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一軒家

 俺たちがしばらく歩いていると、俺の眼にははっきりと小さな一軒家が現れた。レンガ造りで、煙突が生えている。典型的な中世欧州の建築様式である。しかし、やはりミアの眼には見えていないのだろう、彼女は一軒家の横を通り過ぎようとしている。


「ミア。少しそこで待っていてくれないか?」


 俺はそう言うと、ドアに左手をかける。ミアの眼には俺はどう映っているのだろう。差し詰め、路上でパントマイムを行う道化師ピエロのように見えているのだろうか。


「ミア。人間というものがいかに適当で出鱈目なものか知ってるかい?例えば、只々三つの点があるだけで、人の顔に見える。そして、完璧に洗練されたパントマイムは――否、この場合はマイムではないのだが。まぁ良い。兎に角、こんな風に人間ってのは適当なんだよ。――ボクが今から行う動作をよく見ててご覧」


 俺はドアにかけていた左手を離し、それこそ大道芸人が行うようにゆっくりと、丁寧にドアを撫でまわす。数か所撫でまわした後に、両手をドアにかけ、ゆっくりとドアを引いた。


「どうだい、見えたかな?」


 俺がミアの方を振り向くと、ミアの顔は驚愕に染まっていた。ようやっと家が見えるようになったのだろう。


 これぐらいのことは手順を踏まなくとも造作は無い。それに、今回は希少な場合だが、実際にそこにあるものを信じさせるのだ。きっかけさえ作ってやれば自然と見えるようになるだろう。


―――さて、狼退治といくかな。だが、俺の特技が実際に狼に通じるのだろうか。――否、俺は猟師だ。狼などモノともせず、野を駆け、山を自由に動く。そう、俺は猟師なのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()


 オレが家の中に入ると、そこには一台の寝台があった。そこには誰かが寝ているようで、布団が膨れてやがる。


「おう、ばあさん。調子はどうだい?」


 オレがそう寝台の中のばあさんに声を掛けたが、返事をしやがらねぇ。


「おい、ばあさん。調子はどうだって聞いてんだ。うんとかスンとか言いやがれ。――それとも何か?もうおっちんじまってるのか?」


「…赤ずきんはどこだい?」


 寝台のばあさんは寝っ転がったまま、ピクリとも身動きをせずそのままオレに返事をしやがった。


「いや、なんだ。オレの後ろにいるぜ」


 オレがそういうのが早いか、布団の中のばあさんはガバリと起き上がった。するとどうだい、中に居たのはばあさんじゃあなく、毛むくじゃらの大きな狼だったんだ。


「赤ずきん!お前さんが来るのをアタシャ耳をながぁくして待ってたんだよォ」


 狼はそう言うと、あろうことか赤ずきんに襲い掛かろうと寝台から飛び降りやがった。オレは咄嗟に背中の得物を構えながら、赤ずきんと狼の間に割って入った。


「よぉ、デカブツ。一歩でもそこから動いたら俺の銃がお前の眉間を撃ち抜くぜ?」


 オレは銃を構えながら狼にそう言ったんだが、何故か狼は笑い出した。


「クハハハハ!何を言ってるんだ。只、何も持たない手をこっちに向けてるだけじゃァないかァ」


「―――お前は何を言っているんだ?ボクの手の中に銃がねぇって?馬鹿言っちゃあいけねぇぜ。こんなに長くて鈍く光ってる銃が見えねぇってのか?狼は動物のなかじゃあ狩りの名手だと思っていたが、俺の勘違いのようだなぁ。――なぁ、この銃が見えるよなぁ?()()()()()()()()()()()()()()()()()


 オレがそう言ってやると、狼は急に顔を真っ青にしやがった。滑稽だったぜ?途中までオレの言葉に怒って唸っていやがったくせに、急に口をカパッと開けて固まりやがった。


 俺は、その瞬間を狙って、狼の眉間に向け照準を合わせ、手の中に納まっている猟銃の引き金を引いた。固い引き金を引き切ったと思うが早いか、反動で上体が大きく後ろに傾いだ。


 俺はできる限り直ぐに体制を立て直し、狼の方へ向き直ったが、俺の放った銃弾をまともに眉間に受けた狼は既に事切れていた。


「お兄さん!大丈夫!?」


 狼との戦いを終えた俺に、ミアが駆け寄ってきた。その顔には恐怖の色が浮かんでいたが、俺がミアに向かって微笑むと、その色も少し薄まったようだ。


「兎に角、そろそろ姿を現してもいいと思うんだがな。誰か知らないけど、趣味が悪いよ?」


 その時だった。狼の死体が波打つように動き出した。まるで、中で何かがうごめいているように。

 俺の考えは当たっていたようで、狼の腹が裂け、中から小学生ぐらいの体躯の男の子が出てきた。彼の服は血で染まっていたが、それはどうやら狼のものらしかった。


「っと、もしユーがこのウスノロのお腹とかを狙ってたら僕ちんは死んでいたんだよ?あっぶないなぁ」


 男の子は両手を腰に当て、頬を膨らせた。わざとらしいほどに年相応の仕草である。


「馬鹿なことを言うな。あそこで撃たなければ俺が先にやられていたはずだ」


「そこだ」


 男の子は俺を睨みつけた。


「どうしてユーは銃なんか持ってた?この『世界』では、僕ちんが認証したものしか顕現し無いはずさ。なのにどうしてユーは銃を、いや、持ってたんじゃないな。どうやって僕ちんの『世界』に干渉した?」


 急に大人びた、背筋がぞくりとするほどの声色で男の子は言った。


「ここで俺だけがしゃべるのはフェアじゃないと思わないか?確実に、俺は巻き込まれただけなんだろうからそれぐらい説明してくれてもいいんじゃないか?」


 俺がそう言うと、男の子は少し考えこむような仕草をしたが、直ぐに俺に向き直った。


「良いだろう。だが、その前に、だ。こんな血なまぐさい場所は僕ちんには合わない」


 男の子が指をパチンと鳴らすと、辺りの景色が質素な家から、絢爛豪華な部屋へと切り替わった。本当に、テレビのチャンネルが切り替わったかのように一瞬で切り替わったのだ。男の子は部屋の中心に鎮座する円卓に付き、俺たちにも席に着くよう促した。俺とミアは顔を合わせ、慎重に席に着く。


 俺たちが席に着いたのを見て、男の子は足を組み、口角を釣り上げて嗤いながら言った。


「それじゃあ、僕ちんの事をユーたちに少し話してあげようじゃないか」

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