41.鋭角
いつもより急ぎ足でダンジョンに来た俺は、ローブを脱いでお下がりの服だけになる。
簡単にこなせる前提で請けた依頼でも、ビスティラットの時みたいなトラブルが起こる可能性は有る以上油断は禁物だ。
とはいえ、殴る蹴るの戦法に飽き……いや、戦術の幅を広げるために色々試す事は重要なので、今回は―――。
「これ、振り回すの結構怖いな……」
この世界で目が覚めた時に着ていた布に、石を詰めて結んだ、お手製ブラックジャック。
簡素な造りの武器だが、素手よりは絶対に破壊力が出る……のだが、ノーガラットに試すものではなかったかもしれない。
「ちっ……!」
ぐるぐると回して遠心力を維持しているが、俺の姿を見るや否や逃げ出してしまうため、まともに当たりそうに無い。
(まあ、俺が同じ立場でも、こんな殺る気まんまんの奴がいたら逃げるけどさ……)
元々見られたら結構な確率で逃げるラットだが、これを振り回していると視界に捉えられるまでが速いようだ。……だろうな。
「……やっぱ、最初は隠れるべきか?」
というのも、意外なことに隠れている時には近付いてくるからだ。ラットは臆病な生き物だと思っていたのだが、見付かったら逃げる割には好奇心が強いのだろうか。
(そういや、ビスティラットの時も回り込もうとして……俺を狩ろうとしてた訳じゃなかったのか?)
数日前の出来事を思い出しつつ、岩陰に隠れて様子を見る。すると、鼻を軽く上に向けてすんすんと匂いを嗅ぎ始めた。
大体この動きをした後は、そのままこちらに気付いて逃げてしまうのだが……。
―――ざっ。
(……ん、こっちに来てるな)
岩陰に隠れていれば、不思議とノーガラットは回り込んでくる。好奇心は猫をも殺しかねないが、魔物も例外ではないようだ。
観察して得た情報と足音を聞き、来ているのが3匹である事を理解して、記憶にある位置情報を頼りに―――。
「……せっ!」
「チュッ……」
ブラックジャックを出来るだけ大きく振り回し、灰色の身体に当てる。……【高速思考】でステータスを確認するが、じっくり見るまでもなくノーガラットにはHPがあるみたいだ。
岩陰に隠れながら振り回す訳にもいかなかったので、遠心力が足りず威力が弱くなったのかもしれない。
俺はスキルを解除して、攻撃して怯んだそいつの耳と毛皮を併せて左手で掴み、武器を捨てた右手で逃げようとしていたもう1匹の尻尾を掴む。
そして尻尾を引っ張りながら、耳を掴んだ方のラットを持ち上げ、真下へ投げ落とす。
「チュァッ……!?」
更に両手で引っ張った尻尾を肩に背負い、背中を使って持ち上げるようにして、自分を挟んで反対方向に叩きつける。
背負い投げをされて地面に抉るように叩きつけられ、流石にノーガラットも気絶したようだ。
(後は……)
最初に真下に投げたノーガラットがまだHPがあったので、踏みつけて追撃を行いつつ周りを確認する。
3匹目も仕留められるかと思ったが、もう既に遠くまで逃げていたので諦めた。三兎を追って二兎を得たなら上々の成果だろう。
「……これ、使い辛っ」
ネズミだから二兎じゃなくて二鼠か、なんて思いつつ、愚痴を吐いてブラックジャックの結び目を解く。
布の中心を持って軽く振るい、中のものを完全に出してから空間魔法へとしまった。そして散乱した石を掴み、転がっている2匹に止めを刺す。……正直、やりづらい。
逃げる相手を仕留めるなら狙う必要があるし、遠心力で威力を維持するので、当てるタイミングも限られる。これだったら、普通に石を持って殴った方がいい。思考レベルが原始人なのだろうか、俺は。
試しに、ブラックジャックを解体して散らばった石から幾つか運び、新しく見つけた群れに殴りかかってみたのだが……。
「チュッ」
「チュチュッ」
「……くそ、まともに当たんねぇ」
使っている石も、当てるノーガラットも小さすぎるのか単純に殴り辛い。結局一体しか仕留められず、量を処理するなら最初から掴んだ方が良いように感じる。
「らァッ!……て、お!」
だが、腹いせに逃げているラットに対して投げると、HPは『30/70』まで削れた。どうやら、この方法なら仕留められそうだ。
「……ふんっ!」
足元の石を投げ、もう一度新しい石を拾い、更に投石。それだけでも、逃げかけていたノーガラットを2匹仕留めた。
どうやら、当たり所によってダメージにばらつきがあるようで、1匹は逃してしまったが。
とはいえ、【投擲】スキルもあるからだろうか、意外と当たる。……けど、俺の前世、原人とかじゃないよな?
妙に現代的な知識だけはあるから、生まれた時代は想像がつくが……自然に出来る戦い方がこれだとすれば、自分は野蛮人の可能性が出てくる。
「……まあ、石を投げるのは有りだな……」
逃げている相手、かつ安定した姿勢で投げられたから、という可能性を加味しても、命中率は十分だ。実戦で使うには課題こそあるが、それでも逃げる魔物には使えるな。
その後も、大きい群れを見つけては飛び込み、身体を掴んで投げて、逃げた相手には石を投げて対処。なんだかんだ、1番戦い易かったのはそんな方法だった。シンプルイズベスト、というのは単純にして至言なのだろう。
「でも、投げてばっかかー……いいんだけど、なんだろうな……」
他の事も投げだしてしまえたら楽なんだが、なんて馬鹿な呟きを漏らしながら周りを見ると、考え事の片手間にやられたラット達が転がっていた。
流石に、自分から襲ってこない奴に苦戦なんてしようが無い。
気絶したラットを数え、7体程仕留めていた事を確認する。その前に5体狩っているため、今狩った分を含めれば12体だ。一つ分の群れくらいは処理できただろうし、そろそろ止めを刺して帰ろう。
……掴んで投げて、石を投げて、最終的に殴り殺す作業。なんかもう、安定するならこれでいいや。
(……あー、そうだ。止めは殴らなくてもいいな)
とある事を閃いた俺は、おもむろに空間魔法を使い、しまったままだった兎を取り出した。その白いロークラビットの額には、鋭い角がそそり立っている。
これを使えば、楽にトドメが刺せる。正直、動かない体を殴り付けたり叩きつけたりするのはこちらも心苦しい。……後、借り物の服に血がつくし、腕が疲れる。
服は【浄化】のエンチャントがどうとかで汚れは定着しないらしいが、投げ飛ばしたりして疲れた時にこの作業は腕にくる。解体したブラックジャックを、止めをさす為だけに作り直すのも手間だ。
「よいしょ!……っと。うん、死んでる」
ステータスが死亡となった事を確認し思わず、よし、と拳を握る。角ウサギを使う方法だが、ブラックジャックなんかより断然殺り易い。
角をラットの首筋に当てて、ウサギの腹に体重を乗せるだけ。魔物でも、首に穴が開けば死ぬらしい。
骨に当たった感触があったが、俺の全体重を持ってしても折れなかった角はこんな事で欠けたりはしないようだ。
……因みに、戦術の幅は広がっていない。石で殴り殺す、という方法が角で刺し殺す、に変わっただけだ。応用なんて無茶だ、止まってる相手にしか当たらないぞ、こんなの。
(……これで武器作れないかな)
7匹目に止めを刺しながら、この後の予定を考える。昨日は遅くなったから行かなかったが、ゲーモのところに行ってみようか。採寸もして貰わないといけないし、丁度良い。
「まあ、やりたい事探しはいつでも出来るしな」
当初の目的をぼやく。……こうやって、ずるずると先延ばしにしていくんだろうなと思いつつ、俺は出口へと足を進めた。