いや、それが今日は妙に早く起きちゃって。折角なんで依頼とか見てみようかと」
「あー……なるほど」
ギルドの方を指差しながらそう言ってくるコルチに、俺は若干心当たりを感じていた。
朝方、コルチを動かそうとしたから眠りが浅くなってしまったのだろう。少し罪悪感がある。
「姉御もこれからギルドっスか?」
「ん、ああ。依頼でも見に行こうかと思って」
「だったら一緒に依頼請けましょ、姉御!」
「えっ、いいのか」
元気良くこちらを誘ってくるコルチだが、俺は予想していなかった提案に戸惑ってしまう。
正直、彼女と行った時には明らかに俺が足を引っ張っていた。俺としては有難い提案ではあるのだが、動ける彼女なら別の人と組んだ方が儲かるはずだ。
「むしろ、結構前から誘うつもりだったんスけどね。姉御って殆ど部屋にいないじゃないっスか」
……向こうはそんな事、気にしていないらしい。心が汚れているのを自覚させられそうだ。
「あー……まあ、結構朝早くに出てるしな。気持ち良さそうに寝てたし、悪いかなって」
正直に負い目を感じていると言うのも気が引けたので、適当な理由でお茶を濁す。実際、朝出る時にはコルチは寝ていることがほとんどだったが。
「気にせず起こしてくれていいんスよ?あたし寝起きは良い方っス、最悪思いっきり揺らしてくれれば起きますし」
「いや、そこまでやるなら寝起き悪いだろ」
「にゃん……ってやってた時もすぐ起きたでしょう?」
「うっ。く、それ、本当忘れてくれ」
唐突に黒歴史を掘り起こされ、息が詰まるような感覚に襲われた。この世界に来て唯一、かつ最大の汚点。
コルチは手をこまねくようにしたポーズを取ったまま、悪戯っぽく笑う。
「起こしてくれたら忘れるかもっスよ?」
「は、は……。そりゃ、一刻も早く忘れて貰わなきゃな」
彼女と一緒であれば学ぶ事も多いだろうし、丁度良いが――。
「もう一回だけやったりしません?」
「嫌だ」
「えー」
――弱みを握られているのも、精神衛生上は良くない。
にやにやしながら残念がるコルチを見て、明日からは引っ叩いてでも起こしてやろうかと思いつつギルドの扉を開いた。