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最終章第2話 良い子は嘘つきの始まり

 翌日月曜日、早朝。鞄の中身のチェックも終えて、カーテンの締め切った部屋で、女姿の歩花は学習机の前に立ち鞄を閉めた姿勢のまま物思いにけっていた。



<男という生き物は、ハンターの資質があります。もし手放したくない彼がいるなら、尽くすだけの女ではダメ! たまには他の男に関心のある素振りなどを見せることも必要です>――



 とは。リーフェルトと付き合っていたときに、たまたま目についたネットの情報。



『じゃあ、サキュバスにしては珍しいから興味を持ったとか。

 そういう好奇心を恋と勘違いしているとか……』

『確かに、そういうところがないといえば、嘘になるのかもしれないけど。君自身とても真面目だし、優しいし。いつも励ましてもらってるから。

 そういうところがサキュバスとか関係なく、好きかなあ』



 成る程。リーフェルトは嘘はついていない。


 ただ――彼が自分に求めているのは、『他とは違う』という特別感だ。

 それを出すには、おそらく他の女性では許されるワガママやオネダリはNGとなる。


 たとえば小夜のような娘なら、ディープキスをねだったところでただひたすらに可愛いし、リリアーヌなら大人の蠱惑的な妖艶さを演出できる。しかし、サキュバスの血の濃い自分は、『ああ、やっぱりか』という感想しか相手にもたらさないのだろう。

 『やはりサキュバスか』と思わせる発言や行動は、彼を失望落胆させる。



 『君は普通のサキュバスとは違うだろう?』というリーフェルトの科白は、そういうことだ。




(それでも、まあ得意分野だ)




 女の魔を惹き付ける特異体質を持つ男を義父に持つ歩花は、こういったことにはもう慣れていた。

 幼い頃、自分の頭を撫でもしなかった左一と一度でも親子のようなことをしたいと望みだっこを要求したが、拒まれた。しかし諦めきれず夢魔の誘惑能力を使ったところ拳で頬を殴り飛ばされた。




『良い子にするから、サキュバスらしいこと言ったり、サキュバスらしいことしないから! うるさくしないから! ワガママ言わないから、泣かないから、お外も離れて歩くから、おうちから早く出ていくから――男の子になるから、離婚しないで!!』




 今の居場所に今以上にしがみついていた頃の昔を思い出しながら、度の入っていない眼鏡をかける。

 あの頃は子供だったなあ、などと笑みが溢れる。特異体質故の義父の苦労を理解し、求めることを諦めきることができた現在では、義父との間柄は順調そのものだ。



(今まで与えられたてきた役割を、これからもこなせば良いだけ。楽勝だな……!)



 愛とは、求めるものではないのだ。それに今、気づけて良かったと思う。目が覚めたような思いだ。

 追いかけられる女でなくたっていい。たとえリーフェルトが他の女性をこの先好きになったとしても。自分は彼が幸せならそれでいい。

 それが、『愛』なのだから。



(彼が求めるなら、演じきろう)



 うっすらと刻まれた目の下の隈の黒さとは反対に、歩花の瞳は欲がなく、どこまでも透明だった。










 1時限目の授業。移動教室先の理科室にて、大きい机を囲むように置かれた椅子の上に腰を落ち着かせリーフェルトは一人ぼんやりとする。



(もう、気にしてないのかな……)



 あのデートの翌日。なにか言われるのだろうかと顔を合わせづらい憂鬱な気分で登校を共にしたが、歩花はずっとニコニコしていた。


 男の姿だからあまりデートの時の話に触れたくなかっただけなのかもしれない。

 が。愛想笑いなど普段するような人ではない、いつもポーカーフェイスな彼女が、まるで人が変わったようにずっと笑っているというところからくる違和感に、いいようのない不安のようなものを感じてならないのだ。



(そういえば今朝から……っていうより、昨日僕がキスを拒んでから……のような気がする。あんなにニコニコしだしたのは……)



「彼女となんかあったのかよ」



 突如横から声をかけられ、ドキリとして振り向けば、いつの間にか隣に座っているガートルード。



「なんつーか、登校するときたまたまお前ら見たけど、顔色スゲー悪かったな。あいつ」

「……彼女が?」

「欲求不満こじらせすぎてゾンビみてぇ」

「……」

「でもキラッキラ澄んだ目ぇしててすげえ気持ち悪ィ。絶対なんかあったろお前ら」



 確かに、目は澄んでいた。薄暗さなんてない、綺麗な目だった。ゾンビみたい……かどうかは、あまりわからないけれど。


 リーフェルトの隣に同じ班の人間が座ったので、彼は夢魔の魔石を使い意識干渉でガートルードに昨日あった出来事を簡潔に話した。


 <ははあ>という、声に出していたら鼻で笑うかのような響きが頭に直接入ってきた。



<お前、ちょっとサキュバスっぽいこと言われてビビっちまったのか。

 成る程、お前、なんで手ェ出さねえのかとずっと思ってたがピンときたわ。サキュバスなのにサキュバスらしくないってなもんで惹かれたんだろ。つまり、サキュバスの血が入ってなけりゃ身体も性格もドンピシャでいい女なのに……って感じか?>

<そ……こまでは、言ってない……>



 戸惑いつつ言葉では否定はするものの、ズケズケといった表現に似合うガートルードの物言いに気圧されるリーフェルト。

 胸をナイフでぶち抜かれるような感覚が全身にはしる。



<お前考えてみろ。もしお前があいつに『血吸わせろ』っつった時、『普通の吸血鬼みたいなこと言うなよ』とか言われたらどーだよ>

<……>

<つーかお前昨日血い吸った?>

<……吸――、った。吸いました……>

<最低野郎だな。ったく、可愛いじゃねーか、ヤキモチ妬いてフレンチオネダリとか。

 しかもあのプライドくッそたけぇ女が、自分のカレシにフレンチかましやがった女のファッション真似してまでって、んで拒否されるとかどんだけ屈辱だよ。

 それともお前、なんでもハイハイ自分のワガママ聞いてくれる女が好みなのか? ほら、なんつったっけ、あれ。そう、あれだ。聖母セーボマリアみてーなつまんねー感じの――>


「ランフランク君。そこアタシの席なんだけど」



 ガートルードの干渉を遮り、女子が少しトーンを低め声をかけてきた。リーフェルトと同じ実験の班の女子生徒だ。おそらく理科室に着いたはいいが、本来リーフェルトと同じ班である自分が座るべき場所に、まったく別の班のガートルードが座っていることに文句をいいに来たのだろう。


 黒板の上に目をやり確認すれば、あと数秒で授業が始まるかどうかという今の状況を時計の長針が示している。ガートルードが謝り立ち上がった瞬間に、授業開始のチャイムが鳴り響いた。










 放課後――学校から家への帰り道。リーフェルトは歩花をメールで誘い、いつものように家への道のりを共にする。

 隣でニコニコとしている彼女にソワソワとした気持ちを抱えて、いつ昨日のデートの日のことを切り出そうかと迷っていた。


 賑やかな場所から離れて二人きり。静寂が更に気まずい雰囲気を作るようで、彼女の横顔も見れない。



(『昨日はごめん』……ってところから始めた方がいいよね……?

 それで……『叶えてあげられなくてごめん、今日はちゃんと叶えるから』っていう感じで。フレンチ――……。

 ……待てよ。こんな道中じゃ……歩花だって辰弥の姿だし……そうだ。僕か歩花の家の中でなら――いや。そういう、ムードもへったくれもない感じじゃなくってデートの約束が先じゃないのか……!?

 やり直すならロマンチックなところできちんとした方が彼女も喜ぶんじゃ)



「昨日のことか?」



 鼓膜をじかに撫でるような、優しく静かな声だけに、歩花に話しかけられたリーフェルトの肩がびくりと跳ねる。

 彼は目を泳がせ、歩花の横顔を見るが、彼女はこちらを見ない。



「あっ……えと。昨日は、本当にごめん……」

「気にしていないよ。大丈夫」

「……気にしてるか――いや……」



 リーフェルトは、『気にしているからそんなに人が変わったようにニコニコしてるんじゃ』――とでもつっこみかけた自分をぐっと制する。


 余計なことは言わないでおこう。そもそも自分が悪いのだ。



「あの、さ。……キスのこと、ちゃんと埋め合わせしたい」

「……『じゃあ』って言ってたから。別にいいよ」

「……?」

「昨日。『じゃあ、今しよう』って。

 きっと義務のような、そういう気持ちに急き立てられているから埋め合わせをしようと言っているんだろう、君は」

「――」



 自覚していなかった図星をピンポイントでバッサリ切られ、つい無言になってしまう。


 いや、このまま黙っているのはヤバイ。なんとか上辺だけでも、『そんなことないよ』とかなんとか言わなければと乾いた喉を稼働させようとするも、歩花の次の言葉がそれを許さない。



「それに彼女のように、夢中にさせるようなキスはできない。経験豊富じゃないし。だから、君からしたいと心から望んでくれるまで待つよ。

 でも、僕は君のためにできることはできる限りのことはしたいから。血が欲しかったら、いつでも好きなときに言っていい」

「……え……っ」



 リーフェルトに都合のいいことばかりをスラスラと口にされ、言い様のない何かを胸に覚えて歩花の横顔を眺める。

 しかし彼女はリーフェルトと目を合わせるなり、ニコニコと笑って透明な瞳で見返してくるのみであった。


 密かな怒りからの当てこすりでもない、愛情に溢れた無欲の目。


 そんな視線を受け止めながら、思わずリーフェルトの口から漏れたのは



「……歩花は。どうして僕と付き合ってるの?」



 ずっと心のどこかで引っ掛かっていた、その疑問。

 歩花はますます優しく笑って



「幸せになってくれたら嬉しいから、かな」



 と、また自分にとって都合の良い科白を吐いた。









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