24.違和
洞窟のような空間をひた進む。前と違い、このダンジョンは少し岩が多く見通しは悪いものの、例に漏れず明るかった。
見通しがいい事はメリットではあるが、それは魔物の側にも言える事で、お互い察知されやすくなる。
臆病な魔物に対して見通しが悪いこの環境は、狩る側としては有利となりうる。勿論、こちらが索敵能力で勝っている事が前提だが。
アドバンテージを崩さないためにも【隠密】を意識して移動した方が良いだろう。
―――スキル【隠密.lv3】になりました。
……スキルにどの程度の効果があるかは知らないが、取り敢えずレベルは上がるようだ。
何かと隠密が上がっているのは使用頻度ゆえだが、有難い事ではある。
ダンジョンだろうが森だろうが、不意打ちされればこちらに勝機はない。
実際にレベル差のあるゴブリンに対しては不意をつく事で勝利した実績もあるが、裏を返せば不意打ちでなければ亡骸となっていたのはこちらだろう。
つまり、森でパックウルフに襲われた時は本当に危なかったという事。
あの時1匹だけが先走ってくれたお陰で俺は生きているようなもので、運が良かったとしか言いようがない。
(ノーガラット、5匹分の素材が必要だったよな)
こちらも手数が多い訳では無いので、相手に気取られるのは控えたい。一応群れを1つ2つは潰しておかないと依頼は達成出来ない以上、集団に飛び込める事が理想的。
手数を考えればコルチにお願いする事も考えたが、わざわざ頼む程ノーガラットが強い訳でもない。
そもそも向こうにだって都合があるだろうし、いくらなんでも知り合って間も無いのにこちらの用事に付き合わせるのも野暮というものだ。
1日で用意しなくてもいいのであれば無理をせず、ゆっくり揃えていけばいい。
「……いるな」
ぼそりと呟く。
見えている限り3匹程度のラット達がいる。覚えている話だと10匹は群れているらしいので、恐らくもっといるはず。
となればこの格好で戦うべきではない。動きやすさを考えローブを脱ぐと、見慣れた布が顔を表す。
(これ、今度捨てよう……)
服は長く着ていれば愛着が湧くという話もあるが、布ではそういう感情は湧かないようだ。
そのまま物陰から様子を見ていると、急にラットが鼻を動かし始めた。明らかに何かを警戒する動きだ。
(気付かれたか?)
ローブは先に脱いでおけば良かったかもしれない。気をつけてはいたが、衣擦れの音で察された可能性はある。
……無駄に大きい耳が初めて役に立ちそうだ。俺は様子を伺うのをやめて完全に岩へと身を隠し、頭の上の2つの三角形に向けて全神経を尖らせる。
複数のラットの足音が所からこちらに近付いて―――
(待て、おかしい)
足音に違和感があるのか。
いや、それが聞こえる事自体は問題ではない。あの図体であれば移動の音もそれなりに存在するだろう。
何かがおかしい。自分でも得体のしれない嫌な予感がして、拳を握りしめる。
ラットは臆病な魔物。それは昨日の依頼で嫌と言う程知っている。
(そうだ。なぜ、近付いて来ているんだ?)
襲われて尚、逃げ出す程の臆病な魔物。それが今、未知なる危険に向かって来ている。
臆病だからこそ、その出処を確かめる事はあるかもしれない。だが、集団でこちらに向かう必要はない。
囮としての斥候であれば数匹で十分なはず。
そもそも、逃げる目的ならこちらの情報を探る必要は無い。気配を感じた時点で逃げる筈だ。
つまり、集団で来る理由は1つしかない。
あいつらは、俺を狩ろうとしている。
依頼がノーガラットではない可能性……依頼書を厳選する程チェックしたのに起こるような間違いでは無い。実際、俺自身もラットを遠巻きに見た時に同個体のように思えた。
兎に角、あいつらが襲ってくるなら手をこまねいてる場合ではない。俺は足音が近付いた瞬間に岩陰から姿を表し、瞬間見えたその灰色の毛皮を掴む。
「ヂュッ」
「先手っ……!」
そして思い切り持ち上げたそれを、予想以上にいたラットの群れへと投げ付ける。
5体の群れの内2体を巻き込み、背中から着地したラットの【ステータス】を確認する。
――――――――――
Lv:5
種族:ノーガラット
状態:正常
HP:40/70 MP:20/20
戦闘スキル:
【体当たり.lv1】
スキル:
【隠密.lv1】
――――――――――
ちらりとステータスを見て、ノーガラットである事を確認する。
ステータスは前見たものと同じで、名前もノーガラットだ。少し群れが小さい気もするが、ムラがあるというだけだろう。
種族が違うならまだ諦めもついたが、こうなると前戦ったラットの差が何なのか疑問が残る。
警戒しながら考えていたが、差については直ぐに答えが出た。
「っ……!」
のしのしと岩陰から顔を出す、灰色の毛皮を持つ獣。
その獣はノーガラットの群れの中にいると紛れてしまうような色や形だが、当然のように見分けがつく。
理由は1つ。
―――そいつは俺と同じくらい大きかった。