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最終章第9話 護衛任務

 レジ袋に包まれた購入したノートを右手に、マンションに帰ったリーフェルトがポストを覗けば、一枚の封筒が見つかりそれを手に取る。


 差出人も宛名もなにも書かれていないそれに首を捻ったが、のり付けされたそれを切って中身を見て察した。

 自分が元恋人にプレゼントした、ヴァンパイアの羽に宝石がはめられたペンダント。


 また封筒の中身に目を落とすが、入っていたのはそれだけのようで、重い溜め息が唇を割って落ちていく。



『君との結婚のこと。前向きに考えようと思っている』



 沖縄旅行で泊まったホテルのテラスで頬杖を突き言った彼女の横顔が甦る。



(言いたいことも、話したいことも、何もないのか……)



 結婚を意識し合った仲なのに、やはり彼女はそこまで自分のことを想っていなかったのか。


 そう一度思って、すぐにリーフェルトはそれを否定する。



(何も考えていなかったのは、僕だ――)



 自分と釣り合うために学業に力をいれた彼女。それでも結婚という二文字を簡単に口に出さなかった彼女。

 結婚という重みも、なにも考えなかった。真剣に考えてようやく答えを出してくれた彼女に、応えなかったのは自分だ。



(でも、彼女は一人じゃないから、大丈夫……だよね。こんな僕より、コフィ君がいるから――)



 女遊びはひどくとも、歩花のような素敵な女性ならきっと大切にしてもらえる。改心だってするだろうと、よく知りもしない男にせめてもの期待をかけながらリーフェルトはマンション一階のエレベーターに乗り込んだ。













 土曜日――十五時半。東京都港区、高級住宅街。


 そのうちの大きな一軒家。

 だだっ広いリビング。贅沢な部屋に相応しくない、半ばげんなりとした顔の『辰弥』の姿をした歩花とガートルードが、白シャツに黒パンツの簡素なフォーマルスタイルで部屋の壁際に立っていた。


 二人の目の先には、豪華なソファとチェアーで六人の女子たちと戯れ合う三人の男たち――と、プラス男女一組。というのは、キャッキャとしなだれる女たち六人に挟まれハーレムを楽しんでいる三人の男の他、一名の男子は七人目の女と一対一で会話を弾ませていた。


 そこにちらちらと目につくのは見知った顔。ハーレムの中にいるシュガーと、まさかの再会となってしまった、二年の時に星野尾双子と初めて手を組み対決したエイベル・ウェイン。そして少し離れたソファでクラシックについて語り合うミリーと真優の顔だ。



<……今襲いかかってこねえかな>

<耐えろ。依頼された立場だ。それに、真優もいるからな>

<わってるよ……>



 さて……何故二人がこのような状況に置かれているのか、だが。

 歩花が学業から離れて退魔の仕事を本格的に始め、退魔師の協会本部から始めての歩花への指定依頼が来たことがそもそもの始まりである。

 協会の指定から与えられた仕事をこなせば、その退魔師の名と株は大きく上がる。チャンスがきたと喰いつけば、仕事当日に共に働くパートナーの情報が後日送られてきた。

 一体どんな人物と仕事をするのかと添付されたファイルを開けば、見慣れた名前と顔に暫しパソコン画面を凝視したものだが――どうやら、ヴァンパイアとの戦い後、ガートルードは退魔師になる申請を協会に出していたらしい。(確かに沖縄旅行のとき、自分も退魔師になりたいとか言っていたが冗談だと思っていた。まさか、本当に申請するとは)



(狙われている立場で、なんともまあ、呑気なことだな……)



 もののけの類いに命を狙われているので護衛せよとの、説明がなんともふわっとしすぎて曖昧な任務。

 だが今回のパートナー以上に歩花にとって予想外だったのは、今回の依頼主だった。ハーレムの中カラカラと笑っている、自身をアミュレットと名乗った、小麦色の肌に映える赤髪の少年。夢魔の世界の王候補の一人――王子、ということらしい。


 彼もここで留学生活をいつからか送っていて、シュガー、ミリーが来客するということで久々に親友と羽目を外したいだろうと、今回王子の力フル活用でエイベルを引っ張ってきたとかなんとか……幼少の頃から貴族平民という立場もあり犬猿の仲であったというガートルードにとっても嬉しくない仕事だ。



「おい、平民。なんか飲むもん持って来い」

「……ぁ゛?」



 エイベルに声をかけられたガートルードが露骨にイラッとした面になったのを意識干渉で歩花は制した。

 代わりに彼女が静かな面持ちを即座に作り、



「恐れながら、依頼主の私物に僕達が必要以上に触れることは許されておりません。信用問題に関わりますので」

「持って来いっつったら持って来いよ。俺たちがいいっつってんだ」

「使用人を呼べば――」

「持って来い。茶色の瓶、人数分な」

「……わかりました。ランフランク。手伝ってくれ」



 エイベルとの会話の最中歩花の声を遮り横から命じてきたアミュレットに、歩花はため息を押し殺してガートルードを肩越しに見やる。



「……」

<少しここを離れて頭の血を下ろせ。飲み物を運んだら、武器の手入れをしたいと言って別の部屋で待機させてもらおう>



 納得できない顔をしている今日限りの自分の相棒をなんとか宥め、廊下を歩いているメイドに冷蔵庫の在処を尋ねた。



<しっかし、何考えてんだ? あいつ。命狙われてるってーのに関係ないやつらゾロゾロ集めやがって。頭おかしいんじゃねーの>

<真優は魔の怖さを知っている分早々に帰ってくれるだろうが。他の女性たちには上手く言って夜になる前に帰ってもらうしかないな>

<もしもの時は、女どもが優先だろ?>

<……そうしたいが――依頼主の身の安全も任務のうちなのは当然。まあ、僕たち二人でなんとかできる敵ならいいが。僕たちでまず正体を突き止め、退治できないなら他の退魔師に任務を任せるってところだな。退魔師になりたいなら、私情を殺せ>



 自分とガートルードが様子見役として選ばれたのは、まあ仕方がないことではあると歩花は理解はしていた。

 夢魔の援護は同じ夢魔同士で。同じ種族同士は力が効かないから、依頼主の夢魔が悪戯に誘惑などのちょっかいを退魔師にかけても面倒なことにならないようにとの配慮だろう。



<依頼主の評価か、そのままお上の人間たちからの評価に繋がる。

 しかも僕たちは人間じゃない。いつどんなとき、どんな事情で人間と敵対するかわからないというリスクを背負っている分、人外の退魔師たちへの目はかなり厳しいものだ。

 赤目のヴァンパイアをサシで倒したというのは大したものでも、それと信用できるかは関係はない>

<それじゃ、なんで俺たち二人だけなんだよ>

<僕が退魔師の人間を義父に持つからだろう。僕自身、人間さよのために戦ってきたという戦歴もある分評価は高い方だ。だから、僕がランフランクを監視しながら任務をこなす。

 しかし初任務のパートナーが僕とは、ランフランクはまだマシな方さ。退魔師は数が少ないからどんな人間と組まされるか、まったく予想もできないのが普通だからな>



 気にくわない人間を守らねばならないときもある。合わない者と組まされることもある。うんざりしたって、仕事だと割りきらねばならない。

 小夜を守るために陽人と組んでも二人ではどうにもならないときは応援者を協会に頼んだときは何度かあり、面子は毎回バラバラで、やはり良くも悪くもいろんな出会いがあったものだ。



<だから今回の任務も、いい勉強だと思え。ランフランクなら、まあ、すぐに心配はなくなるだろうが――>

<……なんだよ。だろう『が』ってのは>

<星野尾里央も、協会に申請したようだ>

<お。マジかよ>

<仕事があるから、片手間にはなるだろうけどね。

 彼は人の好き嫌いがある分、ランフランクより心配だな……>



 里央は常識人で真面目すぎる性格ゆえに頑固すぎる。

 ある意味コミュ障ともいえる彼の心配をひっそりとする歩花だった。








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