第三節 輪廻転生の世界を歩む
出会って間もない人に、手を引っ張られていた。
生前なら拒否していただろう。
でも、今は不思議と手を握り返したい気分だった。
そこに希望があると何故か思えてしまったから。
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「で、どうやってイザナギを探せばいいんだろうな」
「バカね」
「考えなしですね」
「無責任に突っ走ったことはあやまるよ」
「とんだ蛆虫野郎ね。反吐が出るわ。あなたの脳みその中身を見てチンパンジーとどちらが優れているのか比べてみたいくらいね」
「いくらなんでもそれは言いすぎじゃね?」
「××××の××××にしてやりたいくらいだわ」
「そこまで言うか。内容が過激すぎて規制音出てるんですが」
「××××××××××××××××××××××××××××××××××××」
「もはや全てが規制音じゃねぇか。てかやめてくれ、俺のライフはもうゼロよ」
「ふふ、本当に仲がいいんですね」
くだらないやり取りをしている俺達を見て、ふいに笑い出すイザナミさん。
「俺と出会ってまだ数時間程度だけどな」
「あら、まだそんな程度でこんなに仲良く?」
「人見知りはしないでしょうね。様々な経験値をこいつは蓄えているから」
「経験値だなんてゲームの育成キャラっぽく言われるのは心外だぜ」
「でも本質を突いているわ」
「そう言われると弱いぜ」
「素敵ですね、星霊様達は。羨ましいです」
自分とイザナギを重ねて見ているのであろうか? 瞳の中の悲しみは一向に消える気配がない。
どうしたら癒されるのだろう? どうしたら悲しみが消えるのだろう? そういうことを考えてしまう。
恋をしたわけではない。ただ、助けたかった。それだけだ。
彼女はそんな俺を信じてくれるだろうか。いや、信じなくてもいい。
俺は俺のやりたいようにやるだけだ。俺は、好きなように旅をする。
「なら、早くイザナギに会わなくちゃな。で、どうやってイザナギを探せばいいんだろうな」
「もう一周しないと気が済まないのかしら? エンドレスエイトなのかしら? 究極のバカなのかしら?」
「流石に私も擁護できませんよ?」
「俺だってこれがループしてるのは分かってるし、冗談で言っただけだけなんです。それに気が付かなきゃ俺泣くぞ」
「気が付いた上で言ってるのよ」
「同感です。そして同情です」
「誰か俺の味方はいないのか?」
いやぁー……反応を見る限りいないっぽいな。だがしかし、嘆いても仕方ない。
「なんでみんなそんなに乗り気じゃないんだよ」
「ビフレストがどれだけ広大だと思ってるのかしら。アース世界の宇宙よりも遥かに広大なのよ? そんな場所で人を見つけようだなんて、誰も思わないでしょう?」
「人じゃなくて神様なんだから、いくらか見つけやすいんじゃないか?」
「……普通なら、見つけられなかったわよ」
「……!!」
イザナミが反応を示した。驚きと意外性に溢れた表情だ。
半分諦めモードで俺の手を握ったんだろうが、そうはいかないぞ。
「普通じゃない方法で、見つけられるんだな?」
「本当に、そんな方法があるんですか?」
「あるわ」
こともなげに極めて軽く言いのける彼女。
俺はそんなブルーに対して非常に好感が持てるのだ。流石俺の相棒ってな。
「私は神の力を残り香で探知できるのよ。ただし、接触した神でないと誰の残り香なのかは分からない。私は人々の信仰で生まれた神を知ってはいるけど、実際に接触したことはない。けどもイザナミ、あなたはイザナギの妹だったわね」
「はい、星霊様の言う通りです」
「だったら、イザナミの力はイザナギと酷似しているはず。これで世界のどこかでイザナギが力を使っていれば、それを探知することができるわ」
「お前、そんな警察犬みたいなことができるのか」
「私が犬ならあなたはゴキブリよ」
「ゴキブリいいじゃん。あれはあれで完成された生き物だっていうぜ」
「罵倒に対して耐性が付いたのね。まさにゴキブリ並みの適応能力」
「いや、言われたら言われたで悲しいんですけどね」
「素直なリアクションでよろしいこと」
そんなゴキブリだってフレンズになれると思うんだぜ。
……でもゴキブリを擬人化したら気持ち悪いからやっぱりフレンズの方向はなしで。
いや、しかし神は万能に近いとは認識していたが、やっぱり頼りになるな。
これから彼女が旅に付いてきてくれるかと思うと、すごく心強い。
「言っておくけど、イザナギが力を使っていなかったらその時点でもうアウトよ。その時は彼は転生したと思って諦めなさいな」
「ええ、それでも結構です。どうか、お願いします」
「じゃあ、私はイザナミの力を探してみるから、少しだけ時間をちょうだい」
そう言って誰に許可を取るわけでもなく自ら作業を始めるブルー。目を閉じ、その場で瞑想を始めた。
なんてことない姿だ。なのに、不思議な姿だ。まるで、自分の心を調律しているように見える。
調律し、心の琴線から音を奏で、力を行使している。そんなプロセスが視覚化されているような気がした。実際にはただ突っ立ってるだけなんだけどな。
それを期待と不安でいっぱいになった目で見つめるイザナミさん。
「乗り気になってきたな、イザナミさん」
「まさか、イザナギに会える可能性が少しでも出てくるとは思ってもいませんでしたから」
「イザナミさんが俺の手を握り返してくれたあの時の気持ちを疑いたくなるセリフなんですが……」
「その場のノリと同情です」
「ちくせう……俺はもうお前を信じないぞ」
「嘘ですよ。あの時、私の手を握ってくれて嬉しかったです」
「こうして俺とイザナミさんとの間で恋愛フラグがめでたく無事に立ったのであった……みたいな展開はダメっすかね?」
「ダメです。ダメダメです。出直してきてください」
「やっぱりか」
「でも……ありがとう」
感謝された。心臓がトクンと一際高鳴った。心から溢れる嬉しさが、心臓を叩くまでに至ったのだ。
心の不思議。心なんてものは、ほとんど解明されていない謎現象だ。でも、こういう時ばかりはいいもんだなと、そう思えてしまうのが心でもある。
「あなた達がほのぼのしてる間に終わったわよ」
「お、ご苦労ご苦労」
「上から目線が気に入らないから目潰ししてもいいかしら」
「それは俺の明日が見えなくなるので勘弁してください」
「じゃあじゃんけんしましょ? 私がチョキを出すからあなたは好きなのだしていいわよ。さあ、チョキを出すわよチョキを」
「それもう俺の目を潰す気満々やん」
「目が、目がぁ~って叫べばいいじゃない」
「はっはっはっ、遠慮しておきます。どうでもいいんだけどさ、ム〇カ大佐って目を光で潰されたあとどうなったんだっけか?」
「瓦礫と一緒に落ちていったそうよ。とあるシーンにム〇カ大佐が落下してるものがあるらしいわ」
「へぇ」
「たった一へぇとは、ム〇カ大佐も落ちたものね」
「誰がうまいこと言えと」
「私だってたまにはこういうことを言いたいのよ」
そう言ってブルーはイザナミさんに向き直る。
「結果から言うと、イザナミによく似た残り香を見つけたわ」
「……本当に、いるんですね」
「でも、その力は神としてはごく小さい。何故かは分からないけど、とても弱っている。この残り香が消えるまでそう時間は残されていないわ。今からでも行くべきだけど……どうするかしら?」
「ビフレストで死ぬということはないから、それはイザナギが残したただの……力の残滓ということでしょうか」
「それは行ってみなくちゃ分からないわ。ここで行動するかどうか、今決めてちょうだい」
「……」
彼女は悩んでいた。当たり前だ。
選択とは、どちらか一方の可能性を捨て去ることだ。もしこの選択を失敗したら後悔するハメになる。
後悔を拭うことは難しい。だから、普通は選択することに躊躇いがある。迷いがある。彼女の気持ちは、何となく分かる。
もし、俺達と同行しイザナギと出会うことができた場合。イザナギがイザナミさんを拒否したとしたら、彼女は俺達との出会いを呪うだろう。
もし、俺達と同行しなかった場合。イザナミさんは傷付かずにすむかもしれないが、イザナギと出会えた可能性をいつまでも引きずり、重荷として一生背負うことになるだろう。
人生は言ってしまえばギャンブルだ。
無事に産まれるかどうか。安定した職に就けるかどうか。無難に結婚できるかどうか。子供を無事に出産できるかどうか。子供が順調に巣立ってくれるか。生きるか死ぬか。
全て確率が作用し、選択して決めていくこと。つまり、ギャンブルなんだ。
どちらが正しいのかなど誰にも分かりやしない。未来のことなど誰も分からないし、そもそもこの世界は善か悪かで測れる単純なものではないからだ。
だから、せめて。俺達は自分の後悔のないように、自分の意思で選択していくしかない。自分の正しいと思ったことを、貫いていくしかない。そして、彼女は選んだ。
「……行きます」
「本当にいいのね」
「やらない後悔よりやる後悔、なのでしょう?」
思わずニヤリと笑ってしまった。流石神様。気持ちのいい答えだった。
さあ、彼女は選択した。これが希望となるか、呪いとなるかは分からない。だから分かるまで行動していくのだ。
「じゃあ行こう。イザナギのところまで」
「よろしくお願いします」
かくして俺達は歩いていく。オーロラが満ちる広大な世界を。
歩き、休息し、また歩く。
飲み食いは必要ない。また、就寝の必要もない。死後の世界ではあらゆる生理現象から解放されるのだ。
設定上不都合な生理現象から解放されたコミックにおける世界のように。
また、ここでは昼と夜がなく、時間という概念の認識がどうしても薄くなってしまう。
主観で数えて一日程度経っただろうか? 周囲に存在しているオーロラについて、今更だが聞いてみたくなった。
「この緑色のオーロラって一体なんなんだ?」
当たり前のように浮遊しているから、聞くのが遅れてしまった。
でも、気になるものは気になる。聞いて損はないだろうさ。
「これは万物の元、そのものよ」
「これが……?」
「命の元でもあるわ。非物質的な性質を保持しながらも、物質としての側面を持っているものよ」
「非物質なのに物質でもある?」
「空間に満ちる物質は全て原子で構築されているわ。この場に漂うオーロラは密度の濃いエネルギーと原子に関する情報を内包している。このオーロラが凝縮して一気に膨張すると、非物質であるエネルギーが物質として形を持つようになるの」
だから非物質であり、物質でもあるのか。
「オーロラの凝縮と膨張は神による世界の創造がトリガーとなるわ。新しい世界は今もどこかで創造されているに違いないのよ」
「凝縮と拡散……まるでビックバンだな」
「と言うより、ビックバンそのものよ。アース世界だってそうやって誕生したんだから」
「じゃあ世界はまず大爆発から誕生するわけか」
「オーロラは世界を創造する神の持つ記憶を元に、発生した原子を自由に構成して世界を形作っていくわ。その時のエネルギー量は膨大で、ビフレストの空間に穴を開けて別次元へ原子情報を送ってしまうほどよ。そうしてできた穴がバースカナルなのだわ」
「ちゃんと理屈はあるんだな。でも、そもそもどうしてこんなオーロラが満ちた世界があるんだろうな?」
「それは星霊である私にも分からない。分かるのはこの世界を創った者だけよ。まあ、創った者がいるかどうかも分からないけども」
「この世界の創造神はいないのか?」
「それも知らないわ」
「頼みのゴッドペディアがダメときたか」
「私をウィ〇ペディア扱いとはいい度胸ね」
「俺だって地球に関する知識の全てをダウンロードできるんだから、似たようなもんじゃん?」
「私とあなたに似通った部分があることと、私を辞書扱いしたことは別件だわ」
「まあ……そっすね」
いや、別に悪口でも何でもないからいいやんと思ったが、ここまでにしておこう。
後々面倒だろうし。
「この世界は異世界同士の境界に存在しているんです。境界にて魂魄を含む万物を創造し、既存の魂の旅立ちを見守る場所。それがここ、ビフレストなんですよ」
「輪廻転生ってやつだな」
「死んで記憶も残らず、永遠とそれを繰り返していくんです」
「……神からしたら哀れか?」
「いえ、転生を繰り返していくのは私達神ですらが同じですから。人との違いはそのスパンが短いか長いかというだけです」
「でも、死ぬのが怖いからあちらこちらで漂ってる奴もいるよな」
「……そうですね」
何気ない言葉だったのだが、それは彼女にとっては重い言葉だったようで。
その歩みを止め、重くなった口を開いたのだった。