44.空似
空と同様に、街の活気も本調子になる。当然街にある店は営業を開始しており、元は何も無いような隙間にすら露店が所狭しと立ち並んでいる。
見覚えの無い物ばかり並ぶ街を見れば誰しも少しは興奮するものなのだろうが、俺は少し複雑な気持ちで遠巻きにそれらを眺めていた。
(……欲がないって訳では、ない)
時々見る食料品や、記憶にあるようでない料理の屋台、美味しそうな香りが鼻腔に届く感覚は確かに俺の欲望をくすぐっている。
要するに食欲しかない。我ながら嫌気が差しそうなほど単純な精神構造を改善するために、忍耐力を鍛えている最中だ。
要するに、食物以外に心動く物が見つかるまでは我慢しようという謎の意地を張っているだけなのだが。
それに、朝は少し食べたとはいえ時間もそこそこ経過してお腹は空いているのだが、満たしてしまえばぽかぽかとした陽光に身を委ねてしまうだろう。
その証拠に、休憩がてらに広場に置かれたベンチに腰掛けているだけで気分がふわふわとしている。目を瞑れば寝てしまうのは、それこそ陽を見るより明らかだ。
(やりたい事なんて、数日やそこらで見つからないよなあ……)
こんな考え事をしている間は、眠ることはないだろうが。朝方、後回しにしようと考えていた事を持ち出すくらいには俺は暇を持て余している。
誰に言われた訳でもないが、恐らく誰もが抱える目標。
ただ、この年齢のうちに気付けたのはアドバンテージではある。やりたい事だけでは生きられないのは、どの世界も同じだろう。
ある意味、転生した自分の特典ではないだろうか。その人生経験、ほとんど記憶に残ってないけど。
そうこう考えている内に、比較的静かであったベンチの周りにも通行人が目立ち始める。
(……移動するか)
禅問答じみた問いかけに発展する前に、昼寝でもした方がマシだ。
流石にベンチで寝る訳にもいかないが、空腹の今でも静かな場所を探すバイタリティくらいは残っている。俺は裸足のまま、足を踏まれないように気を付けて人混みに突入した。
ローブについているフードを深く被り、目立たないように移動している訳だが……なんというか、やましい事をしている気分だ。
(【隠密】、効いてる感じはしないな……)
勿論、何も理由無しにこんな不審者の動きをするような変人ではない。スキルのためだ。
まあ、案の定その効果は無かったのだが。当たり前だ、こんな人混みなら目立たないとか関係なく、見つかるようには思えない。
というか、効果があってもなくても余程自分がいるとアピールでもしなければ見つかることもないだろう。周りを歩く面々に比べて、俺の身長は小さい。
フードを取りながらそんな事を考えていたからか、不注意で通行人にぶつかってしまいそうになり、慌てて道の端へ寄る。
(こういう時、ちっちゃいって不便だな……)
人の隙間を抜けながら壁にもたれて、人混みを客観視する。今までゆっくり眺める機会なんて無かったが、やはりここは異世界なんだと実感出来る。
道行く人々の服装は異世界だからといって特段派手とか特徴を感じる訳でも無いのだが、やはり髪の色は気になる。
自分含めコルチやメランも黒髪なのだが、それ以外の髪の色をしている人間も多い。まあセフィーは白髪、ゲーモも茶髪なのだが……その比ではない。
深緑や群青……光の加減次第で黒に見えるだけ大人しい方だ、それより明るい色をしている人もいる。恐らく生まれつきなのだろうが、余計に非日常的だ。
記憶にもあんな色をした髪をした人間はいたが、一般的でもなければ地毛でもなかった。……そう考えると、生前の世界も大概変な世界だったな。
(―――俺みたいなの、ちょくちょくいるのか)
俺みたいな、と言ったのはそれらの格好に由来する。流石に俺と同じ造りではないが、頭をすっぽりと隠せるフード付きのコートを着ている。
その中でも一際目に付いたのが、そんな格好でも埋もれない美形の青年。その髪はフードに隠れているが、少し暗い赤……薔薇色とでも言うべきか。
何故かこちらを見つめて逸らさない瞳は、宝石のような赤い輝きを携えている。
(いや、なんでこっち見てるんだ)
こっちが見ているから視線を察されたのかもと思い、目を逸らす。だが、向こうから件の好青年が近寄ってくるのが見えた。
ガンを飛ばしてると勘違いされたかな、と言い訳を考えながら逃げ道を確保しようとすると、その青年は声を上げた。
「―――ツクモ……!?ツクモなのか!?」
「……え?」
―――それは、予想だにしていない内容。
怒鳴られたり恫喝を食らうくらいは覚悟していた所に、思わぬ言葉をかけられて固まる。
青年はフードを外し、整った顔を顕にする。目の前に立たれると、ガドル程ではないが身長も高い。
「ツクモ、だろう!?」
「そ、そうだけど……」
こんな往来で声を上げれば当然、周りの通行人達もなんだなんだと遠巻きながらざわざわし始める。さっきまでの対象がばらばらの騒々しさとは違い、明らかにその対象は俺とこの青年に集中していた。
「……すまない、少し我慢してくれ」
「え、いや……あの」
俺がどうして返答していいかわからず言葉に詰まっていると、青年がフードを被り直して俺を抱き抱えてきた。
「にゃ、わ、へぅ……!?」
―――この世界に来てから2度目のお姫様抱っこ。
抱き抱えられている現状を理解して、焦って自分のフードを引っ張って顔を隠す。
未だ混乱する思考を纏めきれず、暴れる事も出来ない俺はそのまま顔を隠すので精一杯だった。