59.転移
「ツクモちゃん、焼きバード二つ」
「ワシは三つじゃ!で、麦酒二つ!」
「……ご一緒で宜しいですね。銀貨1と銅貨25です」
椅子に座る事も困難になっている量の客の中、金髪のコンビがそこそこ出来上がっている様子で呼び付けてくる。
「なんじゃお主、堅いのう!昼間はそんな喋り方じゃなかったじゃろ!」
「勤務中なので……」
俺はこういう時の常套句のような台詞を吐きつつ、目を合わせすぎないように対応する。
正しく言うなら、出来上がっているのは狐亜人の方だ。見た目が子供の彼女が飲んでいいのか甚だ疑問だが、異世界には未成年が飲酒してはいけない、という法律は無いのだろう。
そもそも法律があるのかも謎だが……目の前の少女が酔っているのを誰も奇異の目で見ていないので、思っているようなルールはないはずだ。
「ツクモちゃんは真面目だなあ、見習いたいよ」
「……」
今の対応に見習う事があるならこいつは勤務態度を見直した方がいいとは思ったが、それを指摘して長居しても酔っ払いに絡まれそうなので言葉を飲み込んだ。
……夜にまた来るとは言っていたが、客として来るとは思わなかった。呆れを通り越して若干引いている俺は、顔に出ないように無表情を意識して問いかける。
「……大丈夫か?」
「あはは、僕は大丈夫だよ」
「いや、その……」
「うぇ、く。呑むぞぉ!呑めぇ!」
別テーブルで絡み酒を披露している狐をユノキと一緒にちらりと見て、差し出された小銭を受け取り直ぐにカウンターへ戻る。
「焼き鳥5、ビール2!」
取り敢えず厨房に注文を投げて、金額を再確認しつつ籠に入れておく。
「……あれに絡まれて、よく周りも平然としてるよな……」
当然、彼女は昼間のコスプレのような巫女服を着てここに来ている。コルチと同年代に見えるが、それが顔を赤くしていい歳の男性と絡んでいるものだから見た目の犯罪臭が凄い。
他の面々も酔っているから口調だけで大人だと思っている可能性すらある。
ユノキに当たる態度からしていつも一緒にいると思われるので、溜まっている事もあるのだろう。ただ、それにより実害を被るのがこちらだとしたら……解消するのに協力はしたくない。
「上がっていいわよ、ツクモちゃん。その服も返さないといけないでしょ、早めに着替えてきたら?」
手持ち無沙汰にならないように空いた皿を片付けていると、セフィーがそんな事を言ってきた。
「……ああ、そんな時間か。ありがとう、これ運ぶついでに声掛けてくる」
「ん、お礼は明日するわね。……コルチ!ちょっとこっち手伝って!」
『りょーかいっス!』
セフィーの言葉に対して、厨房から元気な声が響く。ある程度落ち着いた事も確認し、一人で回せる客足になって来たことも間違いない。それに、コルチも手が開いているなら大丈夫だろう。
むしろ、問題なのは俺の気持ちの整理がつかない事だ。昼間に彼らと別れた時は疑問点もそこそこ思いついたが、そもそもそれを聞いてもいいのか判らない。
取り敢えず、焼き鳥の乗った皿とジョッキをお盆に乗せて運ぶ。どうしたものか、未だに
「ユノキ、これ返すから待っててくれ。洗っておいた方がいいなら、明日の朝にでも渡すが」
「ん、ツクモちゃん上がり?洗わなくて平気だよ、それ汚れとか付かないから」
「無駄に高性能だな……」
「――お主も飲め飲め!っあぁー!美味い!」
ユノキと話しながらジョッキを置くと、両手で一つずつ、食い気味に分捕り別の客と飲み始めるウルム。二つ頼んだのはどうやら自分用だったみたいだ。
大丈夫なのだろうかと彼に視線を送ると、心なしか気まずそうに笑う。
「訓練場だよね、あそこの入口で待ってるよ」
「いや、ウルムはいいのか……?」
「まあ。でも、あんまり長話は避けたいかな」
――――――――――
夕暮れも更に暮れた辺りで客足が増えるのは知っているため、当然今が夜である事は判っている。空には星が煌めいているはずだ。
借りている部屋の扉を開き、カチューシャやエプロンを外す。小さい窓から見える夜空は嫌いでは無いのだが、今はそれを楽しんでいる時間は無い。
中の下着以外の全てを脱ぎ、皺にならないようにベッドに置く。
そして空間魔法から服を取り出す。私物化しているが、コルチのお下がりなのでいい加減これも返した方がいいかもしれない。
「さて。……思ったよりも早く着替え終わったな」
早いことはいい事なのだが、もう少し考える時間が欲しかった。かといって、急いでおいて時間を潰すのも変な話だ。
服を抱えてローブを羽織り、訓練場の入口へ向かう。すると、金髪の青年がこちらに気付いた。
「これ返すぞ。悪い、畳み方とか知らないからこれで勘弁してくれ」
「ん、畳まなくて平気だよ」
そう言うと彼は空間魔法を使い、服を仕舞う。中で皺になったりしないのだろうか。そもそも中がどうなっているかも知らないが。
まあ、今確認するべきはそんな事では無いだろう。
「質問、いいか?ここなら、しばらく人も来ないだろ」
「いいよ。でも、何が聞きたいの?」
「……なんで俺に声をかけてきたんだ?」
「言わなかったっけ。同じ転生者なら仲良くしたいでしょ?」
何も考えていないような能天気な答えだが、それに関して言うことは無い。同郷の人間がいるなら仲良くしたいという考えに口を出した所で、個人の自由を主張されるだけだ。
続けて、もう一つ気になっていた事を質問する。
「そもそも、なんで俺を転生者だと思ったんだ?」
「……あー、それはこの英単語だね。小声で読んでたの、聞こえたよ」
「……」
「この辺りだとあんまり使われないんだよね、英語。それだけじゃまだ微妙だったんだけど……」
着ている物を指して答えた彼は、考えるように言葉を止める。あの時に俺が考えていた通り、小声で読んだのは聞こえていたようだ。
……焼きバードなるものもあったが、あれは焼き鳥の別表現なのだろう。明らかに同じ物だったので、そう考えれば納得できる話だ。言い換える必要性は判らないが。
「でも、その前から変だとは思ってたからね。冒険者になりたがる子供なんて、変だと思わない?」
「……子供でも、冒険者になる事はあるんじゃないか」
「あるけど、ツクモちゃんは出身が不明だったから。……あれ、記憶から割り出してるからそうそう不明だなんて出ないんだよ?それこそ……」
「……出身が別世界だったりしない限りは、か」
俺の身の回りから立てた推論に相槌を入れると、同意して頷くユノキ。
それらの事をどうやって知ったのか気にはなったが、メランに映像記憶を届けさせるよう伝えられる以上、パーズとの連絡手段はあるはず。
つまり、俺の行動や情報は報告されていたのだ。目の前のこいつはギルド長らしいので、知る事はいくらでも出来たに違いない。
「まあ、本当に記憶喪失の人は冒険者になろうとはしないよ。あはは」
「……記憶が無いって意味では本当だがな」
「ん?何か言った?」
俺の行動から転生者だと疑っているなら、記憶喪失に関しては嘘だと思っているはずだ。とはいえ、こちらは記憶が曖昧なのは事実。
だが、ユノキの口振りと様子を見るに向こうはちゃんと転生前の記憶もあるのだろう。……羨ましい事だ。
少々の嫉妬も込めて愚痴るように吐き捨て、一拍おいて更に質問をする。
「転生者だと確信していたのに、俺を観察し続けていた理由はなんだ?」
「ん、えっと……それは、ツクモちゃんを見ていたかったからだね!何を隠そう、僕は亜人が大好きなんだ!」
その質問を待っていたと言わんばかりに、今までに無いほどの笑顔で告げる彼。単純に気持ち悪いという理由もあるが、俺は冷めた視線を送る。
「茶化さないでくれるか?」
……理由は、向こうが嘘を付いているから。証拠は無いので考察だが、きっと間違っていないはず。
「常日頃から亜人にあんな対応を取っているのかもしれない。だが、あの時は何かを確認するために俺を見ていた」
「……勘違いじゃない?可愛い子は見たいし―――」
「そうか。まあ、だとしたらお前の相方が止めないとは思えないがな」
「む」
彼の戯言を聞き流し、指摘を続ける。下心が無いと感じていたのもそうだが、もし下心があったとしたらおかしい部分がある。
……あの時、ウルムがユノキを放置して話をしたのはいくら何でもおかしかった。転生者だと探りを入れた事に注意するほど、俺を刺激しないよう気を使っていた彼女だ。下心からくる無駄な行動を許すとは思えない。
――何も無ければ適当にはぐらかせばいいだけなのだから、考察が間違っていないのは彼の反応が物語っている。
露骨なくらい視線を逸らすユノキをそのままじっと睨んでいると、観念したのか困ったように首を掻きながら話し始めた。
「……ごめんごめん、そんな目で見ないで。……えっと、一つ確認したいんだけど。ツクモちゃんって女の子だよね?」
「まあ、身体はそうだな」
「……どういうこと?」
「いや、わかるだろ。転生前って意味なら俺は男だぞ」
「えっ」
「……えっ、てなんだよ」
驚くユノキに、むしろこちらが驚いている。そんなに気になる事とは思えない。どういう経緯でこの世界に来たのかすらまともに思い出せないので、仕組みは分からないが……。
何も知らないならともかく、向こうはこちらが異世界から来た事を知っている。更に言えば、俺の様子も確認できる立場にあった彼がそこまで驚く理由が判らない。
元は男であると自称こそしていなかったものの……彼からすれば、俺の様子で察する事もあるだろう。
「……もしかして、それを確認してたのか?」
「え、まあ……そうなる、かな?……うーん……。……でも……」
というより、妙に深刻な振りをするものだから、もっと重大な事かと思っていた。下らない理由に少し唖然とする俺をよそに、ユノキは独り言を呟く。
例のメイド服を着ていればその内容が聞こえたかもしれないが、生憎なんと言っているかは分からない。とはいえ、彼が納得していない事は確かだ。
「……。そんなに気になる事か?」
流石に気になって声をかける。いくらなんでも、ここまで反応されると心配になってしまう。
すると、先程まで険しい表情をしていた彼は、俺の反応で何かに気付いたように笑顔を作り直した。
「……いや、ちょっと驚いただけ。そっか、男の子だったんだね」
「……口調で判ると思うんだがな」
「それは、まあ……冒険者って色んな人がいるから、ツクモちゃんみたいな子もいるにはいるんだよね」
彼は苦笑いしつつ、手を顎に当てながら首を中指で掻く。
「……ツクモくんって呼んだ方がいい?」
「いや、普通に呼び捨てでいい。年は覚えてないが……多分くん付けされるほどは若くないぞ、俺」
「えー。じゃあ、ツクモちゃんって呼ぶね」
「……好きにしてくれ」
正直なところ、呼び名なんてどうでもいい。どうでもいいとは思っているが
「んー。そろそろウルムを迎えに行ってくるね。パーズに来た時は君達のこと、歓迎させて貰うよ」
「ギルド長が直々に歓迎してきても困るんだよな……」
実の所もう少し話していたかったが、これ以上はただの知的好奇心だ。……一番気になるのは自分についてだが、そんな事を他人に聞くのも間違っている。
彼は手を振ると、身を翻し――。
「その時はまた話そうね!じゃ!」
「……!?」
――目の前で消失した。
多分、スキルだ。迎えに行く、という話だったので瞬間移動の類なのだろうか。
「そりゃ持ってるよな、そういうスキル。使い勝手も良さそうだし……」
俺は消えた彼の地面、途中で途切れた足跡を見ながらため息をついた。普通に話してはいたが、ギルド長かつ転生者が只者であるはずが無い。
劣等感やら、格差を考えるだけ無駄なのだろうが……俺のスキルが使い辛い事だけ、つくづく実感させられる。
今は、そんな彼とコネクションを作れた事を喜ぶべきなのだろうか。俺達を歓迎、なんて言っていたが……もしかして、誰とパーティを組んでいると勘違いされていたのだろうか。
そう考えながら息を吐き視線を落としたところで、俺はあることに気付いた。
「……靴、返し忘れてた」