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46.相似

一点で天板(てんばん)を支える、地面を掴むように伸びた三足(みつあし)の丸テーブルと、それに合わせる形で背もたれが飾り()りされた椅子。その種類までは分からないが、テーブルにはティーカップに(そそ)がれた紅茶が2つ置かれている。


あれからアルギと喫茶店(きっさてん)に向かい、飲み物が出るまで周りを観察している。ただ、俺にとっては居心地(いごこち)が悪い。


模型のように綺麗に整えられた店内は、その落ち着いた雰囲気(ふんいき)だけでお洒落を感じる空間に仕上がっているのだが……。


(……気のせいじゃないよな)


居心地が悪いのは、あちこちに先程も見た人間がいるからだ。年齢も性別も大差があるようだが、どことなく関連性を感じる面々(めんめん)。店内の殆どの席が名前も知らない見覚えのある人物で埋まっている。


……変な威圧感(いあつかん)がある。俺に心当たりなんてないし、あるとすれば目の前の青年の関係者だろうと考えを巡らせていたところ、正にその青年からその答えは明かされた。


「うちの使用人(しようにん)達だから、あまり気にしないでくれ」

「そ、そうなのか」


流石に戸惑(とまど)いを隠せず、若干(ども)る。


使用人という言葉の存在は知ってはいるが、実際に聞いて、あまつさえ見る日が来るとは思わなかった。


異世界に来て八日目(はちにちめ)、ようやく景色(けしき)の世界観に沿ったカルチャーショックを受けた気がする。


景色に溶け込めるように街の人と似た服を着ているようだが、一部燕尾服(えんびふく)を着た人もいる。……使用人って街までついてくるものなのか?


視線を目の前に戻すと、紅茶の入ったティーカップをつまむように持つアルギが目に入った。(さま)になるというのはこういうことだろう。


俺が自分を場違(ばちが)いに感じるのは、目の前の青年の存在によるところもあるかもしれない。決めすぎとすら思えるその所作(しょさ)を自然にやってのける事に尊敬すら覚える。


「食事が来るまでの暇つぶし程度でよければ、ツクモについてお話するよ」

「!いいのか」


妙な空気に()まれかけて黙っていたところに、彼から提案がされる。正直、この空気に耐えるのは息が詰まりそうだったし、元よりそのつもりではあったので願ったり叶ったりだ。


本音を言えばじっくり聞きたい所だが、俺は向こうからすれば『知人のそっくりさん』だ。話して貰えるだけでもありがたい。


「そもそも、アルギは『ツクモ』とどういう関係だったんだ?」


「彼女は、僕の義妹(ぎまい)だ。見た目は背丈(せたけ)も含めて、君と本当に似ているよ」


姿勢を正して彼の話に集中する。義妹……義理の妹って事だよな。


まあ、こうしてテーブルを囲んでいる俺とアルギを見ても歳の差があるのは明らかだ。『ツクモ』と俺が背格好まで似ているなら、目の前の青年の義理の妹というのも不自然ではない。


どういう関係なのかは気になるが、その辺りを聞くと長くなりそうだしスルーしておこう。


「一緒に暮らしていたけれど、命の在処(ありか)についてとか、人格を形成するのは何か……とか話してたかな」


不思議な情報が飛んできたが……哲学(てつがく)か何かを(たしな)んでいるのか、アルギ―――。


「まあ、僕は殆ど理解出来なかったんだけど」

「そ、そうか」


―――どうやら、嗜んでいたのは『ツクモ』の方みたいだ、目の前の青年はそういうのではなくて良かった。


「何か、癖とかはあったか?」


哲学が悪いという訳ではないが参考にはならないので、他の事を聞く。身体的特徴については十分なので、相変わらず精神的な面について、だが。


日常的にする癖がわかれば、少しは参考になるかもしれない。


「そうだね……よく、家出する癖があった。数日で帰ってきてたけど、大抵草とか石を持って帰っては食べてたかな」

「……ん?」


「最初は皆が止めてたんだけど、最終的には言っても無駄だからって僕以外は放置してたね。毒草とか持ってくる事も多くて―――」


「……待ってくれ」


さらりと積み重なる個性溢れるエピソードに、流石に口を挟む。


「『ツクモ』についての話だよな?」

「気持ちは判るけど、君と同じ猫亜人の子だよ」


失礼だとは思うが、ペットとかそういう(たぐい)の話だとしても違和感がない。話を聞く限り、とんでもない変人だったのでは……。


でも、嘘だとしたらもっと上手い内容があるはずだ。信じ難いが本当の話なのか……だとしたら、少なくとも行動は似ていない。


毒の実(エプの実)を食べた事はあったが、石を食べる趣味はない。あれだって、毒性がないものを選んでいた。


「……いなくなったって言ってたよな。それってどうしてだ?」


「10歳の誕生日の後、出かけてしまってね……それっきり見てないんだ。置き手紙も伝言も無かったから、行方も分からない」

「……なるほど」


彼は一通り話したのか、紅茶を飲む。具体的なエピソードは殆どないが、変わった奴なのは伝わってきた。


「他に何か聞きたいことはあるかな?」

「う、うーん……」


思っていたよりもあっさりと行方知れずになったようだし、質問なんて思いつきはしないが……一応推測はついた。


空間魔法を漁りギルドカードを取り出すと、そこには俺の年齢が11歳と(しる)されていた。


(……でもなあ)


今のところ、変人エピソードにピンと来る事はないが……同一人物の線はある。


悩むべきは、目の前の青年にそれを伝えてどうするか、という話だ。


実は転生者だ、とか男だ、なんて話す訳にはいかないため、性格については矛盾(むじゅん)が出るだろうが、そこは記憶喪失でその辺りを失っていると言えば説明はつく。つく、のだが……。


記憶は戻ってないけど『ツクモ』は俺だ!なんて言った所で、向こうだって(あつか)いに困るだろう。性格の乖離(かいり)(いちじる)しいし、あまり言いたくはないが俺の性格だって女子供としては変だ。


俺が頭を悩ませながら(うな)っていると、アルギが声をかけてきた。


「……そう言えば、君はいくつなんだい?」

「11歳だ。まあ、いなくなった時期は一致してるんだけど……」


言いながらギルドから発行されたカードを差し出すと、目の前の彼は困ったような表情をしていた。


「あ……ええと」

「んっと、どうした?」


その様子に気付き、何かまずい事をしたかと不安になる。


もしかして、ギルドカードってあまり見せる物じゃ無かったのか……コルチとかは普通に見てきたし、身分証も兼用(けんよう)の名刺みたいな物だと思ってたんだが。


すると、彼は少しばかり逡巡(しゅんじゅん)してから口を開く。


「……言い忘れてたけど、いなくなったのは5()()()の事だ」


「へ?」


「いなくなったのは10歳だけど……今は15……いや、16歳なんだ」


「あ……」


突然言われた情報ではあるが、流石にここまで言われれば言わんとしている事は判る。……年齢が、合わない。


(俺の転生時のモデルにした、とか)


即座に新たな考えが頭を()ぎるが、そうする理由が無い。というかモデルにするなら男を選ぶべきだし、苦しい説だ。


(タイムスリップ……したとして、必要性がわからん)


それを言ったら転生する必要性も謎だが、4年程度のタイムスリップまでしてこの身体に転生する事に(こだわ)る意味を感じない。そもそも英雄とかの身体ならまだしも、『ツクモ』を選ぶ意味がないだろう。


「……はあ。なら、人違いだったみたいだな。悪かった」


どうにか俺と結びつけようと考えたが、どれもしっくりとはこない。もっと大きな、それこそ理外(りがい)の理由が存在するならもう、お手上げである。


現状、『ツクモ』とは赤の他人だと考えた方が、まだ自然だ。


徒労感(とろうかん)に思わずため息をつくと、目の前の青年は申し訳なさそうな表情をしていた。


「こちらこそすまない、早く言っておくべきだった」


ここで「本当にな!」なんて言うほど野暮(やぼ)ではないものの、小言が言いたくなる気持ちはある……が、抑えてお礼を言う。


「……いや、教えてくれてありがとう」


確かに先に言ってくれればこの結論に達するのは早かったが、話して欲しいとお願いしたのは俺だし、怒るのはお門違(かどちが)いだ。


どうせ話題なんてロクに無かったので、早く結論が出ていたら話すことはなくなっていた。


その時は目の前の青年が間を繋いでくれたかもしれないが、仮に会話の流れで質問されても俺が答えられるのはここ10日弱の話だ。答えられずに気まずくなっていた未来がありありと想像できる。


「お待たせしました」


すると、タイミングの良い事に食事が運ばれてくる。……店員もアルギの関係者……は、流石に考えすぎか。


「お、来たね。元はと言えば僕が迷惑かけてしまったお詫びだ。ここのサンドイッチは僕もお勧めするよ」

「……それは楽しみだ」


―――まあ、振り出しに戻っただけだ。別に過去が分かったからって自己満足ではあった。


ちょっと期待していただけに、振り出しに戻ってしまうとやりどころの無い気持ちが残るが、記憶を失う前の俺が変人ではなかったと喜ぼう。


(……と、言うかやっぱりサンドイッチなんだ)


俺は(ひたい)を軽く掻きながら、運ばれてきた食事を見る。


今まで見たよりも薄めのパンに具材が挟まれたそれは、まさしくサンドイッチだ。相変わらず見覚えがある物が出てくるなこの世界。


俺は食べやすいように三角形に切られたサンドイッチに手を伸ばし、具材が(こぼ)れないように掴む。


一口齧ると、みずみずしい野菜の食感が音となって(ひび)き、俺の感覚を刺激する。


同じく挟まれている肉は薄いにも関わらずジューシーで、そのまま咀嚼(そしゃく)するたび、旨味(うまみ)を感じた。


「……これ、美味いな」


「はは、お気に召したようで何よりだよ」


目の前の青年が笑ってこちらを見ているのにも気付かず口の中の旨味を夢中で楽しんでいる間に、燕尾服を着た老人がアルギの近くに立っていた。


「アルギ様、そろそろ―――」

「……む、時間か」


主従関係(しゅじゅうかんけい)を絵に描いたような目の前の2人は暫く話し合ったかと思うと、サンドイッチを頬張(ほおば)る俺に向き直ってきた。


「……ツクモ(くん)、振り回した手前すまないが」


「……んぐ。……忙しいんだったら仕方ないだろ。またどこかで会ったら、その時は普通に声をかけてくれ」

「ははは……その時は友人として声をかけさせて貰うよ」


俺は急いで口内のサンドイッチを飲み込み、(さえぎ)るようにして冗談交じりに別れを言う。


彼が出ていくのを見送ると、隣にいた老紳士は俺にそっと一礼して去って行った。


あの格好は目立つのでは……と思ったが、アルギもローブを着ていない辺り、これから立場を見せる必要のある場所に行く、という事だろう。


瓜二つの人間が名前も同じ。確率の低い偶然だとは思うが、事実は小説より……なんて話もある。『ツクモ』については残念だったが、その偶然のおかげで美味しい食事にありつけたと思おう。


俺は気持ちを切り替えて、サンドイッチを楽しむことにした。

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