48.服飾
「似合ってますよ、姉御」
訓練所の部屋にて。既に朝日は登り始めているのか、外から差し込む陽光は視界を確保するのに十分な光度を保持している。
「……コルチ」
「なんですか?」
そんな部屋の中、隅に置かれた姿見に映る猫耳と尻尾付きの少女は、羞恥を主とした表情でこちらを見ていた。
鏡の中の彼女が身に付けているのは長袖の黒いワンピース。小さい手が出ている白い袖口は、ボタンで留められている。
スカート部分の裾には軽く装飾が施されており、それだけでもシンプルに可愛らしい。膝下から10cmはある黒いスカートは、中に更に履きこんでいる布地によって軽く膨らんでいる。パニエ、とでも言うのだろうか。
だが、その服装はそれだけで完結していない。黒いワンピースの上からフリルの付いた白いエプロンを着用していた。
背中をクロスする肩紐にも軽い装飾がつき、腰で固定するための帯は背中でリボンのように飾り結びされている。
それは俺の記憶が正しければ、いわゆるメイド服だ。
「これ、着てないと駄目なのか……?」
――そして、今の俺の格好でもある。
頭に付けている白いカチューシャにすらフリルがついているため、更に恥ずかしい。
「制服っスからね。強めの【浄化】ついてるらしいので、外歩いても平気っスよ」
「いや、確かにギルドに行く途中で汚れないのは大事かもしれないが……」
「別に後で着ても良かったんスけど、向こうで着替えるの大変ですし。早めに慣れた方がいいっスからね」
こちらの返答を先読みして話す彼女に対し、こちらはもやもやとした感情を抱いていた。
彼女の言う慣れるは『この格好で動く』ことなのかもしれないが、幸い細い身体はこんな格好でも窮屈さを感じないため、それに関しては問題ない。
……分かりきっている。俺が不服なのは『メイド服を着ている』という事実だ。
肌の露出に関してはかなり少ない。むしろ、布面積が少ないからと恥ずかしがるような精神でもないため、俺の精神を羞恥に貶めているのはそのデザインである。
「なんでこんなフリルが……」
制服を着る可能性はあったし、その覚悟もしていた。
だが、女性でも着用を躊躇うような、現代知識の詰まった女性服までは想定していた訳がない。
ワンピースを手渡された辺りで大分違和感はあったし、エプロンを追加された時点で嫌な予感はした。
勿論、自主的に着た訳ではなく着せられたものだ。そもそも、俺はこの手の服装の着用に慣れていない。
ごく最近、自分の過去について肩透かしを食らって曇っていた心が、更にどんよりと曇りそうになっている。
……せめて、もうちょっと落ち着いた服を着たかった。……いや、女服を着たい訳でもないが。
『自分は少女だ』なんて言ったバチが当たっているのだとしたら、今は訂正しているから許して欲しい。
「着替えた事ですし、行きましょ。セフィーの姉御も待ってるでしょうし」
訂正した所で現状が変わらないのも事実だが。コルチが手を繋いできたため、仕方ないんだと自分に言い聞かせて、大人しく連行される。
……確か、過剰なフリルのついたメイド服を用意したのはセフィーだったか。昨日、疲れて寝てしまった俺の為にコルチが取りに行ってくれたそうだが。
お礼も兼ねて早めにギルドに向かった方がいいのは確かだ。……確かではあるが。
「前も思ってましたけど自分の靴とか持ってないんスね、姉御」
未だ冷めやらぬ羞恥に発散出来ない鬱憤を貯めつつ、コルチからの指摘で自分の足元を思い出す。
実は今、ついでと言わんばかりに用意されていた黒いブーツも履いている。勿論素足にではなく、膝まで届く白い靴下……ニーソックスを履かされているが、そこはスカートに隠れて殆ど見えない。
ニーソックスも妙に装飾があるので履きたくは無かったが、素足よりはマシだ。……というより、そのままだと単純に靴の履き心地が悪い。
「……防具作れるまでの辛抱だ、うん」
「靴くらいは買いましょ……?」
異世界で初めて履く靴や靴下がこれとは思わなかったが、履物というのはやはり偉大な発明だ。普段よりも歩く事に気を使わなくて済むのはありがたい。
「まあ、それまではその靴使えますね。セフィーの姉御、おはよーっス!」
「……おはよう、セフィー」
どうにか靴の実用性に目を向けて気を逸らしていたが、いつの間にやらギルドに着いていたようだ。
……遅かれ早かれ見せる事にはなるんだ。覚悟を決めよう。
「コルチ……と、ツクモちゃん!」
入口から入って来た俺達を見るや否や、反応するセフィー。メランはいないようだが……もう出発したのだろう。
「それ、似合ってるわよ!」
「あー、うん。ありがとう」
褒め言葉に適当に反応をする。別に嫌な気分という程ではないが、流石に複雑な気分ではある――。
「――おりゃ!」
「むぐっ!?」
がばっという効果音が付きそうな勢いの抱擁に反応が出来ず、その胸に埋まる。
「……無理やりでもうちの子にすれば良かった……!」
間近どころではない距離に対応できず固まっている俺を抱きしめながら、撫でてくるセフィー。
「ん、んー!」
過剰なスキンシップを仕掛けてくるため、離すように抗議する俺。
わざわざ言ってもなければ、見た目も子供とはいえ……精神年齢は肉体年齢を上回っている事だけでも理解して欲しい。いや、言ってないのに理解しろと言う方がわがままなのだろうけども。
「お願い、もうちょっとだけこうさせて……」
「……ん。むぅ……」
しばらく離すよう抗議していたが、昨日の彼女の様子を思い出して仕方なく力を抜く。
……恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、どうせ傍から見れば俺は子供だ。日頃、ストレス相当貯めてそうだし、これで目の前の彼女の気分が晴れるなら協力しても罰は当たらないだろう。
「……んぅ」
……こうしていると、彼女の背は結構高い事が判る。頭に回された手はゆっくり撫でるように動かされ……耳の付け根が擦れて……。
「――よし、ありがとツクモちゃん!」
「っ……あ、ああ」
セフィーの元気そうな声ではっとする。どうやら、満足したようだ。
……そのまま寝るところだった。
寝すぎたせいで、逆に眠気が残っているのかもしれない。幸い、セフィーにはその事はバレていないようだと安心していると、後ろにいたツインテールの少女が声をかけてきた。
「じゃあ、仕事説明するっスよ。……寝ないで下さいね?」
「うっ……大丈夫だよ」
……。後ろで見ていたコルチにはバレていたらしい。いや、寝起きでちょっと眠かっただけで、別にハグが心地良かったとかそういう訳では……。
お陰様で目は冴えたが、今度は頭に血が上ってきた気がする。