25.大鼠
巨体は少し前傾ながら2足で立ち、こちらを黒い瞳で捉えている。
俺と同じ大きさ……というか、同じ体長のラットは目線の高さは同じだが、ネズミらしいずんぐりとした身体は俺よりも数段逞しい。羨ましさは微塵も感じないが。
――逃げる事は出来ない。
逃げ足に関しては間違いなく俺よりも速いノーガラット共が、追う事は不得手だと考えるのは楽観視が過ぎる。加えてこの巨体だ。このラットに背を向けてどうなるかを試す必要はない。
さっき投げたノーガラットはまだ体制を整えられていない。少しでもマシな今のうちに数を減らさなければ……。
「チュ――!」
「っ、とぉ……!」
睨み合いながら考えを巡らせていると、突如飛んでくる灰色の砲弾。
反射的に後ろに軽くステップを踏んでそれを避ける。
それがノーガラットの体当たりだという事を理解したのは、もう1発飛んでくる事を視認してからだった。
「高速思考を……!」
俺は右斜め前方から飛んでくるノーガラットを無視して、スキルと共に奥にいる巨体にステータス閲覧を使う。
――――――――――
Lv:13
種族:ビスティラット
状態:正常
HP:176/176 MP:52/52
戦闘スキル:
【体当たり.lv2】【引っ掻き.lv2】【招集.lv1】
スキル:
【統率.lv1】
――――――――――
明らかに別格だとは思ったが……レベルが13もあり、HPに至っては文字通り俺と桁が違う。
とはいえじっくり見ても状況は好転しない。情報も圧倒的に足りない今、ただ思考するためにMPを使うのは避けたい。
他のラット達のステータスを見ると、ビスティラット以外は最初に投げたものと同種のノーガラットのようだった。
(多分、こいつらはビスティラットに率いられているだけだ。いっそこいつさえ倒せれば……いや、それが出来れば苦労しないんだけどな!)
俺はスキルを解除し、飛んでくるノーガラットを避けながらその脇腹に拳をぶち込む。
すると、当たったラットは体制を崩して体当たりの勢いのまま転がり――急いで思考を高速化してステータスを確認すると、HPは『40/70』と表示されていた。
そこそこ良いのを入れたとはいえ、パンチ1発でも30は削れるなら避けながら数を減らす事は出来る。……まあ、こちらの最大HPは奴らの体当たりを受ければ余裕で尽きるのだが。
「でも……やるしかない」
投げ飛ばしたノーガラットは、巻き込まれた奴を含めて既に体制を整えている。
死角を減らすため近くの岩に体を寄せようとするが、すぐに俺に向かって灰色が地面を這うように射出された。
(左斜め後ろ、前、右斜め前方、2匹は構え……!)
前を見て高速思考、後ろを見て高速思考。
前方後方をそれぞれスキルで確認し、軌道を考えながら避ける。連続発動をするのも控えたいが、出し惜しみ出来る状況でもない。
「だが、連携慣れはしてないか……!」
俺は高くジャンプし、ぶつかる直前で止まった3匹のうち2匹を踏み付け、残った1匹に手をかける。
不安定な足場にえぐるように力を入れつつ転がり、引きずるようにそのピンクの尻尾を手繰り寄せる。
「チュゥッ……!」
掴まれているノーガラットはまだ息があるようで離せと言わんばかりに暴れるが、振り回して近くの岩へと叩きつけて大人しくさせる。
――――――――――
Lv:5
種族:ノーガラット
状態:気絶
HP:0/70 MP:10/20
戦闘スキル:
【体当たり.lv1】
スキル:
【隠密.lv1】
――――――――――
「よしっ……」
ステータスを流し見てラットの戦闘不能を確認した俺に、突撃せず構えていた2匹も此方へ狙いをつけて跳んでくる。
「読んでんだよっ!」
「チュゥ!?」
俺はそれを防ぐように、持っていたラット突撃してくる1匹へとぶち当てた。空中で勢いを失うラットを後目にもう一方を向いて高速思考を使う。
(……そこ!)
今にもぶつかろうとしているラットを避け、そのピンク色の尻尾を掴んだ。
「チュァッ!?」
引っ張られてぴんと張る尻尾。長いミミズのようなそれを両手で引き寄せ、その勢いのまま岩へとぶつける。
―――レベルが上昇しました。
「いっ、ぱつっ!」
久々に脳内に響いたメッセージでHPを削りきったのを察し、突撃してくるビスティラットを視認する。
流石に他のラットのような対処は出来ないため、レベルアップの糧となったラットを捨て、全速力で横へ走る。
鈍い音が響く。どうやら、止まりきれず岩へとぶつかったようだ。殺意のある攻撃を放ってくる割には何処か抜けている。
少し愛嬌を感じたかもしれない……ノーガラットがトマトのように潰されていなければ、だが。
HPは『152/176』になっていて衝撃はそこそこあったようだが、これで倒れてくれる事は無さそうだ。何より、自爆を何度も期待は出来ない。
とはいえ、ビスティラットの隙をカバーするかのように突撃をしようと構えるノーガラットこそいるものの、その数は3匹に減っている。しかも、HPは平均30を切っていて瀕死。
――これで俺があいつのステータスを記憶していなければ、まだ希望が見えていたところだ。
「ヂュゥゥゥッ!!」
「っ……これ、か」
――血濡れのビスティラットが鳴き声をあげ、何処からかノーガラットが集まってくる。
今までいたノーガラットも含め、その数およそ10匹。ステータスを見た時から予想はしていたが、実現して欲しくはなかった。
……それでも、覚悟していなければ絶望で膝からくずおれていたかもしれない。
「【招集】……やっぱりそういうスキルだよな……」