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最終章第20話 婚約候補

 本当は彼女の前からもう、逃げたくなかった。抱きしめて詫びてやりたかった。それでも自分はまた、歩花の前から消えた。彼女の部屋から、出ていくしかなった。


 そして彼女のアパートの近く――茫然と彷徨っていてたまたま通りがかった寂れた公園の入り口で、なんとなく立ち止まる。



『同じヴァンパイアだから!! 君はいいよね、家族やみんなに愛されてるから!!』



 種族が違う。育った環境が違う。自分はヴァンパイアで、王族という縛られた中でも両親、兄姉たちに愛され孤独など知らずに生きてきた。恵まれた自分が、一体どんな共感を彼女に囁き、どんな腕で彼女を抱きしめればいいのだろう。それを思った時、かえって傷つけてしまうことに躊躇した。



『私は生きてるだけでいやらしくて気持ち悪いから!!』



 せめて『そうじゃない』と、何故あの時言えなかったのだろう。そう悔いてはいても、




『ディープキスがしたい』




 そう言われた時、サキュバスであることを意識してしまい、冷めた自分が刹那でもいたという事実が、自分の開きかけた口を制止した。




『なにか望みがあるなら、やっぱり素直に言った方がいいよね。本人のためにも、他人のためにもさ』




 ぼんやり寝室の学習椅子で思い出したのは、自分の家のリビングで映画を観た後の彼女との会話。




『そういうことを簡単にしようとか。そういうのはやめた方がいい』


『……それは、わかってる。君の性格も理解したい、けど。今日だけ。一回だけ、それだけでいいの。お願い……』



 顔を両手で覆い隠した。彼女を何も言えない女にしたのは、サキュバスへの偏見に汚れた自分だった。彼女の理由をきちんと聞いて、考えてやるべきだったのに。歩花と付き合うことで偏見は自分の中でとうに消えたと思い込んでいたが、結局心のどこかで蔑視していた自分が情けなくて恥ずかしい。

 彼女を死なせたくない今の望みが自分のかつての過ちで潰される様を、痩せて弱っていく彼女を直視することで見続けている。

 これは、自分に降りかかった罰なのかもしれない。


 

(……罰か……)



 そこまで考えてから、リーフェルトは踵を返す。今度は彼女のアパートに爪先を向けて。


 これがもしも罰だというのなら。自分は今、逃げだすべきではないのではないか?

 だが、一体何をしてやれるだろう。より彼女を傷つけてしまうかもしれないのに。



(……そうだ。他の人に頼んでみるのは――)



 彼女の幼馴染、中学時代からずっと一緒の陽人や小夜、真優ならば歩花の助けになるだろうと思い立ち、電話帳のアプリを立ち上げスマホに耳を当てるリーフェルトだった――が。アパートに戻った彼が、泣き疲れてしまったのか、血だまりの中でいつしか眠りについていた歩花の腕を手当てしベッドの上に運んでやったのは数十分後のことだった。

 帰路を辿っている間、その時自分がどう歩いてどう帰ったかなどまるで思い出せないほどに繰り返されたのは、先程電話で交わした陽人との会話だった。




『……歩花がそうやって死にたいなら、それでいいんじゃね』

「え――君は……歩花の元相棒で……」

『だから?』

「……だから……?」

『俺じゃああいつを女として面倒みてやれねえって、何べんも言ってるだろ……』

「そういう問題じゃないだろ……!? 歩花が大事じゃないのか!?」

『お前さ。あいつが負担なら負担だって。あいつから逃げたいなら逃げたいって、正直に言えよ……面倒くせぇな……素直に逃げりゃあいいだろ。誰も責めねえよ……』



(陽人……どこか、変わった……?)



 電話越しにまだ若い声から滲み出る響きは、まるで疲れ果てた老人のようだった。普段の彼からは想像もつかない、すべてにおいて投げやりな調子は別人のようで、歩花を見捨てることに対する怒りよりも戸惑いが勝った。




『わかった。ダメもとで電話とかLINEとか、できることやってみる。だけど歩花が一番心を開いていたのは、リーフェルト君だったと思うよ?

 今から行ったところで、遠いし……近くにいるならやっぱり、リーフェルト君のほうがいいと思う』




 電話に出たのは、陽人と小夜の二人のみ。真優やガートルードは日曜でも部活があるのか、応じてはくれなかった。




(歩花の保護対象だった木塚さんならともかく、陽人も歩花も、どうしてしまったんだろう……)












 その頃――ヴァンパイアの世界にて深い夜空の下、大きな屋敷に備えられた庭にてティーカップを優雅に傾けている一人の少女の姿があった。

 紺碧のウェーブがかったショートカットを揺らし、アンティーク風の凝ったデザインをしたチェアーと彼女を囲む美しい花々にも劣らぬその少女は、ヴァンパイア世界では貴族として名高いメイトランド家、四人の子のうち次女であるカーヤ・メイトランドである。



「カーヤ様」



 側近の女性に声をかけられた彼女は、紅茶から声の主へと関心を移す。側近は手の中にある紙をカーヤに差し出し、



「こちら、パーティーに参加する方々のお名前です」

「ありがとう」



 涼しい声で受け取り、カーヤは姉の誕生祝いに訪れるゲストたちの名に目を通す。

 現在十七歳の彼女には今年二十歳を迎える姉のフィアと、十歳と三歳の妹たちがいる。主役である姉のフィアのために、今回はカーヤが率先し執り仕切ることとなっているからだ。



「まあ……っ! リーフェルト王子」



 ずらりと並んだ名高い貴族たちの名のうち、一つの名に目を留めて弾んだ声を出すカーヤ。



「まさか来てくださるなんて……だけど、人間界の学校はいいのかしら」

「融通を利かせてくださったのかもしれません。ご婚約の話もあるでしょうし」

「そうね。早くてあと一年だもの。彼の婚約者選びが本格的に始まるのは――」



 メイトランド家は、ヴァンパイアたちが魔法使いたちの手により異世界に転移されてから、今のヴァンパイア王に国の再建を手助けしてきた貴族の一つ――それ故に王族との仲は深く、歳がたまたま同じであることから、彼女、カーヤ・メイトランドが王族第五子、リーフェルト・アップルガースの第一婚約者候補だということは周知である。



「お会いできるのが楽しみですわ」

「本当に。人間界では立派に務めを果たされたと聞きましたから」

「ええ」



 幼い頃からなんの取り柄もなく、臆病で内気だった彼が命をかけて有名な手配犯たちと戦ったなど、初めて聞いたときには耳を疑ったものだ、

 去年彼が戦いかたを彼の姉から学び始めたと聞いたときには、長く続きはしないだろうと決めつけていたのだが、まさか――と驚いた。



「王子はいいご友人に恵まれたのだとかなんとか」

「ええ。王子本人から聞きました」



 去年帰省した彼の城に赴いたとき、頬を紅潮させ嬉しそうに語ってくれた。友人である人間のエクソシストたちがどんなに面白く、素晴らしい者たちなのかを。

 カーヤはカップを傾けソーサーに置く。ふう、と一つ、紅茶の良い香りの吐息を桃色の唇から溢すが、どこか憂鬱そうだ。



「本当なら……私が彼を変えてあげたかったのだれけど」



 リーフェルトの兄姉ほどではないにしろ、幼い頃から彼を知っているが故に、消極的で卑屈な彼を自分が前向きにしてやれるという自信が彼女にはあった。なのに、出会って一年程度しか経っていない人間に、自分の役割を奪われるとは思いもせず悔しい気持ちになる。


 つい洩らした彼女の不満に、側近と傍らにいたメイドは微笑ましく笑い



「大丈夫ですわ、カーヤ様」

「カーヤ様はとてもしっかりなさっていますし。ご婚約されば、さらにカーヤ様の素晴らしさにリーフェルト王子はメロメロになるに違いありません!」

「……そうかしら?」

「はい! カーヤ様の魅力に気付かれれば、リーフェルト王子も今より前向きに! 大きく成長されることとでしょう」

「誰よりもリーフェルト王子のことを見てきたのですもの」



 励ましてくる二人に、カーヤは頷く。


 確かに貴族の誰よりも長く、自分は彼を見つめてきた。その月日も想いの強さも、誰にも負けない確かな自信がある。



(次の姉様のパーティーが、勝負。他の貴族の娘と差をつけなくては――)








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