29.記録
「ごめんなさい、報酬渡せるようになるのは何日か後になりそうです」
書類を手に少し申し訳なさそうに戻ってきたメランは、開口一番にそんな事を言ってきた。
先程の話を考えれば、ギルドとしても何か直ぐに対応出来ない事情があるのだろう。
「いつくらいになりそうなんだ?」
「そうですね……10日くらい後になるかと」
もちろん即金の方がありがたいのは確かだが、報酬が受け取れるなら問題はない。
――ただ、作ってもらおうとしていた防具の代金だけは気掛かりだ。防具の仕立てがどのくらいかかるのか知らないが。
「……後払いにでもして貰うか」
ぼそりと呟きながらこれからの算段を立てていると、メランは更に申し訳なさそうに続ける。
「その関係で、ツクモさんにお願いごとがありまして……その、【映像記憶】の提出許可を頂けないかと」
「へ?」
聞き慣れない単語が耳をよぎり、つい間の抜けた声が出てしまう。
もう一度聞こうとすると、隣で聞いているセフィーが怪訝な顔をしていた。
「【映像記憶】待ちってあいつ……」
取り敢えずムーブログという単語は聞き取れたが、それが何なのか名前を聞いて判るほど察しが良くはない。
「えっと、ムーブログ……って何?」
「あ、知らないですよね。ご説明します」
セフィーの反応を見て少し不安になりつつも、一応聞いてみるとメランがカウンターの下から数枚の紙を取り出す。
見出しだけ少し大きく書かれたそれは説明書のようなもので、軽く流し見するとそこには使い方や詳細が書かれていた。
――映像の記憶、と書いて映像記憶。どことなく聞いた覚えのある単語の組み合わせだが、対応する意味は少し違うようだ。
実物はこちらです、と言って持ってきてくれたものは四角柱の先だけが角錐のように尖った水晶のようなもの。よく見ると、半透明なそれは景色を透過していた。
――――――――――
【パーミル結晶】
意志が結晶となった物質。純粋な魔力が多い場所に生成され、魔力を込めると赤く変色する。
――――――――――
試しに最近出番の無かった【鑑定】を使ってやると、珍しく情報が出る。……本当に珍しい。
今後も思い出したら使ってあげよう――と思いつつも、この説明文だけでは情報不足のため、更にメランの話を聞くと色々な事が判明した。
ギルド登録の時に使った『記憶から出身を割り出す装置』がこれだそうで、こちらは記録時間が短い安価版なのだそうだ。
……単語が判らなくても1つずつ聞いていたらキリがなかったため、なんとなく理解した気になっている。
後は、ギルドで発行している登録証にも似た機構が組み込まれているらしく、それで魔物の狩った数などを把握出来ている、なんて話もしてくれた。
数を減らす、なんて確認しようのない依頼の事実確認をどうしているのかは気になっていたが、こういうものがあるなら誤魔化す事も出来ないのだろう。
使い方の書かれた紙には、頭に当てて念じるだけとある。起床して意識が覚醒してからの全記憶が読み込まれるそうだ。編集等も出来るらしいが、主観視点のビデオカメラみたいな物なのだろうか。
「――それで、今回のツクモさんの依頼内容を映像記憶にして提出して欲しいそうなんです」
「別にそれくらいなら構わないけど……」
今回はギルドで管理しているダンジョンと聞いている。つまり、今回のような問題では信憑性の高い情報が必要だからこその提案なのだろう。断る理由はない。
「その映像記憶の編集ってどうやるんだ?」
唯一気掛かりであったのは、記憶全てとなるとステータス等も見えてしまうこと。一応編集も出来るとは書かれているが、明らかに数枚に渡るこれを読む集中力は今の俺には無い。
「そこはこっちでやっておくわ。自分でやるなら教えるけど」
「……いや、お任せしたいな」
代行出来るなら有難くやってもらおう。
するとそれを聞いたセフィーは頷き、四角柱の結晶を手渡してきた。早速、それを頭に当ててみると色が淡い赤へと変化した。
「……終わったのか?」
念じると1秒もせずに色が赤く変わる。説明の通りなら、これで記憶が保存されているらしい。
さっきはビデオカメラと言ったが、それよりも数段とんでもない気がしてきた。
こんな手軽に記憶を読み取れるなら、情報をどれだけ隠蔽したとしても無意味。映像までおまけで付いてくる徹底ぶりだ。
……冒険者みたいなタイプの人間が多くても治安が良い理由もなんとなく判った気がする。
俺の登録の時のように『何も出ない』なんて事もあるので、これもそこまで万能ではないのかもしれないが……それでもこれの存在が犯罪の防止策に一役買っているのは確かだろう。
安価版なんてものまで開発する辺り、この世界でもその重要性は認知されているようだ。
「何か編集して欲しいってこととかある?」
異世界の文化に感心していると、セフィーが横から話しかけてくる。
思い返す限り、見せて問題ないはずだ。何が見られたら問題なのかもそんなに判ってはいないが。
というかラットとの戦いで、身体はどうあれ気分的にはかなり疲れているので、早く帰りたい。
「あー、えっと……俺のステータスは見えないように出来るか?他は……お任せするよ」
編集の時に見える可能性はあるが、ステータスに関しては隠してもらおう。
ふとした思いつきではあるが、【複魂】はともかく【道連れ】はなんとなく印象が悪そうだ。
本部……恐らくはお偉いさんと、ぽっと出の俺が今後関われるとも思えないが、気にしておくに越した事はないだろう。
それに、今更訂正するのも面倒だし。
「もう帰っていいか?」
「はい、ありがとうございました。気を付けてお帰り下さいね」
カウンターから出ると、ちらほら人も増えて来ていた。そろそろ他の冒険者が戻る時間帯らしい。
長居しても迷惑だと思うので、挨拶を済ませてギルドを去る。今回報酬が無かったので、硬貨を部屋に置いてきた俺は無一文だ。何をするにせよ部屋に帰るしかない。
開きっぱなしの扉を通り、もう慣れた町外れへの道のりを歩く。装備が出来れば、足に伝わるこの石畳の感触ともおさらばだ……そう考えると色々込み上げてくる感情や思い出もある。
街中で素足は怖いので、人混みを避けて歩いた事。地面に何か落ちているか警戒していて人にぶつかりかけた事。一々気にしていなかったが、ダンジョンの地面とかで小石を踏んで痛かった事。
「……。……うん」
素足に良い点なんてなかった。異世界だろうがなんだろうが、靴は文明人に重要だ。
そんな事を考えているうちに、訓練場へと辿り着く。回り込んで部屋へと向かうが、薄々予想していた通り誰もいなかった。
「コルチ、か。どうしてるかな……」
1人で十分だと思って声はかけなかったが、着いてきて貰った方がよかったかもしれない。
2人いても危ない可能性はあるが、最悪自分があの時のように腕を犠牲にして【道連れ】という選択肢がとれる。
「……いや、腕だけで済まないよな普通」
あの時は試験という名目だったから良かったものの、普通に敵対していれば追いうちで身体をザクッとやられていた。
仮に魔物をそういう手で仕留められても、彼女に瀕死の俺を運んで貰う事になるだろう。そうなると魔物に襲われた時の負担的に、無闇に使う訳にもいかない気がする。
――チートスキルだと思っていたが、やはり使い辛くないだろうか。瀕死まで行かずとも同じ怪我をしたところで、魔物より俺の方がなにかと不利な気がしてならない。
「考えても仕方ない、か。……やっぱ使いたくないし」
部屋の隅に置いておいた硬貨の袋を空間魔法にしまい、背中からベッドへと倒れ込む。
花の香りがふわりと鼻腔に届く。身体をベッドに預けたまますんすんと嗅いでいると気分が落ち着いてくる。
「……あ……先、ゲーモのとこ……」
疲れた身体も相俟って、視界がゆっくりと狭まり思考もまとまらない。
ベッドから離れようとするが、むしろベッドへと身体が潜り込んでゆく。
目的を必死に思い浮かべてなんとか意識を保とうとするが、もはや体は意志とは反して動くことを強く拒んでいた。
「……少し、だけ……」
結局重力に逆らって瞼を持ち上げる事が出来なかった俺は、恐らく実現しないであろう希望と共にベッドに身を委ねた。