3.対峙
突然脳内に響いた声のせいで、変な声が出てしまった俺は、その場で停止する。
(……そりゃびびるだろ!周り誰もいないのにいきなり変な声聞こえたら……!くそっ)
とにかく、今はもっと確認すべき事があると思考をそちらに向ける。ゴブリンはさっき、周りを警戒していた。そんな状況でこんな声を出せばどうなるかは想像するまでもない。
それでも未練がましく予想が外れてくれと思いながら振り返ると、そこには木の塊を手に笑みを浮かべるゴブリンがいた。
「……畜生っ!」
その姿をこちらが視認した瞬間、ゴブリンは俺に飛びかかりながら棍棒を持った右腕を振る。
半ば反射的に思い切り右へステップ。足場の悪さによろけながらも避けると、空中にいるため方向転換の効かないゴブリンの放った一撃は、勢いのまま先程まで俺が立っていた地面を抉る。
続け様に横薙ぎで振るわれた棍棒を後ろへ引いて避け、そのまま緑の小鬼と睨み合う。
説明されなくたって判る。地面を抉るような攻撃をこんな柔い体に喰らえば、動けなくなるに違いない。痛みを我慢できるか、それを確かめるには当たるしかないだろう。
「怪我じゃ済まないよな……っ!」
ゴブリンが跳ぶようにして、棍棒で殴り掛かってくる。振りかざされた棍棒をギリギリで躱しながら、左手に握りこぶしを作る。
――ゴッ。
そしてそれを、全力でゴブリンの顔面にぶつけた。構えも何もあったものじゃない、やけくそとはこういう事を言うのだろう。
「ギ……」
それでも顔面への衝撃で精神的な勢いを失ったのか、ゴブリンは力なく顔を抑える。そして、隙があるならそれを付かない理由は無い。辛うじて2足で立ったままの魔物に対して、未だ痺れの取れない手で拳を作り、その頭へ振り下ろした。
「ギシャ……!」
「――らっ!」
言葉とは思えない声を上げ蹲るそいつに、更に追撃を仕掛ける。
這いつくばるように伏せる背中に、膝から落ちるようにして全体重をかけ踏み潰す。体勢を整え、足で緑色の頭や背中を踏みつける。
動かなくなったゴブリンを後目に、近くにあった手の平大の石ころを見つけ、拾ってゴブリンの後頭部に勢い良く振り下ろす。
ゴブリンの両腕は両足で地面に挟み、自由を奪いながらマウントを取り、頭と石で鈍い音を鳴らし続ける。
「死っ……ねっ……!早くッ……!」
自分の出来る精一杯、そして恐怖を込めつつぶつけていると、やがてゴブリンがぴくりとも動かなくなり、脳内にメッセージが響いた。
―――Lvが2になりました。
―――スキル【鈍器使い】を取得しました。
頭の中に流れた情報が俺を冷静にさせる。手に残る、殴る時の嫌な感触を意識から取り除く為に、布を少しまくるようにして腰の前に自分の尻尾を持って握る。
「ふ、ふふ。やった、やってやったぞ……!」
綺麗な戦いなどでは無かったが、勝利には違いない。俺は、疲れと興奮が混じった震える声を絞り出した。
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震えながら手や所々に血が付着している布を纏う少女が、やった、だのと呟いていたらどう思うだろう……そんな事を思うと、気分が少し落ち着いてきた。興奮が冷めた、とも言う。
「ふう……」
現在はゴブリンがいるくらいなのでもしかしたら、とは思って適当に水場を探索していたところ、本当に綺麗な川を見つけたため血を流している。
ついでに、俺は休憩も兼ねて先程の戦いとその他で成長したであろうステータスを眺めていた。
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名称:ツクモ
性別:♀
Lv:2
種族:亜人(猫)
状態:正常
スキル:
【魅力.lv1】【鑑定.lv1】【ステータス閲覧.lv1】【隠密.lv1】【鈍器使い.lv1】
特殊スキル:
【複魂.lv1 1/1】【道連れ.lv1】
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新しく覚えたのは【隠密】と【鈍器使い】。隠密の習得タイミングから考えたが、スキルは行動とレベルアップで入手出来ると見ていいはずだ。
「隠密を入手したせいで隠密じゃなくなった、なんてとんだ皮肉だな……」
……ビビって声を出した自分にも問題はあるが、タイミングの悪いスキル習得にも問題はある。
そして【鈍器使い】。あの時使った物を考えれば、石が鈍器として扱われていたようだ。一応さっきのゴブリンの棍棒らしき物も持ってきたが……使い辛そうだし、後で捨てよう。
そしてさっき確認しなかった【魅力】【鑑定】の2つ。魅力はともかく、鑑定は今でも使えそうなので試しに棍棒に使ってみると――。
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【武器】
武器。
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「……ん?」
あまりの雑な説明に嫌な予感がしつつも、他の物にも使ってみようと、その辺りの草を積んだり、恐らく木になっていたであろう丸っこい実を拾う。
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【草】
植物。
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【草】
植物。
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【果実】
実。
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―――スキル【鑑定】がlv2に成長しました。
「……」
若干諦めかけていた所にシステムメッセージが飛んでくる。やはり、スキルを使うとレベルは上がるようだ。
当のスキルについては期待はしてないが、改めてさっき鑑定したものにスキルを使う。
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【武器】
棍棒。
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【草】
地面に生える植物。
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【草】
地面に生える植物。
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【果実】
木になる実。
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「……さっきよりは、さっきよりはマシかな。スキルが成長する可能性も考えれば無駄では――」
――きゅるうううぅ。
使えないスキルで気が抜けたのか、腹の虫が一帯に鳴り響く。そういえば何も食ってない事を思い出し、鑑定結果をちらりと見つつ、丸っこい果実を川で洗う。
野球ボールくらいの大きさがあり、ぎっしりと詰まっている事が判る重さ。鮮やかな赤色をしていて、りんごのようにも見える。
「とはいえ木の実……。ぐ……食べよう、うん」
野生の木の実という事で未だに食べるか迷っていた俺だったが、見ているとまた腹の虫が鳴いたため、惹かれるようにかぶりついた。