30.外装
「んぅ……やべ、思ってたより寝てた」
いつの間にか……いや、完全に睡魔に負けて眠ってしまった事に気付く。
転がって無骨な造りの窓を見ると、紅く染まった空が見えたため帰ってからそこそこの時間が経過した事が判る。日を跨がなくて良かった。
元々物も少ない部屋は、自分が帰ってきた時と同じ様相を示している。誰かが入ってくれば俺も気付くはずなので、コルチはまだ戻っていないという事だろう。
朝早くギルドに向かった際、人は殆どいなかった。早朝と言っても過言では無かったので、そのせいかもしれないが……コルチも依頼へ向かった可能性はある。
コルチは口調こそ癖はあるが、性格は良い。時々失礼な事を言っては来るものの、冗談を言うにも人を選んでそうしているように感じる。
人当たりのいい彼女の事だ、パーティを組もうとする人間も多いだろう。ましてや冒険者としても先輩だ。
(やっぱり暫くは1人かな……)
今回、1人で依頼に赴く事の危険性は身に染みて分かった。
とはいえ、コルチの手を煩わせるのも申し訳ない。向こうが快く受け入れてくれても、こちらの心にしこりが残る。
だが、かといって龍の雫で声をかけるのも難しい。
冒険者を見た感じパーティメンバーは殆ど決まっているようだったし、そんな集団に声をかけても入れて貰えるとは思えない。
……第一、11の少女を仲間に入れようとする奴が率いているパーティなんてすぐ壊滅する。
仮に実力のあるパーティだったとしても、俺は寄生にしかならないだろう。
結局、1番の問題は……自分で言いたくはないが、弱いことだ。
140かそこらの身長にしては力は出るこの身体だが、それだけ。
負傷や死亡が前提のスキルをアピールポイントとするのは、自分でもどうかと思う。
(転生するなら、もうちょっと何かあっても良かっただろ)
記憶も曖昧で、ロクな装備もなく森へと放り出されて……生き延びていられるのは殆ど運が良かったからだ。
俺は生前、どういう人間だったのか。生まれ変わって尚、ぞんざいに扱われるだけの理由があったのだろうか。
もしそうだとしても、それを悔いるだけの記憶がない俺には不条理な話だ。
「……早くゲーモの所に行かないとな」
ベッドに転がったまま窓から空を見て物思いに耽っていたが、頑張って身体を起こす。
このままベッドにいてはまた寝てしまうし、多少下がった気分を晴らすにも外出は有効な手段だろう。
確かゲーモは昨日、徹夜しているとか言っていたはず。夜に押しかけては迷惑になるし、今の内に素材だけでも見せておこう。
「……っ!よし」
俺は深く伸びをして立ち上がる。
自分の過去を悔いるより、自分の未来を案じた方が良い。まずは、一歩一歩進んでいくだけだ。
――――――――――
「おお、ビスティラットを狩ってきたのか」
「意図的じゃないけどな……ノーガラットは手に入ってない」
「ふむ……状態もよい。こいつ1匹で十分だ」
ゲーモの鍛冶屋に入って挨拶し、奥へ来るように言われた俺は早速ビスティラットを出してゲーモに見せてみた。
ダンジョンの帰りに探してはいたのだが、ノーガラットの死体は見付からなかった。
帰り道では幸か不幸か襲われもしなかったので、出したのはこの1匹のみだ。
死骸が消滅した事について聞いてみると、魔物は放置していると自然に消滅するらしい。ダンジョンの場合更に消滅までの時間が早くなり、狩ったらすぐ剥ぎ取るなりしなければいけないようだ。
「流石にあの状況だとなあ……」
「ま、追加はいらんぞ。捨てるのが面倒だからの」
俺はその言葉を聞きながら部屋の中を見る。変わらず、鍛冶屋らしい鉄臭さを感じる空間だ。
人通りはこの前通った時よりも多く、表通りは少し歩き辛いくらいだった。この前は時間帯が少しずれているだけだったのかもしれない。
そういった用途の品物を扱う店が多いのか、防具や盾を付けたまま歩く男性や杖を担いで歩く女性が多数を占めていた。
だが、それらの中にはここを目指している人はいなかったようだ。まるで当然かのようにここには俺とゲーモの2人しかいない。
「……ここ、やってけてるのか……?」
「やっとけとるわい。人の心配出来る程稼いどるのか」
「う、それを言われると……」
どうやら口に出ていたようだ。ゲーモに痛いところを突かれ、聞かなければいけない事を思い出す。
「あ、そういや装備の料金っていくらだ?」
「……その話をした直後に言うのは、ワシに勉強しろと言うとるんか?」
「いや、今度臨時収入があるみたいだから気にしないでくれ」
「ほう」
俺はギルドのダンジョン管理ミスの話をする。どの程度貰えるのか知らないが、もしかしたらゲーモが詳しい事を知っているかもしれない。
「ふーむ。よくある事だからリスタ銀貨5枚程度かと思うがの」
「銀貨5枚……」
普通のノーガラット退治では銅貨が10枚だった。この前はコルチと折半だったので、現時点での所持金は銅貨5枚だ。
銀貨、という言葉からして銅貨で足りないのは明らかだが……普通に考えれば銅貨何枚かで銀貨、って事だろうか。
「えーと、ごめん。俺、銀貨とか詳しくなくて」
「……お主、それでよく料金とか聞けたのう……」
「いやえーと……俺、記憶喪失だから……」
都合の良い言い訳のように使っているが、無理がある。とはいえ、この言い訳の万能な所は事情がある雰囲気を醸し出せる所だ。
現に、今も俺に不審な目を向けてはいるが深くは聞いてこない。信用が落ちそうだが、正直に言うより幾分かマシだ。
(もっと上手い言い訳、考えておけば良かったな……)
触れる機会がなかった、とかいいんじゃないだろうか。年齢的には有り得ない話でも……いや、11でも通貨くらいは知ってるか。
色々考えている俺を見てなのか彼はため息をつきながらも、貨幣制度について教えてくれた。
「ま、いいがな。メラル銅貨100枚で、銀貨1枚。銅貨くらい知っとるだろ?」
「まあ、流石に」
「で、銀貨の上に金貨だ。それぞれ同じように100枚当たり1枚だ。ま、それ以上は覚えんでもいいだろ」
「確かにな……」
口振りからしてそれ以上もあるのだろうが、銅貨をひいひい言って稼いでる自分には縁がない話だろう。
「で、結局いくらくらいするんだ?防具って」
「……今度見積もりしておいてやるわい」
どうやら、特に決まって無かったようだ。
まあ、今言われてもどうせ払えないので丁度良い。どちらにしても、銀貨5枚以上の値段を提示された時のためにもある程度は稼いでおくべきかもしれないが。
「それよりツクモ、前測り損ねた場所がある。採寸するから準備しておけ」
「ん、わかった」
ゲーモが作業台へ向かい何かを書いている。それを見ながら、ローブから片腕を抜いた時に気付く。
(下、何も着てねえな)
俺がこの世界で気がついてからずっと着ていたボロ布は、ダンジョンで武器にしてしまったので最早着られる状態ではない。
いくら11の子供とはいえ、流石に隠す所は隠さないと駄目だろう。
とはいえ、サイズを測るならローブは邪魔だよな。
下半身にだけ脱いだローブを巻いて、上は手で隠しておけば大丈夫か。こういう時はこの身体の発育の悪さが助かるな。
すると、入口の方から足音と共に元気な声が響いてきた。
「お邪魔するっスよー!ツクモのあね……ご?」