冒頭
学校。これを聞いた時、君はどのように感じるだろうか。
青春を謳歌する場所?
友達を作る場所?
社会に出る前の予行演習?
否、学校とは闘争の場である。同学年、同級生、同校生と競い合う場である。
君たちは勉学に励むことは勿論、隣人と競い合い、自らを高めあえ。
先程から体育館で、椅子に座らせるわけでもなく、只々整列させ棒立ちさせられている二百八十名の新入生たちに向かって、物凄く前時代的な演説を終えると、理事長は壇上から降り、席へと戻った。とても前時代的な内容であるが、この私立鳥山学園においては、それは絶対的な正義なのである。
「続いては、生徒会長挨拶です」
厳格そうな雰囲気を漂わしている司会の教師がそう言うと、一人の女子生徒が立ち上がり、壇上へと向かった。
「七十七代目生徒会長七山七瀬だ。えー、まずは新入生諸君。――可哀そうに。このように原初的な闘争と競争しかない学園に夢のある若者である君たちが入学したことを、私はひぃじょぉおおおおおに、残念に感じている。だが、もうここまで来たら後には引けん。それで、諸君らには、この学園で生きるうえで――比喩表現などではなく、本当に死なないようにと言う意味での、だが。大切なことを伝授しよう」
生徒会長はそこまで言うと、大きく息を吸った。
―――不味い、何かが絶対に不味い。
俺は反射的に耳を塞ぎ、その場でしゃがみこんだ。
「せいぜい死なんように頑張れ!!!!!!」
その時、音の弾が俺の頭上を通り過ぎた。否、比喩表現などではなく、本当に音の弾が、だ。耳を塞いでいても、その音弾は蝸牛を直接揺らし、俺の脳を激しくスパーリングした。そしてあろうことか、その音弾は只々棒立ちしていた新入生の多くを体育館のはるか後方へと吹き飛ばした。
「――ろー、はー、とおー。ふむ、今年の新入生はなかなかの粒ぞろいのようだな。残った諸君、君たちは幸運だ。おそらく、生きてこの学園を卒業することができるだろう。まぁ、せいぜい死なんように励め。――以上、生徒会長挨拶」
生徒会長はそう言うと身を翻し、席へと戻った。
―――なんだったんだあれは。化け物じゃないか。
半ば放心状態であった俺だが、何とか立ち上がり辺りを見渡すと俺以外にもその場にいる者が九人いた。だが、しゃがんだのは俺だけだったらしく、他の九人はその場で立ったままであった。あれほどまでの訳の分からないことをできる生徒会長も生徒会長だが、あの音弾を受けてなお立ち上がっていられる彼ら彼女らもまた化け物なのだろう。
「えー、残った君ら。そう、君らよ。君らは後ろの方で伸びてる子らと違うクラスに、具体的には八組に行ってもらうから」
司会の教師は、先程の厳格な雰囲気から一転してけだるげにそう言うと全員にボールペンサイズの鍵のようなものを渡した。
「それ、君らの個人ロッカーのカギ。中に教科書とか入ってるから。――えー、んじゃま、入学式閉会しまーっす」
司会の教師はそう言うとそそくさと体育館から退出した。周りを見てみると、司会の教師以外の教師たちや生徒会の面々は既に退出しているようだった。
「あのぅ、良かったら一緒に教室行きませんか?一人だと不安で」
これからどうするべきかと考えながら立ち尽くしている俺に話しかけてきたのはショートカットの少女だった。否、少女と表現するのは些か言葉不足である。彼女を表現するのに少女という言葉は言葉不足であろう。 「あの」 そう、例えるのであれば花畑の中に突如舞い降りた天使。いや、美天使である。女神と 「聞こえてます?」 呼称するには少し色気が足りないが、彼女を表現するには 「あのぉ…」 美天使という言葉が少々役不足であるほどには彼女は美しかった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、頭も体も調子最高だ。そうだな、俺も一人で校舎をうろうろするの不安だったし、ありがたいよ。俺は御手洗叶。よろしくな」
「はい、よろしくです。私は美神美姫って言います」
美神さんはそう言うとぺこりと可愛らしく礼をした。
「君さ、もしかして親族にケバい服装してすっごいお金好きなねーちゃん居ない?」
「はい?」
「いや、なんだ。こっちの話。行こうか」
俺はそう言うと、体育館の出口の方向へと歩を進めた。