43.役割
前提となる知識があれば、殆どの人間が鍛冶屋と呼ぶであろう建物。その奥、より鍛冶屋としての様相が強くなった部屋で、椅子として置かれた台に座っていた。
「ふむ、短剣とかはどうだ」
「……切れるのか?」
現在の俺は、まさしく蓄えるという表現の似合う程の髭を生やした鍛冶屋と、採寸をして貰いながら会話を続ける。
「研ぎはするが、切れ味に期待するような出来にはならんな」
「んー、そっか……」
オスだと白くメスだと茶色い魔物、ロークラビット。
今話しているのは俺の狩ってきたオスの兎、そのツノの用途について、だ。昨日狩った時に思いついた武器としての加工について相談している。
「ロークラビットの雄角なら刃こぼれはそうそうせんから、丈夫ではあるがの」
「それは有難いな……ぶん殴りながら刺せば切れ味はどうでもいいし」
全体重をかけても折れず、衝撃を与えてもびくともしない。ならば、使い方は尖った石みたいなものだろう。
我ながら少し物騒な事を言っているが、武具について考えるなら包み隠さない方がいいという考えによるもので、引かれる事を狙っている訳では無い。
……ロークラビットの出処を伝える際に戦った時の事も話したから、今更取り繕っても無駄だしな。
だが、わざわざ胸の内を伝えている訳では無いのでゲーモから指摘が入る。
「猫亜人らしくないのう、お主は」
「……ステータス見てみるか?」
「いや、その頭の見りゃわかる。格闘を主軸に戦っとる猫亜人が珍しいから、気になっただけだ」
ゲーモは変わらずこちらに背を向け、紙に何かを書き込んでいる。
……あまり気にしていなかったのだが、やはり俺は珍しい部類の戦い方なのか。
とはいえ、武器があるなら俺だって素手なんて使いたくない。でなければ、わざわざ自作の武器を試したりなんてしなかっただろう。結局素手が1番効率が良かったから使っているだけだ。
「格闘っていうか、投げたり殴ったりしてるだけだけど。珍しいのか」
「そも、前線で戦う猫亜人が珍しい方だな、普通は」
ゲーモの話を聞きながら自分のしっぽに意識を向ける。猫亜人って結構ひ弱なのだろうか。
思い返すと、最初にノーガラットの駆除依頼をこなした時、コルチにも似たような事を言われた覚えがある。
「つっても、記憶喪失だからさ。亜人の普通とか知らないんだよな」
「……。軽く言うのう。記憶喪失だったのか」
……そうだ、ゲーモには話してなかったんだった。少し変な空気にさせてしまった気がする。
実際に気にしてはいないし、完全に嘘という訳でもないからそこまで気にしていなかったが。言われてみれば確かに重い話ではある。
まあ、わざわざ吹聴して回る気もないが、これからは気をつけておこう。
「生まれは何処かも覚えとらんのか」
「まあな。別に知らなくても不自由はしてないけど」
察しはついているから不安ではない、というのもある。と言っても生前の話になるので、今の出生が不明なのも間違いではない。
強いて言うなら出身は森か。……いくら異世界でも、森の木が産みの親だなんて言ったら精神が正常かを疑われてしまいそうだ。
自分でおかしいと判断出来るような想像を頭から追いやり、止まった会話を再開させるためにゲーモに疑問を投げかけてみる。
「なあ、亜人とかって素手で戦わないのか?」
街を見る限りでは手や脚がまさに獣のような人もいた。精々ネコミミつけてるくらいしか変わりのない俺よりは、素手で戦う奴は多そうなイメージだったのだが……。
「うむ。亜人でも、熊と龍の亜人の一部くらいしか体術は使っとるとこは見とらん」
熊とか龍の亜人までいるのか、亜人って色々いるんだな。……というか、ずっと気になってたけどこの世界に猫とか熊っているのだろうか。
猫亜人、熊亜人、龍亜人。それぞれ元になった動物ありきの名称だと思うんだが……。
「じゃあ、猫亜人ってどういう戦い方が多いんだ?」
まあ、その事に関して聞くつもりは無いが。いたとしてなんだという話だし、いなかったら俺が変な目で見られるだけだ。
そういうものとして理解している世界の人間に聞いたら、良くて苦笑いを返されるだけだろう。
「ふむ……確か、癒しの魔力との親和性が高いとかで回復役になる事が多いんだったかの」
「へえ……」
回復役って事は、ヒーラーって事だろうか。俺、1つもそういうスキルないけど。
あ、確かスキルに【自然回復】があったか。……いや、ヒーラーになれるようなスキルでは無い事くらいは判る。どちらかと言えば壁役だ。
「後は、隠密能力が高いからと斥候役もしていた奴がおったな」
シーフとかの事、だろうか。暗殺者や忍者的なイメージもあるが、確かに【隠密】を使えば不意打ちの成功率は高そうだ。
「なんて言うか、俺にはどっちも向いて無さそうだな……」
「まあ、一般論なんぞ参考にゃならんだろうよ。ワシだって詳しい訳じゃないからの」
というか、猫亜人ってもしかしなくても前衛向いてないのかな……。ステータスもMPの伸びの方が良いし納得ではあるが、俺はスキルが殆ど無いからほほ【高速思考】にしか使っていない。
せめて、魔法とか使いたいな……そこに転がってるような角兎ですら使えるのに、俺だけ使えないのは悔しい。
「よし。帰っていいぞ、また今度取りに来い。……そいつはどうする」
彼は白い塊を顎で指し、肩のこりをほぐすように回す。自分のスキル構成について悩んでいると、作業が終わっていたようだ。
「短剣にして貰おうかな。金、これで足りるか?」
一応、ロークラビットの時の報酬をそのまま渡す。特別報酬とかで銀貨2枚と銅貨が40枚程度入っていたはずだし、足りないことは無いと思うが……。
「多いくらいだ。銀貨1枚だけ貰うぞ」
「装備代も含めてって事で……」
「だとしたら少ないな。若えんだ、適当に遊んできたらどうだ」
銀貨だけ抜いて投げ返してきた袋を受け取り、お礼をしながら俺は鍛冶屋を出た。
(……遊んでこい、って言われてもな)
この世界どころか街の事についても何も知らない奴には難題だ。
外はようやく昼になったようだが、特にやる事もなくなってしまった俺は適当に街をぶらつく事にした。