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最終章第4話 それぞれの家の事情

 そろそろ外出しようという時になってインターフォンが鳴り、リーフェルトは何かの勧誘かと首を傾げながらもモニターを見た。



「……はっ……!?」



 映ったのは、まさか、人間世界にいるはずのない実家である異世界での見慣れた顔。

 慌てて下階のロックを開けてやり、玄関で待ち伏せては部屋に訪れチャイムが鳴り響くや否や、玄関のドアを開いた。



「アゼリア兄さ――……?」



 長兄の顔に、一体どうしたのかと問う前に気付いた、彼の腕の中の何か。


 赤ん坊だ。相当小さい。



「……産まれたのでな。少し顔見せに」

「産まれた……?」

「八月に言っただろう。んん……? ああ、夏休み中は俺が忙しいから会えなかったんだった。

 アーサとの間に産まれたお前の新しい姪だ」

「……えええ!?」



 アーサとの。ということは、アゼリアの側室の女性との子か。


 正室とは男三人、側室とは男一人だったので、初めての女児だ。



「今、時間はあるか?」

「いえ、大丈夫です!」

「過ごしやすい気温だな。日本はこうなのか?」

「今は秋なので、良い時期ですね……その子は何ヵ月ですか?」

「三ヶ月だ」



 たとえ何人目であっても、出産とはめでたい話だ。それが誰より尊敬する長兄ならば尚のこと。わざわざ顔を見せに来てくれたのだから、掃除はしていないが良い紅茶くらいは出さなければとドアを閉め、鍵をかけた。



「紅茶を淹れてきます。兄さんが紅茶を召し上がっている間は、子供は僕が見ているので」

「いや、すぐに帰るさ。お前は他人に自分のペースを乱されることを嫌って避けるからな」

「そんな。兄さんが来て迷惑なんてことは」

「兄弟だからこそ、遠慮をするなと言っている。

 お前は安定と不変思考だからな。しかし将来俺の手伝いをしたいというなら、もっと適応力を身に付けてほしいものだな」

「適応力、ですか」

「俺たちに対する、ではないぞ。外だ。外部からの刺激、他種族に対してだ。

 皆簡単に根元の性分は変えられないからな。価値観を変えようと思うなら頭の柔らかい今のうちだ。お前は同じ種族相手ならまだいいが、保守的故にレイシストとまではいかなくとも、異種族に対して偏見を持ち、距離を取る傾向がある。内と外の区別をしっかりつけるように努めろ。誠実に接するべき相手を間違わぬようにな」

「善処します。しかし折角ですから、お茶の一杯くらいは――」

「……そうか。お前の負担でなければ、甘えよう」



 リーフェルトがソファを兄にすすめて、キッチンに立つためにポケットの中のスマホをソファ近くにあるテーブルに置いた。


 主が何処かへ行った後に、置き去りにされたスマホが震え、姪を見ていたアゼリアの目を引いた。











『今どこにいるの』 



 LINEに送ったメッセージに既読が付かないことに、歩花は溜め息を吐き出す。


 オフショルダーのホワイトニット。屈んだらすぐに見えてしまいそうなスカートにニーハイブーツ。

 リーフェルトを喜ばせようとリリアーヌが好みそうな服を模索して勇気を出して着てみても、見てもらえないのでは何の意味もない。

 いつもの服装でなければやはり『サキュバスらしい』と嫌がられてしまうかと不安になったが、彼のために折角買ったのだからと、露出の高い服は今日で最後にしようと決めて頑張ったのに。



 慣れない服のせいで初冬の風に身震いし、小さなくしゃみを一つ口から漏らす。

 もう一時間近くになるというのに、何かあったのだろうかと辺りを見回した。待ち合わせ時間前には必ず来ている彼なのに。



「……またお兄さんでも来たのかな」



 家の付き合いならそれは仕方ないことだ。彼の家は一般とは違うのだから――と理解はしてやれるが、もうそうならせめて連絡の一つくらい入れてほしかったとも思う。

 しかしそうでなければ、今頃何か困り事でも……? だが、きちんとしている彼のこと、LINEの一つや二つはくれるだろうし。



「あのぉー」



 気さくな調子の声を右耳で拾い、歩花はふとそちらを見る。少し年上らしい男がこちらを見ていた。どうやら自分に声をかけたらしい。



「君、さっきからずっとそこにいるよね」

「……はあ」

「連れが来ないの? 約束すっぽかされちゃったみたいな感じ?」



 初対面の人間に何故そんなことを心配されなければならないのか。また、『ええ、そうです』と返す必要性も見つからず、歩花はポーカーフェイスを貫きながら代わりに無言を返す。



「ずっと待ってて寒くない? 風邪ひいたら大変だし、そこで俺とお茶しながら待たない?

 カウンター席だったら、連れが来たらすぐわかるでしょ」

「……いえ。大丈夫です」



 どうやら親切心からというわけではなさそうだと、やんわり断る。

 何故ならこの男、歩花の顔と胸を忙しなく交互に瞳を往復させている。


 ナンパというやつだろうか。生まれて初めてのことで戸惑うが、隙は見せられない。図に乗られたら厄介だ。



「お構いなく。好きでここにいるので」

「……ふうん? いいんだ、折角心配してやってるのに」

「……?」

「俺実はゾク上がりの仲間がいっぱいいてさあ。これから会う約束してるんだよね、ここで」

「そうですか」



 下らない脅しだと心の中で失笑する歩花。

 ゾク上がりといえども所詮は人間の群れだ。退魔師として幼少から養父に鬼のように鍛えられ、多くの魑魅魍魎を相手にしてきた彼女にとって、ゾク上がりなど何の効き目もない肩書きだ。

 集団で来られたとて、半ヴァンパイア化していなかった中学時代の自分にさえ劣るだろう。


 ゾク上がりの人間の集団よりも、従兄のセノフォンテやその悪友であるケヴィンのほうが確かな権力を持っているだけに恐ろしい。特にケヴィンは、ナルシストで気楽そうな表の顔には似合わない、夢魔の世界では裏社会を握る本物のマフィア家系だというのだから人は見かけによらない。かつて肥満体形だったセノをダイエットさせるため本物の銃を片手に一日中ランニングさせたなんて話もあったようだ。(足を止めたり減速したら本当に発砲してきたらしい)

 心底セノやケヴィンが味方側で良かったと常々感じる。



「なにスカしてんの?」

「私はここで連れを待ちますので。ああ、もしそちらの連れが先に来られましたら、どうぞ気軽に声をかけてください」

「はあ……?」



 丁度良い。彼とその仲間で今までの鬱憤を晴らしてやろうと歩花は彼に目を合わせないままひっそり企む。


 半ヴァンパイア化した自分では人間と喧嘩したところで思いきりはできないだろうが、まあまったくスッキリしなかったなんてことはないだろう。相手はゴミのような男たちだ。

 できるだけ大人数で来てくれたら嬉しい。それなら少しやり過ぎても正当防衛だ。……などと考えていた時だった。



「やあ、すまないね。待たせてしまって」



 また気さくで穏やかな声。

 振り返る前に肩を何者かに抱き寄せられて、不意討ちを受けたような気分に歩花はなる。

 顔を上げると、いつの間にか自分の傍らに立っていた、ブロンドの髪をした外国人。若々しい中年男性だ。彼は歩花を見下ろして優しく微笑み



「運動不足だからたまには歩かないとと思って来たんだが、すっかり道に迷ってしまった」

「えっ……と」

「君は? 私の娘のオトモダチかな?」



 にこやかな外人の笑顔に毒気を抜かれたような顔をして、目を向けられたナンパ男は「いえ。道を聞いてただけっす」とさらりと嘘を吐いてそそくさどこかへ去っていく。


 嘘をつけと吐き捨てたい衝動を抑えこんでいた歩花の肩を、あっさり中年男性は解放して「大丈夫かい?」と彼女を気にかけた。

 父親のふりをして助けてくれたのだろう。そう察した歩花は頭を深く下げて男に礼を述べた。



「いやいや。怖かっただろう? 偶然通りかかってよかったよ」

「……うふふ……」

「これからデートかな? 気合いを入れるのはいいけれど、肌をあまり見せすぎないようにね、お嬢さん。特に、女性は身体を冷やしすぎないように」

「はい。気を付けます」



 まるで優しい父親の見本みたいな男性だ。自分の胸をちらりとも見ないし、もし子供がいたらきっと素晴らしい父親なのだろうと、どこか感動のようなものをじーん、と覚える。



「あの。助けてくださったお礼などできれば良いのですが……」

「いや、当然のことをしたまでだよ。お礼なんて……――」



 とまで口にしたところで、男性はハッ、と何かを思い出したかのような表情の後でみるみる深刻そうな雰囲気を纏い始める。


 一体どうしたのかと一変した顔色を見守っていると、男性は「はは……」とばつが悪そうに力なく歩花に笑い、



「……じゃあ。手伝ってもらおうかな」

「……?」

「実は、まあ……道に迷っているんだ」











 約束を思い出し、きりのいいところで兄が帰ったのを見送ってすぐにリーフェルトが待ち合わせ場所に着いたのは更に一時間後。


 息を切らして恋人、歩花の姿を探すが見つからず、LINEにメッセージを送っても付かない既読に電話をかけてみる。



(出ない。……歩花――)







 同時刻――



 上等なソファにかけてメイドから紅茶を頂きながら、歩花は目の前の光景を黙って見つめているのみ。



「……で。一体何しにしたわけ」

「遠くで留学している息子の様子を見に――ね」

「連絡なしで来んなよ、うざ」

「連絡したら逃げるだろう、お前」



 溜め息まじりの男の科白に対し鼻を鳴らすのみ、父親に目を合わせようともしないシュガー・コフィと、その父であるロシューと交互に瞳を左右させる。茶葉から抽出された本格的な紅茶は香りも良く美味しいのに、どこか殺伐としたその場に、彼女はバッグの中のスマホはおろか、目の前に出された茶菓子にさえ手を出せずにいた。









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