27.回転
ラットの尻尾を掴んで、自分自身も回転しながら振り回す。
前世ではこんなプロレス技があった気もするが、相手はラット。尻尾を掴み振り回すこの感覚はハンマー投げに近い気がする。
流れる景色の中、ラット共が攻めあぐねている事が判る。これなら暫くは攻撃を凌げるかもしれない。
だが、俺の狙いは攻撃されない事ではない。
「ぐ………らァッ!」
「ヂュァ!?」
スライドする視界の中でも一際目立つ巨体に、灰色のハンマーを投げ付ける。
回転する俺に呆気に取られていたビスティラットは、それをまともに腹へと受けた。
(もう一度だ……)
ここで怯んではいけない。比較的近くのノーガラットへと蹴りを入れつつ、同じように尻尾を掴み振り回す。
即席の飛び道具。勢いのある肉塊の威力……それは、こいつら自身が【体当たり】で証明している。
漸く理解の追いついた一部のノーガラットが、仲間を離せと言わんばかりに体当たりをしてくる光景が見える。
(1匹正面、遅れて1匹対角線よりちょい右!)
捨て身の突進だろうが、予想通りだ。
俺は【高速思考】で確認し、ラットの突進とラットハンマーのタイミングを合わせる。
突進してくる2匹の片方に確実にぶつけ、勢いを失ったラットの尻尾を離す。
そして、もう1匹を【高速思考】で確認しながらひっ掴む。
「チュゥゥ!?」
「こうなるのは理解出来なかった……かっ!?」
流石に尻尾を狙って掴めなかったが、耳を持ちつつ振り回す。遠心力は低くなるだろうが、毛を掴むよりはまだ取り回し易い。手からすっぽ抜ける前に2発目のハンマー投げをビスティラットにぶちかます。
そのステータスを見ると、HPが『95/176』まで減っている。
後3発……いけるかもしれない。
俺はさっき地面へ落としたラットをまた掴み、ビスティラットへと投げ付ける。流石に学習したのか、こちらの動きをよく見て避けたようだった。
(まあ、残弾はまだある……)
地面に伸びているもう1匹の尻尾を掴みながらステータスを確認する。HPは『0/70』で、1発で伸びていたようだ。
振り回して加速したラット。それを、ビスティラットが物陰に隠れてしまう前に投げる。
先程よりもスピードが乗っていたからか、想定よりも速い肉の弾丸を避けきれず鈍い音を奏でる。そのHPは『51/176』……着実に追い詰めているようだ。
希望が見えてきた俺は、少し息切れを起こしながら周囲の灰色の獣を挑発するように言い放つ。
「はぁ……ふーっ……。飛び道具になりやがれ……ネズミ共……!」
さっきまでの勢いは何処へやら、簡単には突進をして来なくなったラット達。あの小さい脳みそでも、流石に群れが半壊すれば危機感を覚えたのだろう。
俺はまた同じ戦法を使うために、ノーガラットの体当たりを息を整えながら考える。
(ワンパターンだが、これが1番良い)
ノーガラットに対して30ダメージを与えたパンチでも、ビスティラットにはそこまでのダメージは通らないはず。
現に、ラット同士でぶつかったダメージはノーガラットは一撃で70が消し飛んだ事に対し、ビスティラットは30程度だった。
目が回るのは欠点ではあるものの、今現在まともなダメージソースとなるのはこの『ラット投げ』だけ。
他にもダメージになる攻撃はない訳ではないが、この方法ならノーガラットの数も減らしつつ、ビスティラットにもダメージを与えられる。
更にあいつは手下を使う事に拘っているのか、自分で攻撃して来ない傾向がある。
巨体は振り回せない以上、ビスティラットが消極的なのは俺にとって有利。その事に気付かれる前に勝負を決める……!
「ヂュッ!」
ビスティラットの号令で一斉に飛びかかって来るノーガラット。俺はそれを【高速思考】で止めて―――
―――止まらない。
「ぁぶっ!」
かすりながらもすんでの所で体当たりを避け、俺はその場から全力で駆け出す。さっき数を減らした時に出来た、包囲網の穴へと走る。
(くそ!そうか!……MP!)
自分のステータスには『MP:0/95』と表示されている。少し余裕が出来たからといって、【高速思考】を使い過ぎた。
焦って逃げてしまっただけだが、この状況では次善の策と言えるだろう。流石に【高速思考】無しで6匹の体当たりの警戒は不可能だ。対抗手段がほぼない以上、逃げるしかない。
(くそ、くそ……!)
このまま出口まで逃げられればいいが、ラット達が突進するようにこちらへ駆けているのが見える。
ネコが大量のネズミから逃げている。アニメや漫画ならあってもおかしくない構図だが、当事者からしてみれば恐怖でしかない。
ビスティラットが体当たりを仕掛けている以上、ハンマー戦法を今更使う事は出来ない。そして、更に悪い事実に気付く。
(こっち、多分出口じゃねえ!)
焦ってその場から駆け出した俺は、出口の方向など気にしていた訳もない。選べる余裕も無かったが、最悪だ。
岩を飛び、別れ道を曲がる。巨体では小回りは効かないと信じて少しでも直線的な動きを避けるが、それでも距離が縮まっている事を感じる。
パルクールみたいだ、なんて呑気な感想がふと思いついてしまうくらいにはパニックになっている。
(……一か八か……!)
だが、そのパニックが閃きを産んだ。当然、粗は目立つ作戦だが……巨体に追いつかれるのは時間の問題だ。
俺は意を決して首だけ回して後方を確認する。そこそこ離れていたが、どんどんその距離を詰めてきている。
ノーガラットはいつの間にか消えていたが、当然ビスティラットはその足を止める事はない。そのまま俺を轢き殺すつもりなのは明白だった。
「……シャァッ!」
そして、その距離が5m程になった時点で俺は『壁に向かって』駆け出す。
そして壁を駆け上がり……壁を蹴って……更に跳ぶ。
「あァッ!!」
後ろ宙返り。宙を舞い、自分の元いた場所を抉る巨体を視界に捉える。
「ヂッ!?」
勢い余って壁にぶつかったビスティラット。それを視界から外さないようにしつつ、バク宙の勢いを殺すため後退。思ったより高く跳んだせいか足にくる。
「……まだ、だ……!」
上手くいったと喜んでいる暇はない。怯むビスティラットに対して助走をつけて―――
「……んにゃぁぁぁ!!」
「ヂュァ!」
―――体当たり。
今まで嫌と言う程見てきた突進をお返しとばかりにお見舞いしてやる。
振り返ろうとしたビスティラットの胸板へとタックルが決まる。視線はもうこちらへと向いていない。
岩にぶつかり、体当たりで削られたせいか既にふらふらのラット。
「……勝っ……た……?」
混濁する思考の中、ビスティラットを目の前にして勝利を確信した俺はそのステータスを確認する。
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Lv:13
種族:ビスティラット
状態:混乱
HP:4/176 MP:17/52
戦闘スキル:
【体当たり.lv2】【引っ掻き.lv2】【招集.lv1】
スキル:
【統率.lv1】
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「……ぁ」
HPが残っていると気付いた時には、ビスティラットはその右手を大きく振り下ろしていた。
狙いは付けられなかったのだろう。だが、反応の遅れた俺はそれをもろに食らう。
「―――っ!」
俺は反射的に【道連れ】をビスティラットに使った。瞬間、その左目を裂くように傷が付き……巨体が倒れる。
―――レベルが上昇しました。
―――戦闘スキル【雄叫び.lv1】を取得しました。
―――スキル【投擲.lv1】を取得しました。
―――戦闘スキル【高速思考.lv3】になりました。
―――スキル【観察.lv2】になりました。
―――スキル【体術.lv3】になりました。
レベルアップ以外にも大量のメッセージが届くが、自分の顔から何かが流れている感覚と、赤く染まる視界と共に襲い来る異物感に思わず左目を閉じた。
……目の前のラットを見れば自分がどうなっているかは判る。額から頬にかけて、目を通るようにして切り裂かれた。
「くそ……」
最後の最後でしくじった。ノーガラットがいなかったから気が緩んでしまったのか。あるいは、早く終わってくれという気持ちが先走ったのか。
いずれにせよ、最後の最後でミスをしてしまった。……だが、全体で見ればこの程度で済んだと喜ぶべきだろう。
今度こそ安堵のため息を零し、俺は自分のステータスを開く。
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名称:ツクモ
性別:♀
Lv:7
種族:亜人(猫)
状態:出血(小)
HP:71/102 MP:30/125
戦闘スキル:
【高速思考.lv2】【雄叫び.lv1】
スキル:
【魅力.lv1】【観察.lv2】【鑑定.lv4】【ステータス閲覧.lv2】【隠密.lv3】【体術.lv3】【鈍器使い.lv1】【投擲.lv1】【自然回復.lv1】【根性.lv1】
特殊スキル:
【複魂.lv1 1/1】【道連れ.lv2】
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レベルが2も上がっているのは、レベル差のある相手だったからだろうか。
……攻撃を掠めただけで30近いHPを持っていく奴だ。まともに戦っていれば死んでいた。
胸を張って苦労して仕留めたと言えるビスティラットも気になるが、先に新スキルの詳細を開く。
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【雄叫び.lv1】
魔力を込めた雄叫びで、自身を含めた味方を鼓舞する。
消費MP:20
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【投擲.lv1】
狙いを付けて物を投げられる。
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【高速思考.lv3】
五感を研ぎ澄ませ、体感時間を引き伸ばす。使用中はMPが減少する。
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【観察.lv2】
視覚から情報を得易くなる。
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【体術.lv3】
身体の動かし方を理解している。
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例によって、スキルのレベルでは内容が変わってはいない。新スキルにも色々思うところはあるが、ステータス確認ばかりしている場合ではないだろう。
「……でも、少し、休みたい……」
俺は息を吐きながら、その場にへたりこんだ。