49.給仕
「――こんな感じっス」
「なるほど」
「初日だからミスする事もあるだろうけど、気楽にね」
人がいない空き時間に、コルチとセフィーから一通りの作業として配膳の流れを聞き……自身の姿を再確認。
視線を落とせば当然、ワンピースのスカートにかかるフリルのついたエプロンが視界に入る。
恥ずかしい気持ちはあるが、慣れてきたからか余裕は出てきた。開き直っている部分もある。
(この世界の文明、変な方向に発展してないか……?)
アルギの所の使用人とやらは普段、こんな物を付けているのだろうか。そもそもメイドがいるのか分からないが……いたとしても、フリルを付けたようなメイド服は着ない気がする。
衣食住が発展した世界なのはもうなんとなく判っているが、フリルをいっぱい付ける発想は……コスプレ文化まではない世界だと思いたい。
考えてみると、そもそも街中で見かける防具やらだって全てが実用性のあるデザインにも思えない。鎧とか剣とか、装飾が多かったり装甲が少ないのは大丈夫なのだろうか。
「……いや、魔術付与があるのか……」
実用性皆無のデザインでも、魔法でなんだかんだできる言い訳みたいな気がするが。冒険者の何割かが露出狂とかでないことを祈ろう。
「何か質問あった?」
「コルチは制服、着ないのか?」
どちらにせよ、考えても頭に血がのぼるだけだ。服装だって、気にしなければ――。
「サイズもそうですけど、恥ず……あたしには似合わないっスから」
……今、『恥ずかしい』って言いかけなかったか。その恥ずかしい格好を俺はしてるんだが。
目を逸らしたコルチに視線を向けると、コルチはこちらを宥めるように手を動かす。
「そんな目で見ないで欲しいっス。似合ってますよ」
「何回言う気だ、それ」
「そもそもそれ、大きいサイズはないし。コルチは買い出しと厨房担当だからね」
自分を男と知っている人間はいないのだから、この際堂々としていればいいと思い始めていた……のだが、コルチの反応で恥ずかしさがぶり返してきた。
気分を逸らそうとした雑談で追撃を食らうとは思ってなかったぞ、コルチ。
「俺だって恥ずかしいよ、これ……」
「すみませんって」
思わず弱音を吐きながら、エプロンを掴む。
制服を確認しなかったこちらにも非はあるだろうが、受付の2人の普段の服装を考えたら普通はこんな格好だと思わない。半ば詐欺だ。
コルチの反応からすれば、こういう服装が一般的かどうかもお察しではある。
「可愛いと思うんだけどなぁ、それ」
「やー、それはそうっスけど……」
そう思っていた矢先に別意見が出たが……セフィーはこういう格好に理解があるタイプらしい。
メランがいれば、異世界的にまともな反応がどっちなのか区別がついたんだが……。賛否両論あると考えるべきか。
「……うちの制服だから、着てて?」
「だ、大丈夫だよ……脱ぐのも手間だし」
潤んだ目でこちらに懇願してくる白い髪の女性。セフィーは時々言動が怪しい以外は美人なので、こういう事をされるとこちらが悪いことをしている気分になってしまう。
……まあ、給料が発生する以上は仕事だし、気にしなければいい話だ。そういうものだと割り切ってしまおう。
「そもそも姉御、それ以外の服ってあたしのお下がりしか持ってないんじゃないっスか?」
「えっ。……それ、私服にする?」
「それは嫌だ」
――――――――――
夕方、依頼から帰還した冒険者達がギルドに集中し始める。
「【唐揚げ】出来てるわよ!」
「了解」
結論から言えば、格好を気にしている暇は無かった。
昼間も大概混んではいるのだが、依頼を物色しに冒険者が集まっているだけなので、そこまで忙しくはない。依頼の手続きが多いくらいで、俺は手伝えないから忙しいのはセフィーだけだった。
出発前にがっつり食べる人も少ないようで、頼まれても軽食くらいだったのも仕事が少なかった原因だろう。
「【ビール】と【焼き鳥】!」
「ん、持ってく!」
唐揚げのみの皿を出してカウンターへ戻ると、セフィーが厨房に篭っているガドルを手伝いつつ、こちらに声をかけてくる。
……言うまでもないが、今の時間は違う。色々な料理……というか、思いっきり記憶にある料理名がこれでもかと耳に入る。とはいえ、見た目や名前は既知でも素材は未知だ。
「……何の揚げ物だったんだ、あれ……えーっと」
見た目が同一のそれに関する疑問を一旦中断し、注文があったテーブルを思い出す。
「焼き鳥とビールでお待ちの方ー?」
「こっちこっち!」
料理と酒の乗った木製のお盆を持ちながら周りに声をかける。すると、鎧を着た男性が手を上げながら手招きしてくる。向かいに座ったローブを羽織った女性が視線を送られているのも見えた。
(【焼きバード】とかいう名前で売られてなかったか、これ……)
大きさは少し違うが、別物と言える程でもないし……呼び名が二つある可能性もあるだろうけど。
「お待たせしました」
「ご苦労!」
「……見慣れない顔。新人?」
「いや、臨時で入ってるだけで――」
取り敢えず、今その辺りを考える余裕は無い事だけは確かだ。
異世界カルチャーに対する現代的な既視感を考察してたら、控えている注文が飛ぶ。
最悪、さっきみたいに聞いてしまえばいいが……追加で注文が入る事もあるので、全ての料理でそれをする時間の余裕も無い。
「――麦酒2つ、焼き鳥2つ。銀貨1と銅貨10になります」
「ありがとよ!あー、細かいのねえや。わり、払えるか?」
「ん、これ……」
陽気な男性と、物静かな女性の前にそれぞれジョッキと皿を並べ、追加で受けた注文の料金をその場で回収。料金をしまいにカウンターへ戻る。
これに関してはセフィーも手伝うと言っていたが、追加注文は結構多い。
依頼の完了手続き等の業務を担当出来るのはセフィーだけなので、注文の度に呼ばれると受付の仕事が滞るだろ……と、俺から説得して全面的に注文を担当している。
「ツクモちゃん、後何残ってる?」
「唐揚げ4、焼き鳥10、2、4。ビール5」
「ありがと。多分、そろそろ落ち着くと思うわ」
カウンターの下に硬貨を置いて、セフィーと軽く言葉を交わして次の配膳へ。
俺が料理をさっさと運んでしまえば、セフィーは厨房に残りの注文を伝えるだけで済む。
1人で回らないと言っていた訳も、そういう所が記憶力任せだったからなのだろう。伝票でも有れば問題は無かったのだが、注文の多さを考えると覚えた方が早そうだ。
「みょーに身体は軽い……けど、頭の方が疲れるな……」
少し腕を伸ばしながら、自分の体調を確認する。
これだけ動けば普段でもそこそこ疲れるはずなのだが、贔屓目に見ても動き易いと言えない格好にも関わらず、身体は軽い。
ブーツの方が裸足より歩きやすい可能性を差し引いても、明らかに疲労を感じていない。
ひとつ考えられる可能性としては……効果は分からないが、エンチャントだろう。
「……恩恵は凄いけど、その辺のメイド服に付けていい物なのか、これ?」
「猫の嬢ちゃん、注文!」
「あ、今行きます!」
野太い声に少し驚きつつ、服の細部を弄るのをやめて呼ばれた方向を確認する。
兎にも角にも、今は余裕はない。気になることばかりだが、今は目の前のことを考えよう。