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33.七日

「ん……」


いつもより強く体に触れる布の感覚で、昨日の事をぼんやりと思い出す。


今まではボロ布にローブ1枚で寝ていたからか、少し窮屈(きゅうくつ)ではある。とはいえ、ベッドで寝たおかげか疲れはあっても身体の調子は良い。


身体を起こすと、コルチが隣で寝ているのが判った。俺が先に寝てしまったはずなので、奥に詰めてくれていたのだろう。


俺はそれを起こさないようにそっとベッドから立ち上がり、ローブを取り出す。


あの時は思い付かなかったが、冷静になると気付く事がある。


(別に、服の上にローブ羽織ればいい話だよな)


流石に俺も一夜経てば落ち着きを取り戻す。そもそも、女物の服を着ていようが今は女性の身体ではあるのだから問題は無い。


一晩経てば開き直るのも余裕だ。そもそも、上にローブを着てしまえば見えない訳だから大丈夫。


(気にするから恥ずかしいって場面は、前もあった。今回もそれだ、気にするな、俺)


……まあ、気にしないと言い聞かせている時点で気にしてはいるのだが。


前提の時点で実践出来ていない理論で言い訳をして、暫く気持ちを落ち着けたところで大きく伸びをする。


(……依頼、請けに行くか)


なんとか気持ちを切り替え、俺は音を立てないようにドアを開けて外へ出た。


鉄格子の窓からも確認はしていたが、空はまだまだ本調子ではないようだ。太陽が昇っているようには見えない。


そもそも、この世界の太陽とか月ってどうなってるんだろうか。この世界にも惑星とか衛星があるという事なのだろうが、不思議でたまらない。


(気にした所で、それに違和感を抱ける程の知識はないんだけどな……)


天体に詳しい訳でもないし、専門的な知識なんて(もっ)ての(ほか)だ。


正直、ファンタジー世界で現代知識を活かして……なんて、それこそファンタジーだと思う。


剣と魔法が当たり前にある世界で活用出来るような知識を溜め込んでいたら変人奇人の(たぐい)だ。


つまるところ、俺がこの空を眺め確実に言える事なんて『早起きした』という庶民的な事でしかない。


(ガドルは素振り……日課だって言ってたな)


当然のように起きており、更に運動までしている彼をちらりと見てからギルドへ向かう。


ガドルは龍の雫で寝泊まりしているという話だったが、日もまともに出ていない内に起きて訓練場へ来ているのだろうか。


そもそも最初の登録の時以来、ギルドで見たことが無い。いちいち聞くことでもないし、気にする事でもないが。



「何かいいの、あるかな……」


そうこうしている内に龍の雫へと着き、依頼を吟味(ぎんみ)する。


狙うは銅貨50枚付近の魔物だ。ラットは10枚程度なのだから、50枚くらいならどうにかなるだろう。貨幣価値を知れて良かった、取り敢えず報酬から難易度は推測出来る。


(問題は、俺が倒せるかどうかなんだけどな)


いくら少し強い魔物を倒せたからといって、他の魔物が上手く倒せるとは限らない。


ビスティラットを含めた駆除依頼も見つけたが、報酬は銀貨10枚。確かに倒せればでかいかもしれないが、内容を見るとビスティラットを数体は倒す必要があるみたいだ。


正直、あれがラットという……いわゆるネズミ型の魔物だったからどうにかなっていただけの気もするので、これは流石にやめておこう。


とはいえ、日和(ひよ)っていては意味が無い。レベルも上げていきたいし、復活スキルだって一応あるのだから多少の無理はするべきだ。


(……静かだな……)


他の冒険者こそいないものの受付嬢がいるので物音はするはずなのだが、その片割れのセフィーは俺をじっと見つめていた。メランの姿は見えないが、奥にいるのだろう。


無視して適当に依頼を選んでいた俺の方に、カウンターの方からセフィーが黙って近付いてくる。


足音に振り向くと、セフィーは急に近くに座り込み……俺のローブを(めく)ってきた。


「……へ?」

「あれ?」


更に、ローブの内側の服のスカートも捲りながらセフィーは首を傾げる。


「おかしい……」


人間突拍子も無い事をやられると、驚き過ぎて思考が停止するようだ。


暫くして思考能力を取り戻した俺は声を絞り出す。


「な、何してんだ」

「ツクモちゃんって服持ってるのか気になっちゃって……」

「口で言えば良かっただろ……!」


心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、慌ててローブを押さえる。


「聞いても素直に答えてくれなそうだったから。でも、ちゃんと服は持ってたのね……ごめんね」


セフィーはそう言いながら重力に沿うように服の(すそ)を下げ、手を離した。


確かに服着てるかって聞かれて着てないとは答えなかったけども、手段が直接的すぎるのではないだろうか。


昨日までまともな服は着ていなかったし、1日遅ければ悲鳴を上げていたかもしれない。……いや、さっきも変な声が出る可能性はあったけど。


「着てなかったら襲われてたりしたのか……?」

「やーね、何もしないわよ………うちの制服着せるつもりだったけど」


目を逸らしてぼそりと呟いたセフィーの言葉に、俺は心底(しんそこ)服を着ていた事に感謝した。


もし、中が布のままだったらひん剥かれていた恐れすらある。基本的には真面目だから忘れかけていたが、やっぱりセフィーはヤバい奴だ。


本当は後で脱ごうかと思ったが、服は着ておくべきだな……脱がなくて本当に良かった。


俺は一刻も早くこの場から去るため、依頼の受付をする事にした。


相変わらずこの時間は他の冒険者はいないようだ。まあ、冒険者がいたらセフィーもスカートを捲ったりはしないか……しないよな?


「ごめんなさい、セフィーが失礼な事を……」

「いや、気にしてないから大丈夫」


メランはカウンターから一部始終を見ていたようだが、止めはしなかった辺り気にはなっていたのかもしれない。


俺ってまだ裸足(はだし)だから、ローブを羽織ってると何も着てないように見えるのかな……?


「依頼、確認しました。行ってらっしゃいませ」


少しセフィーの方を気にしながら、龍の雫を後にする。


まあ、今は新しい魔物について考えるべきだ。【ロークラビット】だったか。

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