35.光球
「キュ?」
「もらった……!」
全力で近付き、こちらを察知して間もない獣のトレードマークを掴む。
「らぁっ!」
そして身体ごと大きく振り上げ、そのまま後方へ投げ付ける。白い身体は地面とバウンドするように何度かぶつかり、やがて止まった。
本当は真下に叩き付けるつもりだったのだが、想定していたより軽かったので力を入れすぎたせいか手からすっぽ抜けてしまった。
「角、折れてないよな……ん?」
飛んでいった角ウサギの安否を心配しつつ周りを見回すと、投げ飛ばした方向とは逆に光の球が浮かんでいた。
どことなく幻想的なそれはゆっくり大きくなり、より完全に球体を形作っている。
「……んっ!?」
なんだろうと警戒しながら見ていると、突然それが近付いてきた。
本能的に当たってはいけないと悟り、仰向けに倒れながらもギリギリで避け、地面に手をついて尻餅をつくのを回避する。
そのまま早歩き程度のスピードで身体の上を素通りしたそれの行く末を眺めると、淡い光を発する球は洞窟の壁へとぶつかり、硬質的な音をたてて消滅した。
ぱらぱらと破壊された壁からその欠片が落ちるのを見て、避けた判断が正しいと理解する。
「……まずっ」
先程飛んできた方向を見て、2個の光の玉が浮かんでいるのを視認した俺は咄嗟に【高速思考】を使った。
何も無いように見えた地面だったが、よく見ると何かがいる。その額には角を持ち、垂れてはいるが耳を持つ魔物。最近どころか数十秒前に見たそのフォルム。
―――茶色の兎。それが、地面に紛れるようにして隠れていた。
――――――――――
Lv:8
種族:ロークラビット
状態:正常
HP:64/64 MP:12/32
戦闘スキル:
【魔力球.lv2】
スキル:
【隠密.lv4】
――――――――――
【魔力球】というのが例の光球の正体だろう。そして【隠密.lv4】という俺より育ったスキル。
(こいつがロークラビット……そしてまだ、いる)
【隠密】から間違いなくこの数匹だけではないと確信し、視界の中を探す。2つの光球の下には当然ロークラビットがいるが、探すのはそれ以外だ。
予想通り、その後方に保護色で隠れているロークラビットが2匹。合計4匹の土色のウサギがこちらを視ていた。
MP消費の大きいスキルを連発するための集団行動、そして……。
「囮なんて、舐めた真似しやがって……」
白いウサギを、敢えて目立つように行動させていた。あれもロークラビットなのかもしれないが、専ら囮の役割なのだろう。
ダンジョンを巣穴みたいな物だと形容したことを後悔した、完全にこちらを狩りに来ている。ここはまさに魔窟だ。
「反省は、後だっ……!」
スキルを解除し、全力で地面を横に転がる。岩肌が身体に刺さりそうだが、服を着ていたおかげで擦り傷は気にしなくて良さそうだ。
自分のいた地点の地面が光の球によって穿たれて、小石が弾け飛ぶ。
最初に避けた時から予想はしていたが、確信に変わった。【魔力球】は直線的な動きしか出来ない。
「ならっ……」
俺は転がる勢いを利用して立ち上がり、ロークラビット共と対面する。
距離さえ取ってしまえば、脅威ではない。直線的な動きしかしない飛び道具も、あのスピードなら避けられる。
一応【高速思考】を使って後方も確認しておいたが、最初に投げ飛ばした白いやつ以外には生物はいないようだ。
身体こそ土と混ざって保護色だが、意識して見ればあの角は見逃さない。不意打ちが決まらなかった時点で、向こうのアドバンテージは消え去った。
俺はすぐロークラビットへ向き直り、飛んでくる3発の光球を避ける。この調子で避けて、MPが切れた時点で突っ込む。
確か4匹いてMP消費が10。同じステータスだったため、合計で12発避ければ弾切れのはず。
現在6発だから、半分は消費させた――。
「がっ!?」
突如、背中に走る衝撃。
呼吸が一瞬出来なくなり、咳込みながら膝からくずおれそうになる。
倒れないよう踏ん張りよろけてしまったものの、運良く目の前から飛んできた2発の光球のうち1発は避けられた。
だが、そのうち1つが俺の左肩に直撃した。
「ぐぅ……っ!」
右手で肩を押さえつつ振り返ると、そこには白いウサギが立ち上がっていた。
「てめ……っ……!」
――生きてたのか、畜生!
つこうとした悪態は途中で止まり、その分は呼吸へ費やされる。
動いていない白いウサギはHPが尽きていると勝手に勘違いし、ステータスを見ていなかった俺の落ち度だ。隠れているロークラビットばかり探して、勝ちを確信して気が緩んでいた。
そんな後悔を抱きつつ、鈍痛をこらえて【高速思考】を使う。
――――――――――
Lv:11
種族:ロークラビット
状態:正常
HP:52/80 MP:30/44
戦闘スキル:
【魔力球.lv3】
スキル:
【隠密.lv1】
――――――――――
白い方のステータスを見ると、ロークラビットではあるが一回りレベルが高い。
ラット共で言うなら、ビスティラットに当たるのかもしれない。種族は同じなので、こっちは個体差なのかもしれないが。
囮だから弱いなんて思っていたのだが、随分思い切った役割分担だ。……俺はまんまと引っかかっているのだが。
(ち、肩が……)
【高速思考】中は時間がほぼ流れない以上、痛みも引く事は無いのだろう。とはいえ、自分のステータスも調べないと……。
――――――――――
名称:ツクモ
性別:♀
Lv:7
種族:亜人(猫)
状態:正常
HP:58/102 MP:72/125
戦闘スキル:
【高速思考.lv2】【雄叫び.lv1】
スキル:
【魅力.lv1】【観察.lv2】【鑑定.lv4】【ステータス閲覧.lv2】【隠密.lv3】【体術.lv3】【鈍器使い.lv1】【投擲.lv1】【自然回復.lv1】【根性.lv1】
特殊スキル:
【複魂.lv1 1/1】【道連れ.lv2】
――――――――――
(……【道連れ】、使えるのか?)
スキル欄を見てふと疑問に思う。HPの減りをそのまま相手にも与えられるなら、かなり便利な効果ではないだろうか。
だが思い返すと、このスキルは怪我を相手に与える事は出来るようだが、衝撃などが伝わっていた様子はなかった。
……。無難に仕留めるべきだろう。幸い、俺の脳筋回路は策を思いついた。肩も痛いし早く切り上げたい。
(行くぞ……!)
俺はスキルを解除し、姿勢を低くしながら白いロークラビットと距離を詰める。
「……ちっ」
軽く舌打ちをして駆け出す。
ダメ元で【道連れ】も使ったが、ダメージがあるようには見えなかった。
それどころか今まさに【魔力球】の準備をしているため、このままだと突っ込む事になるが、当然そんな自殺行為はしない。
「当た……れっ!」
俺は右手で屈みながら拾った石を【魔力球】に投げ付ける。
これが、対抗策。そもそも、俺の身体でなくても反応するならば最初から何かをぶつければ消滅する事は考えれば判る。
【魔力球】の準備が中断され、光が霧散する。俺はその隙を見逃さず、右手でその立派な持ち手を掴んだ。
「よし……!?」
――だが、ロークラビットはあろうことか掴まれたまま光球を生成し始めた。
「んなっ……でも!」
俺は当初の予定通り、持ち上げたロークラビットを―――後ろに迫っている【魔力球】へぶつける。
――どむっ!
弾力の硬いゴムボール同士を衝突させたときのような感触とともに、衝撃による痺れが少し手に発生する。
生成されていた光球は消滅して、難を逃れたことを確信しステータスを見ると、ロークラビットのHPは0になっていた。
だが、ここで手は休めない。【魔力球】の飛んでくる方向へと進みながら、【高速思考】を使って確実にウサギと光球を衝突させる。
合計2発を凌ぎ、1番近くにいた茶色のロークラビットへ足を進め……痛みの収まってきた左肩を動かし、逆手で角を掴む。
そして更に飛んでくる魔力球にぶつける。肩が取れそうなくらい痛いが、計算が正しければこれで――。
「……随分、潔く逃げるのな」
――12発だ。凌ぎきったぞウサギ共。
MPが切れて一目散に逃げ出したロークラビットを後目に、白と茶の肉盾を掴んだまま入口へ戻る。
2本で完了にする気は無いけど、肩が痛いし一旦引き返そう……。