51.短剣
「……。コルチ、寝てるな」
次の日の朝。起床してすぐ、自分がそこそこに恥ずかしい事をされていたという記憶が覚醒させる。
確か、何か話していた記憶はあるのだが……詳しい事を思い出そうとすると頭を撫でられた記憶だけが蘇ってくるため、深く考えない事にした。
隣にはコルチが気持ちよさそうに眠っており、こうして動いても起きる気配は無い。夜ではないにも関わらず外はそこまで明るくないため、相変わらずの時間に起きたようだ。
「……そういえば、ゲーモに頼んだ角……」
確か、短剣にしてくれると言っていたはずだが……折角だし、見に行ってみようか。
俺はいつも通り、隣の少女を起こさないよう立ち上がる。正直揺らしても起きなさそうだが、だからと言って意図的に起こすような畜生ではない。
内開きのドアを開け、息を潜めるように部屋を出ると――。
―――スキル【隠密.lv4】になりました。
「……」
久々にスキルが上がった気がする。というか、毎回嫌がらせのようなタイミングで上がるのは本当にやめて欲しい。声を抑える事が出来たのが奇跡的な程、身体は強ばっている。
「……忘れてた」
だが、その通知のお陰か自分の服装がほとんど昨日のままである事を思い出す。
自分が白いソックスのまま外に出ようとしていた事も含めて、だ。
「素足が長かったから靴を履く習慣が……」
小声で言い訳をしながらブーツを空間魔法から取り出し、今度こそゲーモの鍛冶屋へと向かった。
――――――――――
「ほらよ、出来とるぞ」
「おお……!」
真っ白な短剣。
正確には乳白色という所か。てっきり元は骨なら象牙色になるのかと思っていたが、まるで漂白されているかのような白さを誇っている。
刃と言うには刀身は細く、どちらかと言えば突く事を目的とした両刃の短剣だが、元は全体重をのせても折れないようなツノだ。強度があるから多少無理が効くだろう。……これは使うのが楽しみだ。
「ありがとう、ゲーモ!」
刃ではない部分は黒く染められた皮が巻かれ、持ち手として機能している。
隙間なく、かといって余計に重なる事が無いように丁寧に巻かれているそれは、二重、もしくは三重に巻かれているのだろう。
こうやって掲げても見栄えが良い……機能美と言える程の性能は無いのかもしれないが、この世界で初めての……。うん、初めての武器だからわくわくするな。
……どこかの緑っぽい魔物が作った棍棒や、ぼろ切れじみた布に石を詰めた鈍器は武器ではない。ノーカウントだ、強いけどノーカウント。
「お前さん、その格好はギルドの手伝いか?」
白い短剣を新しい玩具を買って貰った子供のように観察していると、ゲーモから声をかけられる。
「そうだけど、これ見ただけで分かるもんなのか……?」
服を軽く摘んで、手元を見ながら返答する。
確かに格好としては特徴的だが、ヘッドドレスも付けていなければ上にエプロンも付けていない。現時点では、シンプルなデザインのワンピースだと思うのだが……。
「普通の服にそんなエンチャントかける所は、この辺じゃ龍の雫しかないからの」
「そんな……って、やっぱり何かついてるのかこれ」
呆れたように言う彼を見つつ、昨日は妙に動きやすかった事を思い出す。
やはりというか、エンチャントが施されていたらしい。どんなエンチャントか聞こうとすると、ゲーモは聞かれる前に話し始めた。
「【浄化】、【身体強化】と【感覚強化】、【スキル強化】、【自動修復】……下手な防具より強いぞ、そいつは」
「……えー」
すらすらと読み上げられるエンチャントの内容を聞きつつ、引き気味に自分の服を見る。
「後は、【MP自動回復】に……って、なんだこりゃ。【精神弱化】と【思考弱化】がついとるわい」
「それ、どういう効果だ?」
字面を想像すれば、それが良くない物である事は疑いようも無く不安だが……確認も兼ねて聞いてみる。
「噛み砕いて言えば、意識が保てなくなる、かの」
「……ええ……」
そして返ってきた答えは案の定、俺を絶句させる物だった。
着ている服が呪われてると知って『へー』で済ませられるほど、心臓が毛皮で覆われてはいない。
俺が肌に触れる危険物の扱いに困っていると、ゲーモは頬を掻きながら補足する。
「ただ、うーむ……この程度の効果だとまともにかからん。子供にしか効かんわい」
「それ、この服着られる奴は掛かるように出来てるって事じゃないか……!」
俺の身体に合うくらいに小さく作られている服なので、この服に効果を付けた奴は子供にかける事を前提としているだろう。
「それにしたって効果が弱い。この強さなら注意力が散漫になるとかその程度だろう、意味がわからん」
「制服にそんなもん付けるのは悪質だろ……ミスでもさせようとしてるのか?」
「……ワシに聞かれてもな」
メイド服とはいえ、一応制服として用意してる物にそんな悪質な効果を付ける理由ってなんだ。
「そうだ、制服の一部なんだがこっちは……」
軽く返答をしながら、エプロンとカチューシャを取り出してみせる。取り敢えず、全部確認だけして貰おう。
「強い【浄化】と【自動修復】がついとるくらいだ」
「……呪われてはないよな?」
「うむ。さっきのも呪いではなくエンチャントだがな」
どうやら、こちらはただの飾りのようだ。
――――――――――
【布】
加工済み。
――――――――――
試しに【鑑定】を使ってみると、予想通りこの程度しか情報は出なかった。
確認には専用のスキルが必要なのかもしれないが、今後はまずいエンチャントの有無くらいは教えて欲しいものだ。
【鑑定】スキルを使う気が起きないのは、こういう痒い所に手が届かない所なんだが、最早がっかりもしない。危機管理は自己責任だ……いや、確認出来そうな方法はこれしか知らないが。
「ああ、そう言えば頼まれてた防具一式も出来上がっとるが。合わせとくか?」
【鑑定】スキルの効果が何度やっても変わらない事を確認していると、そんな話をされる。
「本当か!……いやでも、そっちはまた今度にさせてくれないか。コルチも起こさないといけないし」
少し興奮して声が裏返った気がするが、冷静になって考え直す。
多分、採寸は済ませてあるからサイズが合わない事はないだろう。……本当はそんなこと関係なく今すぐにでも合わせたいが、ギルドの手伝いもある。
「それに、この服についても忘れない内に聞いておきたいし」
特に、この『着ると注意力の無くなる制服』とかいう悪質な物についても問いただしたい。
不思議と俺には効果が無いからいいものの……効果、無いよな?
「そうか。……多分それ、セフィーが用意したモンじゃあねえだろう」
「……まあ、多分」
俺がそう言った事に対し、ゲーモはそんな事を言ってきた。
正直なところ、手伝いに来た人間にそういう嫌がらせをするような奴ではないだろうし、俺もセフィーではないとは思う。
「じゃあ、誰が用意したんだ……?」
「さあな。いるとすれば相当な変人だろうよ」