52.感覚
コルチを起こしに部屋に戻った俺は、一人で着られるようになったメイド服を着用した。フリルが付いていても結局はエプロンなので、着やすい方だと理解出来たのは喜ぶべきなのだろうか。
背中で結んでいた部分を直されたりはしたが、着つけには恐らく関係無いだろう。コルチには『もうちょっと可愛く結びましょうよ』なんて言われたが、飾り結びなんて元男の俺に出来る訳がないので明日もコルチ頼みだろう。
まあ、ここまではつい先刻あった出来事のおさらいで―――。
「―――って、事があったんだけど。セフィー、何か心当たりないか?」
「初耳……ツクモちゃんは平気なの?」
「俺には特に影響は無いな。というか、セフィーが用意したんじゃないのか」
―――現在は、そのメイド服に悪質な呪いが掛けられている事を伝え終わった所だ。
……思考弱化と精神弱化で俺に何かをしようとしている可能性も考えていたが、困惑したセフィーの様子を見る限り違う可能性は高い。ゲーモの予想通り、出処は別だったようだ。
「【パーズ】のギルドからの貰い物なのよ。私はそもそも魔術付与なんて出来ないしね」
「……パーズってメランが向かってる所か。てことは、そこの裁縫ギルドか……?」
ゲーモの鍛冶屋で話した時、裁縫ギルドがある世界なのは知っている。
そして、メランが映像記録を届けに行ったのがパーズだ。聞いていた話を総合する限り、本部がそこにあるらしい。
「いや、冒険者ギルドから送られたの」
「……。なんで?」
「なんでって言われても、突然送ってきたから……私にも分からないのよ」
「……そ、そうなのか」
……何でもないかのように返されたが、本部からメイド服が送られてくるのは一般的なのだろうか。
エンチャントやらは強力だが、それでも子供用の服が送られてくるのはおかしいと思うのだが。
そんな消化しきれない疑問をどう質問すればいいか迷っている間に、セフィーは棚を漁り始めてしまった。まあ、なんで送ったかなんてギルドの本部に聞かないと分からないか。
「あの、姉御」
「ん?」
そして、一連の流れを横目に見ていたコルチが声をかけてくる。
「エンチャントってどんなのがかかってるんスか?精神と思考の弱化以外に」
「……浄化と自動修復に……身体強化、スキル強化、感覚強化だったかな。後、MP自動回復か」
思い返せば、この服による強化は確かに感じられていた。時々使っていた【高速思考】で消費した分のMP回復も、心なしか速かったような気がする。
だけど、酔っ払いの声が妙に耳に響いたのも、この服のせいかもしれない。……感覚強化、煩い環境だとデメリットっぽいし。
「……なんで弱化なんてついてるんスかね」
「それはゲーモでもわからないってさ」
エンチャントの内容を繰り返していた彼女が、呆れたような顔で言ってくる。……正直、そんな顔をされても困るが。
口調以外は一般的少女のコルチは見ての通り、鍛冶を生業にしているだろうゲーモにすら疑問を抱かせた一品だ。その意図を知るには、それこそ製作者に聞くしかないだろう。
「でも、【思考弱化】と【精神弱化】の影響、本当に無いっスか?」
「ゲーモは注意力が散漫になるんじゃないかとは言ってたけど……」
昨日は覚える事も多かったが、特にミスがあった訳でも無いので、この服に付いたデバフの影響を感じた事は無い。
「……昨日、抱っこされながら寝てたのは【精神弱化】の影響っぽいっスけどねぇ」
「それは関係ないだろ、多分……というか、忘れてくれ」
悪戯っぽい笑みを浮かべてからかってくるコルチ。確かに少しは影響がありそうだが、そんな事をメインにデバフをかける奴がいるとは思えない。
「メランが頼んだ訳でもないみたい。でも、私とメランの服にはその手のエンチャントはかかってないから、ツクモちゃんのだけだと思うわ」
「……デザインからして違うもんな」
何かの書類のようなものを手に話しかけてくる。その事について調べていたのか……まあ、懸念事項が残るよりはいいだろう。
と行っても、どちらの服も根本的な部分は同じかもしれないが、これがセフィーの着ている物と同じというには些か装飾が多すぎる。
「まあ、一応伝えておきたかっただけだ。ギルドの手伝いに関しては、このまま着てするよ」
「セフィーの姉御が原因じゃなければ、脱ぐ必要もないっスからね!」
「コルチ……え、そういう理由じゃないわよね、ツクモちゃん。私、そんな信用ない?」
そこそこ本気で狼狽えているセフィーを見て、俺は同意しかけた言葉をぐっと飲み込む。
「……着替えが無いだけだから」
正直、初対面の印象が強すぎるだけで、彼女は常識人のはずだ。どうせ服の影響はないのだし、このまま手伝いをする事にしよう。
……でも、セフィーじゃないとしたら、どこの変人が一体なんでこんな物を作ったのだろうか。