6.慢心
「つっ……くそ……」
目の前の狼達を睨みつけ、左肩を捻る。傷が浅かったお陰か、動かす分には問題ない。
悔やむのは後にして、相手の情報を得るために奴らのステータスを――。
「――あっ、ぶなっ!」
ステータスを開き、軽く視線をずらすと同時――それを隙と言わんばかりに飛びかかってくる狼。それを咄嗟に横に避けると、勢い余った四足の獣は前傾になりながら着地した。
そりゃそうだ、こんな時に余所見なんて隙でしかないだろ――と、脳内で自分の行動に突っ込む。
「……つっ……ても」
後ろを取られれば対応出来ない。ステータスも見る事が出来る状態でもない。思考を止めてはいけない。考えろ、考えろ――!
―――戦闘スキル【高速思考.lv1】を入手しました。
「……!?高速思考!」
瞬間、世界が止まった。
着地した狼の動きが停止し、同時に自分の身体も動かせなくなる。目は動かせるが、そもそも首が回らないためまともに周囲を見る事は出来ない。
戦闘スキルという響きに反射的に使ったが、明らかに戦闘向きでない名前。時間の止まった世界で出来る事はそれこそ考える事だけ。
(文字通り、高速で考える事が出来るスキルか……?もうちょっと使い勝手の――いやでも、今なら)
――――――――――
Lv:2
種族:パックウルフ
状態:正常
HP:26/30 MP:10/10
戦闘スキル:
【噛みつき.lv2】
スキル:
【直感.lv1】【連携.lv2】
――――――――――
一瞬諦めかけながらもとある事に気付き、狼にステータス閲覧を使う。すると、予想通りステータスのボードが開いた。
身体は動かないため、触れてスキルの詳細を見る事が出来るのかは試せないが、十分な情報は見られる。
少しHPを失っているのは、肩に噛み付かれたのを振り払う時に腕でも当たったのが原因か。つまり、こいつが噛んできた個体なのだろう。
自分のステータスも見ると、HPが『35/42』MPが『20/55』まで減っていた。
(これ、MPの消費きつくないか……!?)
多分【高速思考】を使うとMPを消費するのだろう。なんなら、こうしている間もMPは減り続けている。もう一度使おう、などと考えるべきではない。
飛びかかってきたパックウルフへと身体を向けている為、残り2匹はステータスを確認出来ないが、同じようなもののはず……。
【連携】というスキルがある以上、集団行動をする魔物に違いない。付け入る隙は恐らくそこだ。残り1匹にすれば、恐らく生き残れる。そう信じるしかない。
最悪、【道連れ】にする事も考えておかないと……出し惜しみなんてしてられる状況じゃない。
そのためにまずは、今を切り抜ける!
「ら、あァ!」
【高速思考】を解除すると、止まっていた時間が動き出す。飛びかかりを避けられた狼は対応のしようもなく、俺の放った蹴りを顔面で受け止めてくれた。
そして直ぐに左手を包むように右手で固め、腕をハンマーのようにして怯んだパックウルフへと振り下ろす。更に殴打の後、そのまま毛皮を掴み身体を引き寄せるようにしながら横腹へ膝蹴りを入れる。
「ギャィン……!」
お互い体制を崩しながらも、地面で勢いをつけながら何度も膝蹴りを繰り返す。
「低レベルっ!なのはっ!有難いがっ!同レベルっ!なんだよっ!」
掴んだパックウルフが動かなくなると同時に、左足が熱くなる。
「今度はそうはいかねえぞ……!」
俺は噛み付いた方ではなく、今にもこちらに飛び掛ろうとするもう1匹へ【道連れ】を使う。すると、踏ん張った瞬間だったのだろうか……左後ろ脚へ力が抜けたように倒れる狼が見えた。
「らっ、きぃッ……!」
俺は左足を軸に、噛んでいる狼へと身体を引き寄せる。喰いちぎられようとされている左足の痛みに耐えながら、左手で狼の耳を取っ手のように使い、右手で狼の目へと指を突く。
「ギャウアアア!」
取っ手にした耳をもう一度深く掴み、狼のもう一方の目も指で突く。耳を付くような悲鳴を上げるパックウルフを背に、転がるように左足を口の拘束から外しつつ残りの狼を探す。
「後はっ……!」
群れが崩れたからか、脚が満足に動かないながらも踵を返して逃げようとする狼が見えた。
――逃がすものか。
俺は無事な右足と両腕で左脚を引きずり、さながら獣のように這いつくばる。そして、飛びかかるようにその尻尾を捕まえた。
「ギャアウァッ!?ギャン!」
右手で尻尾を引っ張ると、痛みに鳴き声をあげながらも身体をよじり腕へ噛み付いてくる。
「ぐっ……」
思わず尻尾を離しそうになるが意地で持ち堪え【道連れ】を使用すると、パックウルフは噛み付きを解除しめ体制を崩す。
「し……っ!……ねぇ!!」
―――レベルが上昇しました。
―――スキル【体術.lv1】を取得しました。
無事な左腕を振り回すようにして屈んだままの狼を何度も殴りつけると、脳内に響く声により、それが絶命したと知る。
それと同時に尻尾を引っ張っていた自分は崩れ落ち、地面に突っ伏した。
「い、き。残った、ぞ……」