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23.起床

「ん……っ!はあ」


座ったまま膝や肘、その先々の指に至るまで伸ばせる所を伸ばし、大きく息をつく。外は薄ら明るいが、日射しが入る訳でもないようだ。


コルチはまだすやすやと寝息を立て、ベッドに横になっている。彼女を起こすべき時間ではない事だけは確かなので、音を立てないようゆっくりと立ち上がる。当然のように身体が痛い。


座ったままの姿勢で寝たからか、ちゃんと身体を休められていなかったのかもしれない。


(まさか土に寝た方がマシとはな……)


森では外で普通に寝ていたが、床に寝るのもどうかと思ったので椅子を使ったものの、無理な体制で寝る事の辛さを思い知った気がする。


幸い少しストレッチすれば大丈夫そうではあるので、身体を軽く動かそうと訓練場の中へと足を運ぶと、大男が大剣を素振りしているのが見える。


暫くその様子を遠巻きに眺めていると、暫くしてこちらに気付いたガドルは話しかけてきた。


「起きたか、早いな」

「ガドルさんも早いですね。朝練ですか?」

「まあ、日課だ」


朝日すら本調子ではない早朝。そんな早くから大剣の素振りをしているガドルを見れば、肉体の強靭さも合点がいく。

素振りからしか見てはいなかったが、この調子だと筋肉トレーニングくらいはやっていそうだ。


ガドルは一息つき、大剣を空間魔法へ仕舞った。


「今日は何かするのか?」

「えっと……ラットの素材を取ってくるよう言われているので、ダンジョンに行こうかと」


自分で確かめるように言う。ラット狩りに向かうついでに依頼も受けようと思っていた所だ。


「随分気に入られたんだな」

「え?」

「あいつは気に入らなかったら装備は作らねえし……その日に装備を渡したりするからな」


あいつ、というのはゲーモの事か。確かコルチが話をしておくと言っていたから、それで知ったのだろう。


ふと、彼の様子を思い出す。最初は紐のような物を使っていたが、途中から……武器を見せて貰った辺りから目盛りのついた紐を使っていた気がする。


そういう物だと思っていたが、ガドルの話を聞く限り手を抜いていたという事か。


「本人には言うなよ?堅物に見えるが、案外ガキっぽい所あるからよ」

「あー……」


武器を褒められたり、趣味が合うと途端に機嫌が良くなっていた事を思い返すと、確かにそういう側面はある気がする。


子供っぽい……というか、単純なのは確かだ。趣味さえ合えば付き合いやすいタイプではある。


俺が色々と納得しながら隣で屈伸や前屈をしていると、ひと段落ついた所でガドルが声をかけてきた。


「早めにギルドを見てきたらどうだ?ラットは人気はないが、依頼の数も少ねえからな」


確かに、簡単な依頼はついでにこなされる可能性はあるかもしれない。


どちらにしてもラットは狩る必要があるので、早めに確保しておくに越した事はないだろう。



――――――――――



(これにするか。ダンジョンは違うけど前回と場所は近いし、迷う程でもない)


早速龍の雫へと向かった俺は、ラットの素材を集めるついでの丁度良い依頼を見つけ、掲示板から剥がす。


ふと気になって掲示板を見ると、ダンジョン探索がしたいからパーティを募集していたりと、冒険者からの依頼のような物もあった。


ドラゴンの素材が欲しいなんて依頼まで貼られている。長いこと張られているようにも見えるので、この掲示板は受けてくれる事を前提とした依頼だけでもないのだろう。


……やっぱりいるのか、ドラゴン。


「何か気になる物でもありました?」

「あ、メラン。今日もラットの依頼を受けようと思って」


俺は手に持った依頼をひらひらとさせながら返答する。

メイド服程に服飾は豪華ではないが、所々あしらわれたフリルが可愛らしい印象を受ける。


女性の服装には詳しい訳ではないが、こういった物をエプロンドレスと言うのだろうか。


メランとは昨日の夜に会った。にも関わらず、眠そうな素振りも見せず笑顔で応対している。


「ギルドの仕事って大変なんだな……」


昨日の夜、しかもそこそこ遅くに会ったばかりだというのに、こんな朝から働いている。

俺は、つい口から素直な感想が漏れ出ていた。


「え?」

「あ、いや朝早いんだなーって思ってさ」


その言葉に柔らかい笑みと共に答えが帰ってくる。


「冒険者さんの生活リズムもまちまちですからね。いつでも応対出来るようにしてるんです」


「だからって、こんな朝から働いてる私達に愚痴まで吐く奴がいたらやんなっちゃうわよぉ」


カウンターから声がする。見覚えのある白髪、張りのある声。あまり面識があった訳ではないが、強烈にその印象は残っている。


「セフィー。冒険者の方々に聞こえたらどうするんですか」

「大丈夫、聞かれて困るような奴はこの時間帯に来ないわ」


セフィーはカウンターから掲示板の前まで来て、俺とメランの近くの席に座り脚を組む。


セフィーの言う通り、今の龍の雫はガラガラだ。というか、人は俺と受付2人しかいない。俺もたまたま起きただけなので、この時間に出歩く人はそうそういないようだ。


ここに来るまでの街の人も露店を開く準備をしたり、看板の掃除をしていた。道端に倒れ込んでいる人もいたが、前世の知識から考えれば酔っ払いという奴だろう。


酔っ払って寝込んでいるのか、そもそもそういう生活の人なのかは分からないが―――


―――きゅるるる。


突如響いた音で思考が途切れる。流石の俺もこれが腹の虫である事は判るし、その出処は経験から察する事が出来る。


昨日、風呂に入ったり鍛冶屋に行ったりで、夜食を食べていない事を思い出す。


「そうだ、折角ですしご飯食べて行きませんか?」

「あー……俺、金持ってきてないから……」


メランは気を利かせてくれたが、空間魔法に色々詰め込むのもどうかと思って硬貨の入った袋ごと部屋の椅子に置いてきてしまった。


ギルドで食事を取れる事は昨日コルチと来た時に知っているが、無料(タダ)でない事は覚えている。料金は覚えていないが、無一文では払える物はない。


「誘ったのは私ですし、お金は取りませんよ」

「う、申し訳ない……」


「そういう時はありがとう、でいいのよ?図々しくなれとは言わないけど、気遣いは素直に受け取っときなさい」

「……そうですね。セフィーさんもありがとうございます」


セフィーからそんな事を言われた俺は、改めてお礼を言う。


この世界で結構な回数ご飯を頂いている気がするが、俺に経済能力がないのは紛れもない事実。


流石にラットの報酬だけで生計を立てるのは難しいだろうし、装備が整ったら他の依頼も視野に入れていこう。せめて、自分の食い扶持くらいは稼ぎたい。


これからの展望を考えていると、依頼の受付もついでに済ませてくれたメランが皿を持って戻ってくる。


「はい、どうぞ」

「いただきます」


目の前に出されたのはいつぞやに食べたシチューとパン。


「昨日余ってた奴ですけどね」

「そうなのか?」


「冒険者の方々はあんまり好きじゃないみたいで。もうちょっと大味の方がいいのかもしれません」

「この味、俺は好みだけど……メランが作ったのか?」


シチューの話題でメランと話していると、どことなく視線を感じる。

……この場にいて、メランでなければ視線の主は1人しかいないのだが。


「……どうしたんですかセフィーさん」


「……ずるいわ」


「へ?」


ジト目、そう表現するしかない目でこちらを見つめてくる。


突然訳の分からない事を言われて困惑する俺とメランに彼女は続けた。


「私の事呼び捨てにしないのにメランだけ呼び捨てってどういう事……!」


「……えっと……」

「何かと思ったらそんな事ですか、セフィー……」


「そんな事じゃないわよぅ、だってメランが良くて私がダメなのおかしいでしょ!」


「……そういう事なら、セフィーって呼びますけど」


大の大人の駄々に少し引き気味の俺の発言に、彼女は少し考えてから言葉を発する。


「いや、やっぱり口調はそのままで良いからセフィーおかあさんって呼んで!」


メランが大きくため息をつく。


「ツクモさん、依頼の受付はしてありますので」


慣れているのか、完全に無視して話を進めている。多分、よくある事なのだろう。


シチューも食べ終わっていたので、セフィーがこれ以上ヒートアップする前に俺はダンジョンに向かう事にした。


「……シチュー美味しかったよ。これ、どうすればいい?」

「お皿はそのままで大丈夫ですよ。依頼、気をつけて下さいね」


2人に別れを告げてギルドから出る。

セフィーは膨れていたが、譲歩してもこちらにとっていい事はなさそうだ。


……また何か言われても面倒なので、今度会う時は呼び捨てにしよう。

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