37.住処
「ふっ……!てっ……!」
破裂音にも近い音がダンジョン内に響く。音の発生源は【魔力球】だ。
「っし、後何匹だ」
正しくは、俺が【魔力球】にロークラビットをぶつけた音。
俺は現在、左手に白のロークラビット、右手に茶のロークラビットを持って兎狩りをしている。
ダンジョンの外で思いついた……というか、思い出した戦い方はこうだ。
魔力の塊に殴りつけるようにロークラビットをぶつけて消滅。そして接近し、新しいロークラビットの角を掴んで振り回す。
仮に名前をつけるなら、肉の棍棒だ。持ち手もあるのが便利。
相変わらずの掴んで振り回すだけの戦い方は、単純作業だが安定する。むしろ、武器もなしに戦う以上ワンパターンにならざるを得ないだろう。
殴る蹴るで吹っ飛ばせるならまだやりようもあるが、俺にそんな力はない。このロークラビット程度なら吹っ飛ばせるかもしれないが、角を折ってしまっては本末転倒だ。
気絶した後どころか、死後もその亡骸を利用されている白いロークラビットはお気の毒だが、今回メインで【魔力球】打ち消しの被害に合っているのは茶色のロークラビットだ。
現地調達した茶色の兎……その角を握り直す。
すっぽ抜けないようしっかり握った事を確認し、それを進行方向から飛んでくる光の球へひたすらぶつけながら前進。
だが、この茶色の兎の角は脆い。そのため、ぶつけている最中に当然……。
「っと、折れたか。……ふんっ」
持ち手にしていた部分が折れる。だが、折れるのは想定通りだ。
そのまま角を空間魔法へ放り込み、まだ飛来する【魔力球】に白い兎をぶつけて凌ぐ。
「掴ませろ……!」
【高速思考】と【ステータス閲覧】で、目の前のロークラビットがMP切れを起こした事を確認し……空いた右手でその角を掴んだ。
これがこの狩り方の最大のメリット。気絶させてから角をいちいち折らなくても、【魔力球】にぶつけた衝撃で勝手に折れてくれる。
しかも、次の武器の補充もすぐに出来る。
運良く……いや、運悪く角が折れなかったとしても、どうせ持っているロークラビットは【魔力球】にぶつけられた衝撃で気絶しているのだから、そのへんに転がしておけばいい。
唯一問題があるとすれば。
「……あっ待て!」
思わず声を上げて呼び止めるが―――異世界には通じた俺の言葉も魔物にまでは通用しないようで、そのまま一目散に逃げていったロークラビット。
そう、ロークラビット達はMPが切れるとすぐ逃げてしまうのだ。幸い、MPが切れていない仲間が隣にいる時は逃げないみたいだが。
……ほぼ同時に姿を現し、同時に【魔力球】を放つロークラビットのうち『1匹だけがMP切れになってくれる』なんて奇跡が起こるはずもない。
そもそも、別にそんな期待はせずとも十分な量の角を確保できる。
何故かは知らないが、ロークラビットを倒し始めてからほとんど切れ間なく襲ってきたからだ。代わる代わる出てきていたので定かではないが2、30匹はいた気がする。
仲間意識が高い、という割には保身第一の立ち回りをしてくるから、他に原因があるのだろうが……別に気にする事ではないだろう。
逃げる魔物に待てとは言ったが、そろそろ握る手が辛くなってきたのでいなくなってくれた方が嬉しい。
「すぐに仲間の所に行かせてやるからな」
周りにロークラビットがいなくなった事を確認して、手に持っていた未だ生きているロークラビットへ語りかける。
MP切れで何も出来ないのか、角を持たれたままわたわたと動くその様子は可愛らしい。だが、これでも魔物は魔物だ。
ちなみに、周りに転がっているロークラビット達は気絶しているだけで、ご存命である。つまり、仲間と一緒に転がしておくだけだ。
「安心しろ。痛いのはっ……一瞬っ……だけだっ!」
痛いのは一瞬と言いつつ3度地面に打ち付けて気絶させると、聞き慣れたメッセージが頭に響く。
―――レベルが上昇しました。
―――スキル【観察.lv3】になりました。
―――スキル【鈍器使い.lv2】になりました。
唐突なタイミングで来るメッセージにはいつもびびらされていたが、嫌という程聞いたおかげか慣れてきた。……HPとかスキルより、この声の方が謎だ。
ステータスを確認しようかと思ったが、使っていたスキルのみが上がり、新スキルは覚えていない。何より今回の戦法のおかげで消耗もなく、HPも最大値……MPも大して消費していない。
念の為レベルアップしたスキルを見てもいいが、まずはこの一帯のロークラビットの角を片っ端から折りに行く。気絶しかしていないので、時間をかけていたら回復するかもしれない。
武器にしていた白い方を収納し、素の手と足で茶色のウサギの角を採取していく。
一通り採取して、茶色の10本、そして欠けてしまった角が1本。そこに最初の折れた角と白い角を合わせて、合計13本の結果となった。
「茶色のばっかだな……」
戦っている最中も思っていたが、結局ロークラビットは茶色しか出なかった。
壊れ辛さからしても白い奴は貴重なのかもしれないが、依頼で白い角が必要なのだとしたら今回の戦果はほぼ無くなる。
依頼書には魔法の触媒にすると書いてあるので、どちらの角が材料になるかによってはもう一度潜るべきかもしれない。
材料なら1本じゃ足りないだろうし、ここまで頑張ってそれだけしか納品出来ないのもちょっと悲しい。
「でも、確認するにしてもな……。……あ、そうか。【鑑定】」
物の情報とか見ても基本役に立たないので、使っていなかったスキル。折角思い出したので、使ってあげよう。
そもそも出ない可能性はあるが、どうせダメ元だ。
――――――――――
【ロークラビットの角】
ロークラビットから生える角。
雄の物は白色、雌は茶色をしており、雌の角は魔力を溜め込みやすい。
――――――――――
「おおおぉ……!?」
使えた事もそうだが、かなり参考になる情報が出てきた事に感嘆の声を漏らす。
【鑑定】スキル、こういう時に役に立つんだなお前……見直したぞ、やれば出来るじゃないか。
「鑑定結果を見る限り、必要なのは茶色だよな」
確認するように呟きながら、急ぎ足で出口へ向かう。白い方について書かれていなかったが……まあ、どうせ折れないし納品するのは茶色だけでいいだろう。
というか、オスの個体数って少ないのか……?ウサギって繁殖力の強い動物だって知識はあるが、個体数にばらつきがある事は初めて知った。
ロークラビットは魔物だから、生前の常識が通用しない可能性は大いにあるが。
(……ん、待てよ?)
最初に戦った時、わざわざ見えやすい所にいたのは囮だからだと思っていたが……あれ、もしかしてそういう意図じゃなかったんじゃ……。
当時そこにいたメス達がまばらに攻撃してきた事にも納得がいく。囮がいるなら、投げ飛ばして背中を見せていた隙だらけの俺に一斉に攻撃をするはずだ。
1匹しか攻撃していなかったのも、さっきまでの戦いからすると違和感がある。
ウサギ達にとってそういう役割ではなかったなら、あいつだけ強かった理由も合点がいく。
―――乱入してきた奴に狙っていたオスを投げ飛ばされ、呆気に取られて攻撃が遅れた―――。
(……。いや、うん。偶然だろ……)
なんとなく筋が通ってしまったが、事実だとしても俺は彼らを狩っていただろう。
心の中でそっと謝りながら、ロークラビットの住処を後にした。