生徒会室へ
さて、俺が厄介であると生徒会長が発言したこと、それが妙に引っかかる。そう、昨晩喉に刺さった魚の小骨位引っかかる。
何故七山生徒会長は俺の名前を知っていた?入学式終了の時点では未だ有象無象から選別されたばかりでしかなかった俺の名前を。いや、それは百歩譲ってまだ良い、ロッカーに俺の名前のネームプレートが貼ってあったぐらいだ、特別クラスへの編入が決定した新入生の顔と名前を把握するぐらいのことは出来てもおかしくはない。
だが、何故俺のコトを知っている?未だ第一次関門を通過したに過ぎないであろう状況に置かれている俺たちの中から俺だけを危険視したのか。
「随分と長考しているようだが、着いたぞ。ここが生徒会室だ」
歩きながら考え込んでいた俺に声をかけると、七山生徒会長は勢いよく生徒会室の扉を開けた。
「待たせたな、新入生を捕獲してきたぞ」
七山生徒会長はそう言うと、中へと歩を進める。七山生徒会長が部屋に入ったことで、俺もようやく生徒会室の中を見ることが出来た。
―――やばい、ここはやばい。
中を見るや否や、俺の背筋に冷たい電流が走った。いや、中を見るや否やではない、中からこちらを向いている二人の人物の視線を感じた時からだ。
片方は細くきりりと上がった眉に切れ長の眼でこちらを品定めするかのようにみている美丈夫。
もう一方は、にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべている美女。
二人とも制服を着ていることから、うちの生徒であろうことは分かる。なんの変哲も無さそうな二人から視線を送られているだけなのだが、依然として俺の背筋には電流が走っている。否、何の変哲もないという事はないだろう、あの人外な生徒会長の下活動している生徒会のメンバーなのだから、この二人も少なくとも人外なのだろう。
「入り給え、生徒会は君たちを歓迎しよう」
切れ長の眼をした美丈夫が立ち上がリ言った。立ち上がったことによりその高い身長とすらっと伸びた四肢が強調される。だが、それよりも異彩を放っていたのは腰に当たり前のようにあったそれである。
「…部屋に入る前に一ついいですか?」
「なんだね」
「その腰にある者は真剣ですか?」
「当たり前だ。模造刀を腰に差したままの者など居るまい」
―――いや、真剣腰に差してるやつも居ないんだがな。まぁいい、恐らくこれぐらいのことで驚いていたら心臓がもたない。
俺は自分に言い聞かせるようにしながら、深呼吸をしつつ部屋に入った。
部屋の内装は意外なほど質素で、多くのバインダーがしまわれている棚、数台のデスクと、その上には旧型のブラウン管モニタのパソコンがある。それ以外には段ボール箱が数箱あるが、それも書類がしまわれているぐらいだろう。
「歓迎しよう、我が生徒会執行部に」
周囲より一回り大きく、ひじ掛けのついている椅子に座り、足を組んで――そう、ありふれた権力者座りをしながら、七山生徒会長は言った。その態度は傲岸不遜であったが、その仕草に全く違和感はなく、寧ろ似合っていた。
「なんだ、この期に及んで入らないという気か」
何も言葉を発しない俺たちに対して、七山生徒会長は少し不服そうに言い放つ。その瞬間、周囲の空気が針山のように鋭くなった。
「片倉書記、先程から発している殺気を仕舞え。チクチクと煩わしい」
七山生徒会長がそう言うや否や、先程から感じていた背筋の寒さが無くなり、周囲の空気が軽くなった。
「…ですが会長。会長御自ら勧誘に行かれたというのに、生徒会に入らないというこの者たちは――」
「きっちゃん、まだこの子たちはなぁんにも言ってないわよ?ナナちゃんが勝手に勘違いしてそう言っただけで」
片倉書記の話を遮ったのは、先程顔に人当たりの良い笑みを浮かべていた美女だ。彼女は片倉書記にまるで子供を叱るような口調でそう言うと、次に七山生徒会長の方を向いた。
「ナナちゃんもナナちゃんよ。そんなに威圧感いぃっぱいで言ったら何も言えないわ」
「…確かに桃嶌副会長のいう事も一理あるな。――申し訳なかった」
七山生徒会長はあっさりと自分の非を認め、謝罪した。それは良い、それに関しては良いのだが、それを見た片倉書記があからさまに俺に敵意を向けた眼を向け始めたのだ。
―――やめてくれ、俺のは戦闘向けじゃないんだよ。
「いえいえ、話しかけて頂いているのに返事をしなかった俺たちの不備です。こちらこそ申し訳なかった」
「いや、良い。それよりも、だ。生徒会執行部に入ってくれるな?」
「…もとよりそれ以外の選択肢はないんでしょう?入りますよ。ただ、入るのは俺だけに――」
「やります!」
先程から全く口を開いていなかった美神さんが、勢いよくそう答えた。
―――まじか、意外だ。先程まで全く一言も発しなかった美神さんが。
「ほう。その意気や良し。では早速入部届を書いてもらおう」
七山生徒会長はそう言うと、自分のデスクから二枚の紙と二本のボールペンを取り出した。
「これにサインしてくれ。あぁ、名前と所属クラスだけでいい」
俺と美神さんは会長のデスクへと向かい、書類にサインをした。