34.魔窟
【ロークラビット】。名前から察するに、兎がベースになった魔物だと思う。
依頼書には角を持ってこいと書かれている……生えているらしい。
(……角の生えたウサギ……)
自分の想像でしかないが、本当にそれだけならあまり驚異ではないように感じる。
仮に角が武器になるくらい発達していたとして、ラットの【体当たり】を避けるようなものだろう。
ラットよりは機敏かもしれないが、元より被弾すれば身体が動くか微妙なため回避は前提だ。肉の塊より殺傷力はあるだろうけども、避けてしまえばさして問題は無い。
それに、そこまで発達した角なら掴みやすいだろう。【高速思考】で掴んで振り回してやれば、ラットと同じように無力化出来るはずだ。最悪殴ればどうにかなる。
(……なんとかの一つ覚えって感じだな)
掴んで投げる。出来なければ殴る。とんだ脳筋戦法だ。
武器と言える武器が無いから仕方はないのだが、自分の攻撃のレパートリーにちょっと情けなくなる。例のブラックジャックを使おうかとも思ったが、的が小さい相手に当てられるとは思えない。
ビスティラットのように大きい可能性もあるが、この依頼はビスティラットの銀貨10枚よりも安い。
流石にノーガラット駆除より高いが、ビスティラット並の大きさが出てくるならもっと報酬は高いはずだ。大きいというのはそれだけで驚異なのだから、難易度で報酬が決まるならこの考えは間違っていないはずだ。
「こっちか……」
俺は迷わないように依頼書を見て場所を確認する。やはり前回と場所は違うが、今回もダンジョンに潜る必要があるようだ。
ある程度街から近い場所を選んでいるが……メジスだってまともに散策した事は無い俺にとって、街の近郊だとしても完全に知らない土地だ。
依頼書に方角が書かれているものの、知らない街並みから知らない森へ出発するのだから、未知の場所でしかない。
少し街を外れたら洞窟があるという不思議な地形だから迷わないが、こんな近くにこんなものがあって平気なのだろうか。
「……まあ、平気じゃないから魔物駆除なんて仕事があるんだろうな」
俺は呟きながら洞窟の近くに印があるか探す。ラットの時にもあったものだ。
ラットの時とは少し違うように見えるが、ダンジョンの区別をつけるための物なのだろう。まあ、探してはないけど近くにもダンジョン多そうだしな……。
模様が依頼書に書かれているものと一致する事を確認し、中へ入る。
ダンジョン探索も3回目となり、見慣れてしまった岩肌。さらに、足裏に伝わる粗い地面の感触。
裸足だと怪我をしそうだが、歩くべき場所が判るのはそれこそ慣れだろう。
……あまり嬉しくは感じないが、今はそれがありがたい。
「ダンジョンっていうか、巣穴だよな……」
俺が偶然そういう所ばかり選んでいるのかもしれないが、ダンジョンという割に魔物の種類は偏っている。
正直イメージとしては、ダンジョンには色々な魔物がいると思っていたのだが……。
推測でしかないが、こういう巣穴がダンジョンと呼ばれているだけなのかもしれない。
そう考えると、魔物の住処を荒らしに行っている冒険者が悪者のような気がしてくる。
規模もでかいし、駆除しないと溢れ出る訳だから罪悪感はないが。まあ、所詮そんなものだ。
考え事をしながらも警戒しつつ奥へと進んでいたが、ふと遠くに白い塊が落ちているのを見つける。よく見ると動いているため、あれが例の【ロークラビット】だろう。
(……なんというか、想像通りの姿だな)
ノーガラットよりも一回りちっちゃい大きさだが、額に角がついている。
大きさとしては記憶にある兎のそれで、角は体長の半分程度の長さ。
鋭く、突かれたら刺さる可能性はあるが……耳の間からそびえ立つ一本角は綺麗に額に対して垂直を描いている。
仮にぶつかったりするなら、歪んでいてもおかしくはない。であれば、そういう用途で使っていないという事だ。
―――あれが、銀貨1枚か。
弱いと推測を立ててはいたが、銀貨1枚の依頼だ。もう少し凶悪な見た目だと思っていた。ラットの10倍の報酬と言っても、10倍強いようには思えない。
想像通りの見た目ではないだろうと予想していただけに、少し拍子抜けだ。
とはいえ舐めていても狩れないと話にならないのだが、遠くから観察してみても何か変わった様子は見られない。
1匹しかその場にいないうえ、周りに隠れられる程の物陰は無い。岩陰にいたとしても1-2匹くらいだろう。
大量に角を採ることが出来れば追加報酬もあるらしいので、見た目通りの強さなら狙ってみても良さそうだ。
(戦ってみるか……?)
不意打ちを仕掛けられる程近くはないので途中で気付かれるだろうが、全力で仕留めにかかれば1匹くらいは倒せるだろう。
ついでにステータスを見て、ビスティラットの【招集】のようなスキルがありそうなら逃げてしまえば良い。銀貨1枚なら隠し玉はあるだろうが、逃げられなくなるような事は無い……よな?
最悪ダンジョン外まで逃げてしまうのも手だ。外まで追ってきたらどうにかしないと不味いが。
駆除依頼ではないので、強襲を繰り返しても問題はない筈。
(どちらにせよ、これは脱ごう)
俺はローブを脱ぎ、膝下が少し隠れる程度のドレスを脱ぐ……べきじゃないな。
単純に布地があれば切り傷を防ぐ事が出来る。……いや、下着で戦うのが嫌なだけだが。
万が一、ダンジョン外まで逃げた時に誰かと鉢合わせたら気まずい。そこそこ街から近い場所なので、逃げる事を視野に入れるなら想定すべき可能性だ。
服も借り物だから傷つけたくは無いが、それを優先して心の傷を負ったらもっときつい。
(……よし)
俺は岩陰から出て、ロークラビットへ向かって駆け出した。