20.洗浄
お風呂に行こうという話だったので公衆浴場にでも連れてかれるのかと思っていたのだが、コルチが向かったのは例の闘技場だった。
ここに来た時点で薄々予感はしていたが、ガドルに借りた部屋とは反対側に浴場があるそうだ。ガドルが訓練後に入るために改造したのだとか。
……見た目と裏腹に多機能すぎる。
「ここ、ギルドの闘技場じゃ……」
「訓練場っスよ。ガドルの兄貴の土地なんで、試験では使わせて貰ってるだけっス」
恐る恐る中を見ると、例の部屋と同じくらいの十分に人が暮らせる広さの空間があった。
当然のように椅子にタオル代わりの布が積まれており、奥に見える扉が浴場に続いている事は容易に見て取れた。
「ガドルって凄い人なんだな」
「ブルート家の長男っスからね。当然ここもガドルの兄貴の私物っス」
「……使って大丈夫なのか?」
「あたしもよくここ使ってるんで、多分平気っス」
あいにく、家の名前がどうとか言われてもその凄さはわからないが……浴場と部屋付き闘技場、もとい訓練所を個人で所有している彼が異世界基準でもかなりの立場だというのは判る。
少し使うのを躊躇っていたが、早速服を脱いでいる彼女に気付き自分も続く。一応目を背けつつローブと中の布を脱いで空間魔法にしまっていると、コルチが声をかけてきた。
「ツクモの姉御、結構汚れてません?」
「あー……まあ、そうだな」
いくら森でも川があったとはいえ、あまり身体を冷やしていい状況でも無かったため、身体や髪は流していない。
腕や顔だけ流していれば当然その清潔さには差異があるため、汚れを際立たせているのだろう。
服を脱いで一足先に浴場へと足を踏み入れると、中は水はけの良いタイル貼りになっておりか、壁からは先端に細かい穴の空いたヘッドが着いている細長い管が伸びていた。
「……本当にシャワーがあるんだな」
来る途中に聞いていたとはいえ、目にするとやはり不思議な感覚だ。建物やら馬車やらと中世的な要素も多いのだが、所々近代的なテクノロジーを感じる。
そういった物の多くは【魔法】の存在を前提として作られているようなのだが、このシャワーもどきもそうらしい。水道は引いているが、お湯にするためにエンチャントをしているとか。
細かい事を気にしても大抵魔法で片付けられそうなので、俺は思考をやめて早速シャワーに手をかける。温度やら出し方まで元の世界の物と似ているため、操作に苦労がないのは幸いだ。
(取れねえかなこれ……)
お湯を出し髪を流していたのだが、耳が非常に邪魔。勿論取れる訳もないので頑張るしかないのだが、触ると頭の上なのに耳を触られている変な感覚がして気色が悪い。
水が耳に入りそうなのも嫌だ。
気持ち悪さを我慢しつつ一通り身体を流し終えた頃、コルチも準備が出来たのか浴場へと入ってきた。
――――――――――
複数人が入れそうな大浴場と言うべき空間。そこには広々とした空間をこじんまりと使う2人の少女。その内の1人の黒髪の少女は、同じ黒髪を持つ少女を洗っていた。
洗われている方が今の俺だ。
「はい、流し終わったっスよ」
「おう」
身体は流し終わっていたので彼女が入ってきた時点で出ようとしたのだが、コルチは焦って俺を引き止めた。
「ありがたいけど、身体はもう洗ってたぞ」
「身体に水かけた事を洗うとは言わないですし、そもそも背中の方、ちゃんと流せて無かったっス」
……尻尾に水がかかるとかなり変な気分になったため避けていたのは事実。とはいえ、汚れくらいは落としたと言おうとしたのだが。
「同じ部屋使うんスから、清潔にしておいて欲しいっス。服は仕方ないですけど……」
コルチの指摘でこれからルームシェアをする事を思い出す。同居人が汚れていたら嫌なのはごもっともなので、俺は反論を飲み込んだ。
「ああ、これからは自分で洗えるから大丈夫だ」
「……」
コルチが訝しげな目を向けてくる。
確かに尻尾やらをおざなりに流していた前科はあるが、身体を洗う度コルチの手を煩わせるのも避けたい。
何より洗われている時はとても気恥ずかしいというのが1番の理由だ。コルチは軽くため息をつくと、口を開いた。
「装備も作らないとですし、先上がってて下さいっス。タオル、置いてあるからちゃんと使うっスよ?」
「いや、流石にそれはわかるぞ」
洗ってもらった手前先に上がるのもはばかられたが、コルチの身体を洗うのを待っていたら体が冷えきってしまいそうだ。俺は言葉に甘えて先に上がらせて貰う事にした。
―――その後、髪の拭き方についてまた一悶着あったが。