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1.黒猫

「……?」


野草や木々の生い茂る、人の影すらないような……ともすれば秘境とも呼ばれる森の中。布を羽織って座り込む。


木の幹に身を預けるようにして、黒の髪の毛を目の前に垂らすようにいじくりまわしたり、自らの手を太陽に透かすような仕草でまじまじと見つめる。


水溜まりに映る自分を見れば、頭には三角形の、猫のものを模したような耳がついており、腰の辺りには同様に猫のような黒い尻尾が伸びていた。


一見飾りのようにも見える程に綺麗なそれは、ぴくりと動く事、何かを探すようにうねる事から飾りではなく、それらの持ち主が自分である事が嫌でも判る。


そして大きくため息をこぼすと、横目で確認すると水面に映る黒髪の猫少女も同じくため息をついている。それを見て、俺は目を伏せながら両膝を腕で抱え込んで再び呟いた。


「……俺、なんなんだ……?」



――――――――――



口内の違和感。口の中がじゃりじゃりと嫌な感触で満ちている。辺りを確認しようとして目を閉じていた事に気付き、自分が寝ていた事を理解する。


体が(だる)い。


もう一度眠りへと落ちようとする俺だったが、大自然の味と舌に伝わる嫌な感触が、身体を起こすように責め立てる。


「んん……ぺっぺっ」


口の異物を吐き出しながら、まだ眠気の残る目をこすりながら開け、上体のみを起こしながら周りを見渡す。


「き……。……え、森の――えっ!?」


木、木、木。周り一面自然が全てを占めており、目の前に広がる情報が急速に俺を覚醒へと導く。


なんだこれは、どういうことだ。という言葉すら出てこない。自分がなぜここにいるのかすらわからない俺は、言葉を失いながら己の過去を思い出す。


「これは……い、せかい……?」


イセカイ。情報量にパニックを起こしてまともに考えがまとまらない頭が、ふと今の状況を表現しようとする。


「いせ……異世界、なのか……?」


ほぼ無意識で出た言葉ではあるが、口に出せばしっくりくる程に目の前の光景は現実離れしていた。


独り言を皮切りに、自分が次にどうすべきかも浮かんでくる。


「……ス、ステータス?」


そう念じると、座りこんだままの俺の前にボードのようなものが浮かんでくる。事態が好転(こうてん)したのかはともかく、状況が変わった事で少しずつ落ち着きを取り戻す。


――とにかく、目の前の"これ"を確認しよう。


――――――――――

名称:ツクモ

性別:♀

Lv:1

種族:亜人(猫)

状態:正常

スキル:

【魅力.lv1】【鑑定.lv1】【ステータス閲覧.lv1】

特殊スキル:

複魂(ふくこん).lv1 1/1】【道連れ.lv1】

――――――――――


おお、と少し興奮しながら表示された物を確認するが、すぐにとある項目に気付き、固まる。


「性別……(おんな)?種族は亜人で、猫……って」


こんなところにいる経緯は思い出せない。


とはいえ、この項目に違和感を感じるくらいには記憶がある。混乱しながらも確認するように読み上げながら目を動かすと、ふと自分自身の恰好が目に入った。


布というにはあまりにも薄汚く、(すそ)……というより布の端とでも言うべき所はボロボロになっている。


そんな代物を肩にかけるようにして羽織っている自分。布から見える腕は、お世辞にも男らしいなどと言えないほど細い。というより、女子供のそれだ。


そして、妙な感触がしてお尻の付け根のあたりをまさぐると、細長い棒のようなものが手に当たる。


お尻の付け根に若干の突っ張りを覚えながら慌ててそれを腰の前に引っ張ると、黒く細長い何か。先程の情報と併せて考えれば、猫のしっぽ――。


「――なんだこれぇっ!?」


俺は、推定(すいてい)猫の尻尾を右手で掴みながらもう一方の手で恐る恐る撫でる。見た目通りさらさらとしたそれは、手が触れると自身にも触られた感覚があり、(いや)(おう)にも自分のものだと理解させられる。


「今の今まで気付かない俺も俺、だな……。はは」


尻尾から手を離し、口から乾いた笑いを漏らしながら、今の自分が女性であるという事実が現実味を帯び始める。


「俺は……あれ?……まずい、自分が誰なのかも判らないぞ……」


……今更反芻(はんすう)するような情報でもないが、俺は恐らく、男だ。年齢も、名前も思い出せている訳ではないが……。


記憶が混濁(こんだく)しているせいで確証はないが、電車やトラック、携帯電話やらの知識もある。自分については詳細が思い出せないものの、推測くらいは立てられる。


少なくとも、こんなしっぽを自前で生やしているような自分が非現実(ひげんじつ)的である事は確か、だろう。


だが、残念ながら自分がどうしてこんな所にいたのか、なぜ女性なのか、なんでしっぽが生えているのか。それらを解決する答えは記憶に存在しない。


ふと頭に手をやると、予想通り毛に覆われた三角形の……猫耳であろうものが生えている。考える気すら起きなくなった俺は、近くにあった木へともたれかかる。


「……これから、どうしろと?」


か細い声で呟いたその質問は、森へと吸い込まれる。当然返答など、あるはずもなかった。

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