31.脱衣
「コルチは依頼行ってたのか?お疲れ」
「え、はい……姉御、その格好は……」
「ああ、ゲーモに見て貰うだけだ」
「……お、親方に……?」
俺はコルチに軽く手で挨拶しながら労いの言葉をかける。
慣れた様子で奥まで入ってきたのを見ると、行きつけなんて言っていたのも頷ける話だ。
「見ての通り、先客はツクモだ。後で構ってやるから下っ端娘はツクモと待っとれ」
「……何してるんスか?」
「昨日の続きだ」
ゲーモは作業台から目を離さずに言い放つ。コルチは『下っ端娘』なんて呼ばれているようだが、反応を見る限りは仲が悪い訳では無さそうだ。
確か、気に入った奴にしか装備を作らないなんて話もあったし……職人肌という奴なのだろう。
そう考えると、この前最初に測った時は本当に杜撰に対応されていたのだと判る。
彼は昨日の採寸の続きだなんて言ったが、目盛りのある紙を取り出してからも殆ど身長やらを測られていただけだと記憶している。
ビスティラットに素材が変更になった事もある。ちゃんとサイズを測るのはこれからになるのだろう。
というか昨日、殆ど武器の話をしていた覚えしかない。
ゲーモと俺を横目で交互に見ながら、コルチは話を続ける。
「き、昨日帰りが遅かったのは……随分仲良くなったみたいっスね」
どうやら、ゲーモの俺への呼び名が変わっていた事にいち早く気付いたのだろう。
コルチの声から動揺を感じるあたり、本来はかなり気難しく仲良くなるのは難しいのかもしれない。
確かに、コルチみたいな女性にとっては無骨な鈍器のような物は興味を惹かれない筈だ。そういう意味では俺はイレギュラーなのか。
「ああ。昨日は色々見せて貰ってたから遅くなったんだ」
「おう、そうだツクモ。作業しながらでいいなら見てもいいぞ」
話しながらも作業は続けるゲーモ。
折角の申し出ではあるが、武器を出してもらうのも手間だし、かといって作業中の彼を素人の俺が見ていても邪魔になる。
作業が滞っても悪いので、コルチと話していよう。
「それは難しそうだしいいかな。また今度見せてくれ」
「いや、あたしが邪魔なら席外しますんで、どうぞお二人で……」
その会話を聞きながら、コルチは苦笑いしながら離れていく。気を遣わないでとか言ってくる割に、本人は結構人に気を遣う辺りにコルチの性格が見て取れる。
「お前のも見てやるって言っただろう、残っとれ」
そそくさと出ていこうとする彼女だったが、先程待つように言っていたゲーモは当然引き止めた。
その言葉に戸惑ったようにコルチは段々声が大きくなる。流石に様子が変な気がするが、何かあったのだろうか。
「あ、あたしまで……!?そ、そういうのはどうかと思うっス!」
「はあ?何を言っとるん……」
ゲーモがこちらを見て固まる。1秒、2秒……自分が高速思考を使った時の雰囲気に似ているが、首も回せる辺りスキルを使ってしまった訳でもなさそうだ。
そのまま無言の時間が5秒くらい続き、どうしたんだろうと見ていると彼が口を開いた。
「……待て、ツクモ。なんで脱いどるんだ」
「え?いや、ゲーモが脱げって言ったんだろ?」
「言っとらん!」
脱げって言ったと思うんだが。いや、確かに準備しろとは言ってたけど、脱げとは言ってなかったか。
でも昨日はローブを脱いでたし、準備といえば脱ぐ事じゃ……。
俺が食い違いに首を傾げている内に、コルチが部屋を出ようとする。
「親方、その、秘密にしとくっスから」
「……下っ端娘、違うぞ」
「あたしを巻き込まないようにやって下さいね」
「誤解だ!待て!」
「……?」
俺はそのやり取りをクエスチョンマークを浮かべながら眺めていた。
――――――――――
ローブを着せられ、椅子の上でこじんまりと座る少女。それを叱責する長い髪を頭の両側に纏めている少女と、未だに衰えないエネルギーわ感じさせる中年男性がこの部屋にいる全員だ。
―――そして、居心地が悪そうに縮こまって説教をされているのが俺だ。
「―――ツクモの姉御は一般常識を学ぶべきっス」
あれから暫くコルチを説得しようとするゲーモを見て、俺も流石に気付いた。
全ての誤解が分かった訳でもないのだが、取り敢えず分かったのは―――あの隠し方では不十分だったという事だ。
「てっきり1日で肉体関係を持つまでになったのかと思ったっスよ」
「ワシを何だと思っとるんだ……」
コルチの言葉にゲーモは溜め息をつく。そこまであの隠し方は酷かったのだろうか。
男なら隠さないだろうけど、俺だって流石に理解した上で胸を隠していたのだが。
記憶にあった女性の身体の隠し方を参考にしたが、この2人の反応を見ると記憶を信じるべきではないかもしれない。
「親方だって独り身を拗らせてる可能性は高いんスから、無闇に誘惑しないで下さい」
「本当にワシを何だと思っとるんだ」
兎に角、失礼な冗談をかましてくれるくらいには誤解が解けたようで良かった。
女っ気がないので予想はしていたが、やっぱりゲーモは独身だったようだ。言っては悪いが、意外ではない。
……そもそもこの世界で出会った男性陣、ほぼ独身っぽいし。ガドルとゲーモは勿論、シュトフは優男であるものの伴侶はいそうに見えない。
そんな事を考えていると、不意にコルチがこちらを睨んでいる事に気付く。
「……なんか他人事みたいな顔してますけど、ツクモの姉御が原因っスからね?」
「う、ごめん……」
流石にここまで怒られると反省せざるを得ない。ゲーモにも謝罪をすると、彼は額を掻きながら口を開く。
「大体ツクモ、お前この前は下に何か着てたろう。あれは何処にやった」
「あー……これに使った」
そう言ってお手製ブラックジャックを取り出す。まだずしりと重く、中には小石が詰まっている事が判る。
「ふむ、ビスティラットの頭が凹んどったのはそれか」
「え、わかるもんなのか?」
渡してすぐ空間魔法へしまっていたから見ていないのかと思っていた。仮にそこにあったとしても、言われなければ頭蓋に残った跡なんて判る気がしない。
「ま、職業柄な。なるほど、簡易的な鈍器か……」
流石は魔物が普通に闊歩する世界だ。見ただけで検死なんて出来る気がしないが、こういう事を自然に出来るようにするのも重要な気がする。
俺が異世界とのギャップを感じていると、コルチが首を傾げながら問いかけてくる。
「……もしかして姉御って、下着とか持ってないんスか?」
「ん、今はローブくらいしか着るものは無いな」
「お風呂入った時、脱ぐの早いなとは思ってたっスけど……そういう事だったんスか」
あの時は目を背けていたから気付かなかったが、向こうも俺を見ていなかったようだ。
入る時間もずれていたし、勿論俺もコルチの着替えを見ようとはしなかった。体は女性同士だろうが、心は紳士のつもりだ。
「取り敢えず、服はあたしの貸しますから……下着買いますよ」
「えっ」
「えってなんスか……!嫌がっても着せますからね」
流石に女物の服を着るのははきつい。裸より精神的にきつい。
どうにか言い訳すれば下着の着用は避けられるかもしれないが……そもそも、コルチの服を着る事だって俺としては避けたい。
どうする……言い訳くらいどうにか思いつかないか……!?
―――こ、【高速思考】!