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最終章第18話 良い子の化けの皮

 虚ろに瞳を開いた少女を横抱きに、全力で羽を広げて自分の家に向かう。マンションのベランダに降り立ち、リーフェルトは塵化で鍵もかけずに室内に入るなり、学習机の中を漁ってペンと紙切れを引っ張り出す。

 無論ただの紙切れではなく、魔女の女王ライラからヴァンパイア戦の礼に貰ったものだった。


 ちあみは歩花を助けようとはしなかった。あれから救急車に乗せたところで、助かるかも危うい。



「早く……早く――」



 身体のあちこちの痛みも忘れるほどに、リーフェルトは紙に歩花の身体を癒すようにと書き殴る。ふわりと紙は宙を舞って、ぼうと燃え尽きた。

 願いは聞き届けられたのかが不安なあまりに立ち上がり、ベランダに置いてきた歩花の傍に戻って、頬にかかった髪を指先で退けてただ一心に彼は願った。




『彼女を助けてください、どうか、回復の薬を持っていたら分けてください!』

『……分けろったって。そいつ夢魔だろ?』

『夢魔とか、まっとうなエクソシストなら関わりたくない悪魔だっての! 嫌よ、他を当たってよ! 汚らわしい!』

『お前も人間じゃないんだろ? 魔物は魔物、妖怪は妖怪、悪魔は悪魔同士。人間にすり寄るのやめてくんない? 迷惑なんだよ!!』

『お金ならいくらでも――』

『あいにく、金で動くほど卑しい根性はしていないのでね』

『ほら、シッシッ! とっとと失せて!』


『こーらっ! めーっ。見せ場を取られたからってイライラしにゃ~ぁい。ね♪ 魔法少女の前で喧嘩はダーメ! 移動でお疲れなら、ほらっ。交通費代とお小遣い分! これだけでもここに来ただけでラッキーでしょ』

『こづ……お前、ふざけてんのか!?』

『ぇえっ!? 真剣なつもりでここに来たの? 真剣に騒ぎをなんとかするために来たんなら、周りの人間に被害出さないで頑張った人達にそーいうこと言うんだ!? へーっ、てっきりちあみはあ、おにいさんたちがここに遊びに来たのかと思ってた!

 んー。じゃあ、悪魔ってだけで批判されるなら……あたしとやる? 真剣にアクマバライ、してみる? あたしはまだ戦えるし……遊ぼっか?』

『ちっ……退魔師協会のやつらも落ちたもんだな』

『ほんと。こんな奴らに頼らなくっても私たち人間の退魔師だけで十分! とっとと出ていってほしいもんだわ!! 同じ空気さえ吸いたくないのよ、ゴキブリ以下!!』




 崩壊したあの邸宅で、人間界に来て初めて浴びせられた差別と心ない声を思い出しながら、傷付いた歩花を抱き締めてリーフェルトは泣いた。

 自分は知っていたはずだ。自分を蔑む目で見る退魔師たちも多数いることを。それでもそれをすっかり忘れていたのは、自分が恵まれていたからだ。自分が人間界にやってきてからどれだけ運が良かったかのかを、痛いほどに感じていた。











 歩花の傷が完全に癒えても血で汚れた彼女の服はどうしようもなく、リーフェルトはなるべく身体を見ないように心がけながら身体を拭き、自分の白シャツを着せてベッドに寝かせる。着替えさせている時に指についた彼女の血を嘗めてみると、ひどく不味かった。日頃ろくなものを食べていないのだろうと怪我で痛む身体に鞭を打って食事を作った。

 しばらく起きる気配はないが、いつ起きてきてもいいように。レンジで温めたらすぐに食べられるようにと、粗熱をとるために台所に置いておく。シャワーも浴びる気力もなく、少しソファで休んで食事を冷蔵庫に入れておこうと思っていたのに、気づけば突っ伏し眠りに落ちていたらしく、夢も見ずに目を覚ました頃には朝の八時を回っていた。

 歩花の様子を見ようと寝室に向かった自分を待っていたのは、とうにもぬけの殻となった自分のベッドのみという光景に、リーフェルトの口からため息が漏れた。



(なんとなく、わかってた。けど……)



 踵を返してシャワーを浴びながら少し悩んだが、結局学校は休むことにした。作った食事も喉を通りそうになかったので冷蔵庫で保存し、ベッドに倒れ込む。



(そういえば、学校をサボるなんて生まれて初めてだ――)



 いつも使っているベッドなのに、なぜかひどく冷たく感じる。それなのに、やっと身体を安められる安心感に包まれかけていた頭を侵すのは、嗅覚の甘い暴力。彼女が先程までそこで寝ていたことを思い出させる微かな残り香と目についた一本の黒髪に、リーフェルトは心の中で毒づく。

 身体はヘトヘトに疲れきっているのに、ベッドの傍らに置かれたティッシュ箱の中身が減った。





『リーフェルト』



 甘い声で囁かれ、目を開けばピンクの髪をした美女が自分を組み敷いている。

 長い髪が、肢体が両腕と両脚に絡み付く感覚、甘い匂いが心地良い。唇を奪われ、かつて経験した甘い刺激が脳を揺さぶり、リーフェルトはそのまま両目を閉じかけた――が、ばちりと両目を見開き、両の爪を振るって甘美な夢を引き裂いた。

 一方の手首を飾る夢魔の魔石を通し夢を見せられていることを見抜いたリーフェルトは、穏やかな彼には珍しい激しい怒りを顔に刻みベッドから降り、夜のベランダを開け放った。



「立ったか?」

「なんなんですか……一体!?」

「うちの貧相な愚妹ではお前を立たせられんので、別の女にしておいたが。なんだ? あの程度の夢でまさか出したのか?」



 ベランダの手すりに座るセノフォンテの口調は飄々としているが、自分を見据えている両目は氷のように冷たい。

 しかし彼を軽蔑したいのはリーフェルトも同じだった。確かに歩花の血縁者として恨まれるのは理解できるが、人間界に来ているなら何故彼女を助けに来なかったのか。自分が助けに来なかったら、あれから自分が呼んだ救急車に運ばれ入院しているガートルードと共にどうなっていたかもわからないのに。



「なんだ、その目は。自分のおかげで歩花が生き延びられたとでも思いこんで、俺様がお前に泣いて感謝でもしにきたとでも思ってるのか?」

「では、用件は」

「俺と歩花の魔石を返せ」



 言われるがままに手首を飾る魔石を外しセノに返すと、彼はそれらを受け取り羽を広げて飛び立っていく。本当にそれだけの用のためにあんな嫌がらせで叩き起こしてくれたらしい。 

 苛立ちを溜め息に込めて吐き捨て、ベッドに飛び込みふて寝する。



(なんなんだよ……畜生。僕が悪いのはわかるけど。……わかるけど)



『今のうちに、メイトランド家に愛想を振り撒いておくことをお勧めしますわ、叔父上』

『生きたいって思ってないよ。この人。何かを恨んだり、誰かを恨んだり、そういう気持ちだって全然ないみたいだし』



 なんだろう、物凄く苛々する。それは自分が悪いというところから目を背けたいところからくる逆ギレというやつなのだろうか。もしそれなら今の自分はきっと、かつてないほどに格好悪いのだろう。



『僕……だって……王族に生まれてなかったら、本気で誰かを大切にするくらい……!!』

『そ。アゼリア伯父様と伯母様に伝えておきます』



(……いや。僕、もうとっくにカッコ悪いか――)



 しかも、兄姉たちにバラされている。

 そう思ったとき、ふて寝を決め込んでいるリーフェルトの頭の中で何かが切れた。


 格好悪い。不様。今の状態よりこれ以上がないというのなら。



 彼は顔を上げてベッドから再び降り、ベランダを乱暴に開けて城兵を呼んだ。










 おかずの入ったタッパーを綺麗に並べて詰め込んだレジ袋を片手に、木造アパートのチャイムを押し込むリーフェルト。

 部屋の奥から足音が近づき、ガチャリと鍵が開く音に次いで、古そうなチェーンがリーフェルトと彼女の間にピンと張る。珍しく、本来の少女の姿のままだった。



「……」



 荒み、濃い隈の刻まれた両目は自分を認識し、すぐに閉まろうと動くドア。

 僅かな隙間から身体を塵化させ室内に飛び込み、部屋の奥まで逃げ込む歩花の前に身体を元に戻し立った。



「……なんだ。ストーカーか?」



 まだ朝だというのに、彼女の声は疲れ果てたようにハリがない。ハリボテを少しマシにしたような安いテーブルの上に「おかず」と言って置けば「いらん」と切り捨てられる。



「置いてく」

「いらん」

「捨てたきゃ捨てなよ」



 そう言われても、どうせ捨てられないのだろう。どんなにつっぱった態度を取ろうとも表面だけで、彼女の真面目で“イイコ”な根は変わらない。



「出ていけ」

「そうする。でも一つ聞いていい? ……いつ赤になったの」



 歩花の許可も待たず質問したのは、あの邸宅の悪霊事件で見た赤い瞳。サキュバスとして半人前だった青目の彼女が成熟した証拠だ。

 夢魔が成熟するにはきっかけは様々だが、一番手っ取り早いのは……。



「君に関係あるか? 戦うのに都合が良かっただけだが?」

「……」

「客をもてなすような経済力もないのでね。早々に出ていってくれ」

「それなら自炊くらいしなよ」



 キッチンに散らばるカップ麺の残骸。開けられたままになっている空の炊飯器は買ったばかりのようで使った形跡もなく綺麗すぎる。表示ランプが点灯していないのを見るとコンセントさえささっていなさそうだ。代わりに働いている家電製品は、電気ケトルのみ。

 


「……こんなので恋人呼んでるの?」

「まさか。向こうの財布でホテル食三昧」

「嘘つけよ……栄養のないスカスカな血の味してたくせに」

「っ……なに勝手に人の血飲んでる。死ね」

「……いいや、また作ってくるから」



 「自分が先に死ぬつもりだったくせに」と喉から出かかったのをとりあえず飲み込み、塵化で部屋から早々に出ていった。

 「余計な世話」と言う鬱陶しそうな彼女の声は、聞こえないふりをして。



 久々に言葉を交わせば、彼女は随分と嘘が下手になった。新しい恋人ができて満たされているとは到底思えない。

 そして――自分がそう変えたのか、それとも蓋を開ければ素がそうだったのかはわからないが――まったくといっていいほどに可愛げがなくなってしまったあの少女に、リーフェルトは自分の家に帰るなり、レシピ本を開いて次に何を届けるか頭を悩ませた。








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