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60.給料

「んぅ……?……帰ってきてたのか」


次の日の朝、ベッドでゆっくりと横になっていた俺は、何かがが尻尾に触れる感覚で目を覚ます。こじんまりと隣で眠っている彼女は若干落ちそうになっていた。


先に寝ているのは大抵コルチだったため、あまり意識してなかったのだが……昨日は二人で寝る事を考慮せず寝てしまったため、尻尾は完全にコルチの領域を侵食していたようだ。


「ん……んん……。すぅ……」

「……流石に無理か」


落ちないように軽く動かそうとしたが、少し唸るコルチ。結局動かせてはいないが、流石にこれ以上続けると起きてしまう気がする。


「あー、靴下もそのままだったんだよな……」


コルチの移動を断念し、ベッドに潜る時に脱いだブーツを床に置いたのを思い出す。また、それと同時にニーソックスも履いたままだった事も思い出した。


昨日の夜、ブーツを返し忘れた事に気付いてすぐユノキを追ったものの……ウルム共々(ともども)既にその場から居なくなっていた。


まあ、瞬間移動なんて事が出来る以上、もし必要だったならすぐ取りに来られるのは間違いない。


……未だに自前の靴も無い現状は情けないが、歩きやすいのも事実なのでありがたく使わせて貰おう。


コルチは昨日のように起きてはいないようですやすやと寝息を立てている。それを見て、俺は彼女を起こさないよう、慎重にベッドから降りた。


「正直、今は自分の黒歴史の方が記憶に残ってるな……」


転生者(ユノキ)との遭遇で大分薄れてはいるが、それでも昨日の一件の傷跡は深い。


……肉体的な疲れは殆ど無かった三日間。きっと、慣れない作業に精神的には結構参っていたのだ。そうでなければ、絶対にあんな事はしなかった。今後、コルチの寝顔を見る度にトラウマが蘇らない事を祈る。


「……うん。……身体、動かそう」


……ずっと引き摺っていても仕方がない。ギルドで依頼を請けに行こう。


息を吐いて気合いを入れ、手を伸ばしては手のひらを握ったり開いたりして、力を入れる感覚を思い出す。


あんな服を着て働くより、普段魔物を殴り飛ばしている方が気楽だったのは確かだ。ただ、油断すれば命を落とす事は常に念頭に入れる必要がある。


自分と同じか、それ以上の体長を持つネズミ……ビスティラットだったか、あいつに体当たりされれば、恐らく俺のHPは消し飛ぶ。


「俺のチート……復活スキル、か」


複魂(ふくこん)】という、再使用が可能なのかもいつ発動するのかも分からないスキル。流石にもう発動条件に察しはついているが、確認の為だけに自殺を試みたくはない。


……このスキルを俺の()()と捉えれば、自分の行動の幅は広がる。だからといって、今後もお世話になる事はないだろうが。死にたくない。


「……結局、HPについても判らずじまいだな」


昨日、ユノキにその辺りを聞いておけばよかった。彼に聞いて分かるものでもなさそうだが、言動はともかくギルドの長になるだけの実力はある。何かしらの考察ぐらいは出来たはず。


「んー……」


ゲームのように敵の攻撃が当たったら減るというのは一致しているが、怪我をしない訳では無い。


それどころか、身体に無理がくるより先にHPが尽きれば気絶してしまうらしい。逆に、HPがあっても頭を潰されたりしようものなら即死なのではないだろうか。


傷にならなくてもHPが減るのはロークラビットと戦った時に知っている。だからこそ、未だにこの数値の利便性に疑問を抱いているのだが。


便利な物という前提から違うのかもしれないが、逆にHPのせいで制限がされているように感じる。打ち身とかで減らないなら防具でどうにか……。


「……あ。ゲーモのとこに取りに行かないと」


今になって思い出したが、頼んでいた防具も出来ていたはずだ。まあ、ギルドの前まで来てしまった以上、先にギルドに行ってバイト代だけは受取りに行ってしまおう。


「あ。おかえり、もう帰ってきてたんだな」


ギルドの簡易的な戸を開くと、久々に見る顔に出くわす。黒髪の少し童顔の彼女は、こちらの挨拶に笑顔で返してきた。


「おはようございます、ツクモさん。先程帰った所です」

「そうなのか、お疲れ。……」


彼女は俺の時とは違い、ちゃんとした……というか、余計な装飾のないシンプルな制服を着ていた。それでも可愛らしさを感じるのは、本人の素質なのだろう。


……今朝(けさ)帰ってきたというのは、夜の間に移動してきたという事か。ただ、仕事着を着用してここにいるという事は、つまり。


「……徹夜でそのまま仕事か?休まなくて大丈夫か」


「いえ、必要以上に空ける訳にもいきませんから。それにちゃんとお休みは頂いてます」


「何が出来るって訳じゃないが、倒れないようにな」

「ふふ、ツクモさんも無理はしないで下さいね」


……ここ最近、セフィー含め癖の強い人間ばかりと触れ合ってきたからか、こういう普通の人と話すと落ち着く。


尚更、こういう人に無理をして欲しくないものだ。手伝いとかなら出来……いや、また変な制服が出てきても困るし、やめておこう。


「……私も(ねぎら)って!いっつも頑張ってる私も!」


「うわっ……セフィー、おはよう」

「セフィーもお疲れ様です」


俺がメランと話していると、癖の強い方が机に身体を預けるように投げ出しながら話しかけてきた。


驚いた俺をよそに、突っ伏した彼女を髪型を崩さないよう優しく撫でるメラン。動じない辺り、いつもやっているのだろうか。


「わーい……ツクモちゃんも撫でてくれていいのよ?」

「俺、撫でるの得意じゃないから……」


当然適当に流した俺は、頬を膨らませる彼女から目を逸らす。


「むー……。じゃあ、撫でるわ」


すると、突然身体を起こしたかと思えば、頭を撫でてきながら後ろに回り込むセフィー。


セフィーにも無理をして欲しい訳ではないが、こういうふざけ方が出来るなら溜め込むタイプでもなさそうだ。事実、セフィーの口から愚痴が排出される事は多いので、あまり心配はしていない。


まあ何が、じゃあ、に繋がっていたのかは判らないが跳ね除ける理由も無い。そのまま撫でられ続けていると、メランがじゃらりと何かの入った袋を置いた。


「ツクモさん、こちらが報酬になります」


「……。ん、ギルドの手伝いの……妙に多くないか」


受け取りに来たので予想はしていたが、想像のそれより量が多く見える。


音からして、硬貨が入っているのは間違いない。昨日給金がどうのこうの言っていたからそれだと思ったが、中身を確認すると銀貨か大体30枚前後入っているのが見えた。やはり、たかだか三日間の給料にしては多い気がする。


映像記録(ムーブログ)を提出してくれたお礼もあるからね。昨日、正にそれを欲しがってた奴が渡してきたのよ」

「ああ、ユノキ……」


昨日の夜、躊躇(ためら)う事無く自分の嗜好を暴露してきた奴。知っている情報からして、彼が俺の映像記録(ムーブログ)を必要としていたのは間違いないだろう。


「まあ、貰っときなさい。返しても意味無いから」

「……そうだな」


セフィーは俺の猫耳の間に手を置いて、ぽんぽん、と優しく叩いてくる。


ゲーモに聞いていた話も考えれば、この金額は多い部類だ。とはいえ返しに行こうにも、メジス以外の街に行ったことのない自分には、名前だけ知っている街に行けるとも思えない。


セフィーの言葉通り空間魔法にしまうと、ずっと俺の頭に手を置いていた彼女が独り言を漏らす。


「綺麗な黒髪ね……魔法、使ってないから、かしら」


「ん?確かに魔法……は、使ってないと思うけど……」

「あ、ツクモちゃんは知らない?」


「魔法を使うと魔力の色が髪についてしまうんですよ。まあ、そう簡単に付くものでは無いですが」


疑問を隠せなかった俺に、セフィーが何か気付いたように聞いてくる。すると、メランが自分の髪を摘みながら簡潔に教えてくれた。


「私も元々黒だったけど白くなっちゃってねー。変でしょ、私の髪」


「いや、そんな事は……でも、そうだったのか」


自嘲気味に笑いながらそう言う彼女にフォローを入れようとしたが、上手く口が回らず言い淀む。セフィーも元は黒髪だったらしい。


……彼女の白髪(はくはつ)は綺麗な部類だ。白髪が人を治す魔法を使った証明なら、ある意味勲章のようなものではないだろうか。


まあ、治癒の魔法の使い過ぎによるものだとすれば、怪我の治療をしてもらう俺に責任の一端はある以上、口には出さないが。


「ツクモちゃんはこれから依頼?」

「いや、その前にちょっと寄る所がある。……そろそろ手、除けてくれるか」


いざセフィーの手を頭から外すと、ずっと撫でられていたからか喪失感が頭に残る。


治癒が白という事は、赤は火なのだろうか。安直な考え方だが、間違っても無い気がする。


髪色が魔法に関連がある、というのは流石ファンタジーというか。……この世界の髪色が妙におかしいのはそのせいなのだろう。通行人の髪色から考えれば、魔法は一般的に使えるようだ。


俺も魔法が使えるようになれば、殴る蹴るの戦い方からは卒業出来るかもしれない。


血と泥の香りが立ち込める過去の戦いから脱却出来そうな予感に、密かに胸が高鳴る。薄々、魔法を覚えても【高速思考】を使うんじゃないかとは思っているが。


俺にとってはそっちの方が使いやすいスキルだし……なんだかんだ、魔法よりも殴った方が早そうだし、な。

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