12.勝機
「そうか。なら、武器を選べよ」
こちらの返事に、だろうなという顔をしながら対応するガドル。俺はこくりと頷き、武器の入った箱を漁る。
(よく考えろ、どうすればいいのかを。あの男が言った『まともに一撃を入れる』という言葉を)
多分、適当に手を怪我させて【道連れ】によってダメージを負わせても試験は不合格だろう。
物を投げて1発でも当たる事を祈る……いや、駄目だ。
これはゲームではない。目標を達成すればクリアなんて訳がない。
登録証が免許のような物だとすれば、この試験は防御を抜くだけの技量を見られているのだろう。ならば、相手に認めさせる。それが勝利条件だ。
「随分迷ってるようだが、お前が構えるまでは待ってやる。……心変わりしてもいいぞ」
「……たっぷり考えさせて頂きます」
不意打ちも考えたが、あの様子だと仕掛けてもさほど意味は無い気がする。
だが、こちらがスタートを決められるのは好都合だ。存分に考えさせて貰おう。
……【ステータス閲覧】も、一応やっておくか。
――――――――――
名称:ガドル=ブルート
性別:♂
種族:人間
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「閲覧持ちか。見えないようにしてあるが、スキルは使わねえから安心しろ」
やはり、まともに情報は見られない上、案の定ステータスを閲覧すると気付かれた。今回ばかりは見ておきたかったが、スキルを使われないならどうにかなる筈だ……。
(というか、見えないようにしてるって言ってたが。意図的に隠せるのか、あれ)
新事実はさて置いて、相手の左手にある大剣を見る。
太さも含め、大きさは今の俺の身体とほぼ同じ。軽々と持っていたガドルの腕力がうかがえる。
打ち合うのは無理だ。普通の剣が使えたとしても、あれと鍔迫り合いなど出来ない。
「……ステータス」
――――――――――
名称:ツクモ
性別:♀
Lv:3
種族:亜人(猫)
状態:正常
HP:54/54 MP:65/65
戦闘スキル:
【高速思考.lv1】
スキル:
【魅力.lv1】【鑑定.lv4】【ステータス閲覧.lv2】【隠密.lv2】【体術.lv1】【鈍器使い.lv1】
特殊スキル:
【複魂.lv1 1/1】【道連れ.lv1】
――――――――――
この代わり映えのないステータスが、今の俺の手札だ。
ステータスから考えると、武器はスキル【鈍器使い】がある棍棒一択なのだが、森のゴブリン製の棍棒とは違って鉄製のため重い。これを持って機動力が削れるのは避けたい。
(なら、持たない方がマシか……?)
もう1つあるスキル【体術】を活かすのも手ではある……と考えながら箱を見ると、箱の底に持ち手の方が刃渡りより長いのではないかと思う程の短い剣を見つけた。
持ってみると当然、非常に軽い。武器として使用する必要性もほぼ感じないが、お守り代わりに持ってもいいだろう。最悪投げてしまえばいい。
(後は……)
このローブは、邪魔だ。俺はローブを脱ぎ捨て布一枚の姿になり、左手で拳を、右手で短剣を握り締める。
相手は大剣を腕1本で振り回す事が可能、スキルを持つくらいには習熟している。対して此方はまともに扱う方法も知らない短剣1本。経験でも向こうの方が上だ。
(戦いながらでも、考えるしかない)
俺は息を整え、ガドルに呼びかける。
「準備、出来ました」
「不意打ちしたって良かっ」
言い終わる前に前傾姿勢で突っ込む。隙を付いたつもりだったが、ガドルの腕は即座に大剣を持ち上げた。
「――ったんだぜ!」
彼は言葉を続けながら大剣を横に薙ぐ。
「危、な……」
身体を伏せて避けたが、距離を取られてしまった。俺は腕で弾くように身体を起こす。
「はっ、余計なお世話だったな」
(当たったら駄目だ……)
出し惜しみしている余裕はないと踏んで、次の振り下ろしの瞬間に合わせて――【高速思考】を使う。
(右上から!)
攻撃の向きを確認しスキルを解除、右へと避ける。
ガドルはそのまま大剣を振るう。
(【高速思考】!切り払い!)
同様にスキルを解除し、全力で後ろ飛びをする。
これが俺の出来る戦術。振り下ろされる大剣の初期動作で【高速思考】を使う。
所謂『ポーズ連打』だ。
(……1回でこんな減るのか)
後ろに跳んで余裕が出来たためステータスを確認すると、MPが『55/65』まで減っている。
少し余裕を持って大剣の向きを確認したとはいえ、1回の発動で5は減ると考えていい。
しかし、『ポーズ連打』を使って避けてから振るスピードが上がっている。どうやら、こちらの反応速度に合わせて振っていたようだ。
――こちらが、避けられるように……?
(左斜め上!)
若干の違和感に引っかかりつつも思考を中断し、俺はステップを踏むように屈んで大剣を避ける。
間髪入れず大剣が振られるが、『ポーズ連打』を使えばどう来るかは判る。
(右斜め下から、横薙ぎ……)
大剣の薙ぎ払いは退かねば避けられず、近付く事は出来ない。伏せたり跳んで避けても距離を取られて終わりだろう。
だが、このまま避けても埒が明かない。
相手の攻撃に当たらないための方法はあるが、ダメージを与える方法は……。
(……ある)
考えないようにしていただけで、思いついていた作戦はある。100%ではないが、成功するという根拠もある。ただ……。
(自分の正気を、疑うぞ……)
まともじゃないと理解していても、相手に一撃を入れるためにはやるしか選択肢はない。
そもそも、このためにローブも脱いだのだ。まだ手を抜いてくれている内に勝負をかけるしかない。
向こうが少し攻撃の手を緩めた瞬間、俺は左手に握り込んでおいた砂を相手の顔面にかけ、すかさず距離を詰めにかかる。
「チッ……」
ガドルは目を軽く瞑りながらも、左腕全体で大剣を振り被る。
(右上からの袈裟斬り……理想的だ)
避ける為には前進を諦めるしかない。だが、ここで避けなければ話は別。
グチャッ。
「がァァッ!!」
――避けられると思って振ったのであろう大剣に、右腕をくいこませる。
剣がずぶりと食い込む音や骨が折れる音が身体を通して伝わってきた。
「なっ……」
「ぐ、ぎ」
【高速思考】を使った訳でもないのに時間が止まったように感じる。ガドルがこのまま大剣を振り抜けば、俺の上半身と下半身は間違いなくおさらばするだろう。
だが、そうはならない。
ギルドの受付嬢との会話からして、こちらが傷つくのは好ましくないはず。殺してしまう等以ての外だろう。
(どんな異世界でも……蘇生はそう易々とは使えない、はずだ……)
あるのかは分からないが、蘇生という物が一般的なら命を奪っても生き返らせればいい。この世界での命の価値が安ければ、この推論は崩れる。……まあ、だとすれば。
――俺が避けられるように攻撃なんて、するはずがない。
痛みで世界が正常に動き出し、剣が引かれた事を見て考察が正しいと確信する。俺は歯を食いしばって勢いのまま右腕を振り抜き、前進した。
「――!」
喪失感がいち早く肘から先の消失を教えてくれる。突き出したはずの右腕が無い事で、事実と認識が一致し気が遠くなる。
だが、ここで倒れたら全てが水の泡だ。
「っガあアァッ――――!!」
痛みを雄叫びで誤魔化しながら懐に潜り込み、相手の下腹部を狙って左拳を腰に固めた。
大剣を戻しながらガドルは腕を固めるが、遅い。
「――――ッ!!」
「……!くそっ」
防御をしていた腕はずるりと落ちる。左足で地面を全力で踏みしめ、右腕が無くなった所に飛び込んだ。
だが。
(――あ……れ?)
足が地面に沈んだかのように踏ん張る事が出来なくなり、紫に染まった視界が傾く。
――ドッ。
血を失いすぎたという事実に至ると同時に、何かに突っ込んだ衝撃を全身で感じる。
目を開けているのかもわからないまま、俺の意識はブラックアウトした。