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最終章第6話 彼女の勲章

「すみません、送ってくださってありがとうございました」

「随分遅くまで付き合わせてしまったね。親御さんにも迷惑をかけてしまって――私が着いていかなくても大丈夫かい?」

「ええ。今は家に母しかいないので……母なら話せばまだわかってくれますし」

「そうか……申し訳なかったね」

「楽しかったです」



 ロシューとの会話の後歩花は最寄り駅で止められた黒塗りの高級車から軽やかに降りて、コフィ家の運転手のジョエル、料理人のサリエ、シュガーとロシューに手を振った。



「……っと――」



 ふと思い出して左手の薬指にはめられたままになっている指輪を、右の薬指にはめ直す。

 シュガーからもらった、金色の猫顔の型が飾られたゴールドの指輪。誰がどう見ても何百円単位の子供向けの玩具のような品だが、自分にとっては特別な物である。



(『ありがとう』――か)



 見返りを求めるだなんて愚かなことだと思っていたが、頑張ったことや善意の行為が認められ反応が予期せぬところで降ってくると、やはり嬉しいと思う。


 指輪という品であるだけに恋人には少し悪い気がするが、別にシュガーと二人きりというわけではないし、彼の父、サリエ、ジョエルも巻き込んだことだし、この報酬に何も後ろめさを感じることはないだろう。



 充実した一日を過ごした達成感で胸を満たし、歩花は一人帰路を辿る。


 ようやく家に到着し、心地よい疲労感を癒そうと自宅のドアを開けた。












 あの夜を過ぎても、引き続き恋人からの既読の付かない日々が三日と続いた。

 自分からのLINEだけでなく、陽人や小夜からのメッセージにも既読が付かないらしく、いよいよ皆と養父の左一らと歩花の姿を木曜日から探し始めるが、未だ見つからない。


 何か聞いていないかと小夜が真優から聞き、上手くシュガー、ミリーたちから引き出した情報によれば、歩花は仲が上手くいっていないコフィ親子の助けになろうとしてあの場に一緒にいたという。更にコフィ側の他の夢魔たちも一緒だったということから、浮気をしていたという線から大きく外れる。

 ミリー曰く、まだシュガーとその親ロシューは歩花の正体に気付いていないようだということだった。


 それを耳にした左一と茜の顔は蒼白だった。

 動揺していたリーフェルトからの通話からの短い情報から、てっきり二人は不貞を犯したのだと判断し、帰宅したばかりの歩花の顔に痣が残るほどの鉄鎚を下して揃って怒鳴り付け、家から彼女を追い出したというのだから――。


 

『学校に退学届けを出しておいてください。

 もうご迷惑をかけません。リーフェルトにも、けじめとして別れると伝えてください。ごめんなさい』



 近くに住む退魔師たちや千葉の早海にも呼びかけ、歩花に羽があることも考慮し大阪の狭山、リンドウらにも彼女の失踪を陽人が知らせる。リーフェルトも城兵たちに呼びかけたりなどしているが、化ける気力を無くしても狐姿のままで数日間朝から夜まで駆け回っていた養母の茜がとうとう昨日の朝倒れたという。



 土曜日の朝、歩花を捜索するため二階堂家にやってきたリーフェルト、陽人、小夜、真優がチャイムを鳴らそうとした瞬間、庭の方からガラスが割れる大きな音が聞こえ、四人は慌ててその場へ集う。


 ガラスの破片に横たわる左一。それを、女装の魔法使いハロウィーンが冷めた目で見下ろす。彼に駆け寄ろうとした狐姿の茜に、彼はすかさず片手に持っていたロッドで透明な壁を張り彼女の行く手を阻んだ。



「何を――」

「誤解で追い出した娘をすぐに追いかけようともしなかったのにか?」



 無感情に静かな素の声に、茜は反論もできず黙り込む。



「そこのボンクラはイイトシした親父だってのにちょっと吹っ飛んだくらいで大慌てか? 娘はたった十七だってのに、ったく。行方不明なのが子供じゃなきゃ手は貸さないんだが……」



 ハロウィーンは一度二階堂家の二階に上がり、何かを片手に抱えて再び戻ってくる。



「相変わらず物が少ない部屋だったんでな。これしかなかった」



 そう言って彼は歩花のベッドに置かれていたであろう枕を和室へ持っていく。



「お前……あいつの枕なんてモン、一体どういうつもりで――」

「うるせえ黙って見てろ。なるべく他人の匂いがない物のほうが探りやすい」



 引き気味の左一に吐き捨て、ロッドをひと振りして歩花の居場所を魔法で探った。










 一方――安いビジネスホテルのベッドに横たわり、ぼんやりスマホをいじる紫髪の少女、歩花。数日経っても養父に殴られくっきりと残った左目の痣をそのままに、彼女は口の中で呟く。



「明後日、月曜日……金曜日……」

 


 それは自分が引き受けた退魔の仕事の予定である。

 自分の退魔師の報酬が届く口座は親のものと分けてあるし、格安スマートフォン料金も自分で払っているのでスマホショップに行く必要もない。

 しかしまだ完全に自立するには難しかろう。将来退魔師一本でやるならリスクの高い仕事をこれからこなして自分を売り出さなければ。



(あとはバイトと住む場所……)



 悩むところは、それである。ネカフェのほうが安いのでそちらに行こうも、退魔道具が大物なのであの狭いスペースには持って入れない。

 腕っ節なら負けないのでセキュリティが雑でも入れるボロアパートを探してなんとか入居を決めなくては貯金はすぐに底をついてしまう。


 なんとか他に仕事を探さなくては。とはいえ学校は高校中退、まともな職には就けない



「……家出の、しかも高校中退した女が金を稼ぐ……」



 援助なんとか。いかがわしい接客。

 親から絶縁された今清い女子であれという母親の監視下にないのだからもう自分の自由だとわかっていても、そこまでして生きたいかと考えたら首を捻りたくなる。

 もうここで死んだほうがいいのではないだろうか。



 重いため息を吐き出してスマホを放り、歩花は仰向けに寝転がった。



 別に、これでよかったのだ。

 どのみち人間としていつまでも生きられるわけではない。学歴なんてどうだってよくなる日が絶対に来る。

 養父も養母も二人きりの新婚生活を遅くもようやく送れるのだから、自分なんていないほうかいい。



 歩花は自分の右の薬指を飾っている、猫の指輪を薄汚れた天井に翳す。



 養母の提案で幼い頃初めてあの遊園地に家族三人で行ったとき、土産屋に並ぶこれによく似た指輪に強く惹かれた。だが養子という立場からなかなか買ってとは言い出せず、土産屋を出てすぐ養母の具合が悪くなったことから、遊園地に家族で行くことは以来なかった。


 久しぶりに訪れた遊園地の土産屋で苦い思い出しかなかったこれを懐かしく見つめていたところを、どうやらシュガーに見られていたようで、この指輪を『礼の品』としてプレゼントしてくれたのだ。



(これと、母さんの退魔道具かたみが残ってくれただけでもいいよね……)



 たかが玩具であったとしても、これは自分の金メダルのようなものだ。

 自分がした行いの反応が礼として返ってきた時の喜びは、今の彼女の励みになっていた。










「おら、行ってこい。謝って抱き締めてやれ」

「謝るだけでいいだろうが」

「そんなんだからお前――」

「黙ってろ」



 左一はホテルの一室の前に立ち、神妙な面持ちでドアを暫し睨む。


 彼から大きく離れた彼は何度か拳を上げる、下げるを繰り返した後、ついにそのドアを叩いた。



 相手を不審に思っているのか、ドア一枚の向こうにいるらしい娘は扉を開かない。

 沈黙に耐えきれず再び叩けば、長い間の後でドアはゆっくり開いたかと思うと、ホテルの備え付けのU字ロックに引っ掛かった。



「……」

「……よう」



 冷たいロック越しに目が合い、つい無愛想な挨拶を左一は義理の娘にかけてしまう。



 左一を見上げた歩花は、何も話さない。

 すぐにドアからその手を離し、ドアが自身の重さで自然と閉まろうとしたのを慌てて左一はそれが閉まらぬように留めた。



「歩花、ちょ……歩花!!」



 最初は怒って閉めようとしたのかと思いかけた左一だったが、背中を自分に見せて小さくうずくまった歩花を見て、そうではないのだと頭の中を切り替えた。





 殴られた衝撃と怒鳴り声が、歩花の頭の中でループし過去とリンクする。

 過呼吸発作を起こした彼女は、慌ただしい養父、養母、友人たちの足音から背を向けたまま息苦しさに堪えた。










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