9.対話
「せめてご飯くらいご馳走するよ」
「……良いんですか?」
結局毛皮は馬車へとしまったシュトフだったが、気が済まないといった様子で何かを取り出してきた。
(エプの実食べてすぐ寝ようと思ってたけど、お腹も空いてるんだよな……)
タダ飯をたかろうとしたように思われるのも嫌だったが、腹の虫を抑える事も出来ない俺には積極的に断る理由も無い。
「ご馳走なんて言っても、お客さんがくれた物なんだけどね。沢山貰っちゃってさ」
「ん……と、ありがとうございます」
シュトフは布の袋から紙の塊を取り出すと半ば押し付ける形で手渡してきたため、遠慮する素振りを見せる暇も無かった俺はお礼を言う。
「まあ、素材のお礼と思って食べてくれると嬉しいな」
「ありがとうございます……ん?」
……これ、知ってる気がする。
包装紙を剥がすと、黒いパンを2分するように挟まれた加熱済みの挽肉。一緒に挟まれている葉ものの野菜。包装の仕方も、どこか見覚えがある。
「これは……」
全体的に既視感のある風貌のそれは――。
「ハンバーガー。この辺りだと結構有名だけど、初めてだった?」
「……いや、最近食べてなかったなー、って思って」
この辺りで旅をしていたのに知らない、と言ってしまえば嘘がばれる。まあ、ばれても支障はないが――恐る恐る【鑑定】で調べてみる。
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【肉】
調理済み。
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【ソシの葉】
様々な環境で自生する植物。すり潰すと香りが強くなる。
魔力が豊富な土地では実をつける事があり、解毒作用がある。
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うん……ソシの葉ね。そうじゃないんだ。料理名とか出るかなって思ってたんだけどな……。
ちらりと出てきたボードを見て、やはり鑑定は鑑定だなと落胆する。
ここが本当に異世界なのかという疑問もあるし、同じ調理法で同じ名前なんてそんな偶然がある訳もないだろうという疑問もある。だが、手持ちのスキルは推測の材料にはなり得ない。
大体、肉に至っては【鑑定】が低レベルだった時並の情報量だ。これだと逆に何が入ってるのか不安になる。
「ん、しょ……?」
このスキルの性能に改めて疑問を持つが、こういうスキルなんだろうと諦めた俺は座り方を崩すと、手に何かが当たった。
「あ……。これ、食べますか?」
「……。え?それ、エプの実!?いいの!?」
食べ損ねていたエプを見つけて声をかけると、思いの外喜んでくれるシュトフ。
食べ物を貰った手前1人で食べるのは気が引けるため声をかけてみたが、一瞬間があったせいで引かれたかと思っていた。……まあ、拾った実を勧めて喜ばれるとも思っていなかったが。
変な目で見られなかった事に一安心していると、余程嬉しいのか彼は早口でエプの実について語り始める。
「エプの実、大抵魔物がとってっちゃうから見つからないんだよね――落ちちゃうから折角見付けても傷がついてたりするしここまで綺麗なのも珍しい――たまに冒険者が魔物をおびき寄せるために――買い取りたくても使うから無理って言われちゃうし――」
「……そ、そうなんですか」
というか、喜びすぎではないだろうか。不意打ちで始めた彼の話に耳が滑るが、魔物をおびき寄せるために使う等と不穏な話も聞こえた。
どうやら、俺はかなり迂闊だったようだ。エプの果実を抱え込んで、あまつさえ食べながら森を散歩していたあの時なんて、魔物から見ればカモがネギとデザートを持ち運んでいるような状況だっただろう。
(まあ、知らなかったし……本当にこの人エプ好きなんだな)
殆ど聞き流していたものの、まだ話しているシュトフに意識を戻す。高級品という話でも無さそうなので、恐らくは彼はそういう人なのだろう。
「――形が良いんだよね形が。あ、エプは切っておくから先に食べちゃってていいよ」
「……あ、はい」
話に一区切りついたのか、彼はこちらに食事を促してくる。1人で食べ始めるのも悪いと思って待っていたが、促されて尚なら待つ必要も無い。
それに何故かエプの実を掲げているので、待っていたら大分時間がかかりそうだ。
俺はハンバーガーを両手で掴むと、久々に見る肉にごくりと唾を飲む。簡素とは言えども、今まで料理と呼べるような物を口にしていなかった俺にはご馳走だ。
いただきます、と小声で呟きハンバーガーに齧り付く。じゅわりと肉汁が染み出し、口の中に肉の味が広がり、自然と口角が綻ぶ。調味料は殆ど入っていないため肉の臭みは気になったが、野菜のお陰か気にならない程度にはなっている。そもそも、空腹に比べれば些細な問題だ。
「……?」
口の中に広がる肉の味に夢中になって食べていたが、ふとシュトフの方を見る。ひとしきりエプを眺めて満足したのであろう彼は、何も無い所に手をかざしていた。
何をしているのかと思ってそのまま見ていると、突然手の前に黒い裂け目が出現する。すると、彼は当然のように出現した裂け目に手を突っ込み、銀色のナイフを取り出す。
「……【空間魔法】が珍しいかい?」
「空間魔法……?」
俺がまじまじと裂け目を見ていた事に気づいたシュトフがこちらを向く。折角なので空間魔法について訊ねてみると、色々と教えてくれた。
空間魔法は誰でも覚える事が出来るため、一般的に使えない人はいない。ただし、その容量等は本人の才能による部分が大きく、折角習得したのに収納する量が少ない事があるらしい。……シュトフは正にそのパターン、だとも言っていたが。
異世界由来の魔法だと覚えられるか不安だが、異世界っぽい身体を持つ俺も覚えられる可能性はあるはずだ。見ている限り変な詠唱とかも要らなさそうだし。
シュトフは木製の皿を取り出し、その上で皮を剥いたエプを切りながら話を続ける。
「ただ、空間魔法も万能じゃなくて。人とか……魔法に抵抗力がある物だと入れても弾かれちゃうんだ」
「なるほど、だから馬車を……」
――それもそうだ、人が運べるならわざわざ馬車は必要にならない。
容量に個人差があり、そもそも入らない物があるなら当然だろう。
「魔物の素材も物によっては入れられない、なんて話もあってね。まあでも、お陰で仕事がなくならなくて済むからさ」
容量は大きいに越した事はないけど、と付け足すシュトフ。エプを10等分にした彼は、出した時と同じようにナイフを空間魔法の裂け目へと突っ込んで手を払った。
「よし、僕も食べようかな。……ハンバーガー、まだあるけど食べる?」
「頂きます」
一息ついた彼は布の袋を漁ると、こちらが既にハンバーガーを平らげている事に気が付いたようだ。気持ちに逡巡こそあったものの、未だ空腹な俺は即座に2個目のハンバーガーを受け取る。
「ツクモちゃんはこれから何処に行くんだい?」
そして、丁寧にハンバーガーの包みを剥がしていると、シュトフがそんな事を聞いてきた。これからどうすると言われても、割と行き当たりばったりで行動しているため特に展望はない、が……。
「路銀も尽きたので、一旦街へ行って落ち着こうかなと思ってます」
「……へぇー。そうなんだ」
包み紙を使ってハンバーガーを半分だけ露わにしながら、差し障りない言葉で誤魔化す。
「ただ、あまりこの先の地理に詳しくなくて。街とかってあるんですかね?」
問いかけてから少しの間の後、答えが返ってきた。
「……。うん、あるよ。【メジス】って結構大きな街なんだけど。……良ければ送って行くよ」
「……え?」
こちらとしては願ってもない事だが――飯だけでなくこれ以上施しを受けるのは如何な物かと悩む俺をよそに、シュトフは話を続ける。
「僕は【ラゴナ】に行くけど、途中までは同じ道を通るから」
「……そうなんですか。なら、是非お願いしたいです」
厚意に甘え過ぎな気はするが、ここまで言われて断るのも逆に空気を悪くしそうなので俺は乗せて行って貰う事にした。
……というか、馬車で行くような距離の道だとしたら……歩いていたら餓死しかねない気がする。