第一節 死後世界
ビフレスト。
死後の世界。アカシックレコードとも呼ばれているらしい。
この世界は全ての生命体の魂が還る世界であるからして、あらゆる世界と接続しており、その規模は神々ですらが把握出来ていないのだという。
「そんな広大な世界がここか!」
少年のように声高に叫ぶ俺。
音は遥か彼方に吸い込まれて、一部分たりとも反響しない。それが余計に俺を嬉しくさせる。
目の前には緑色のオーロラが何重にも重なって作られている世界があった。
俺達は無事に到着したのだ。
ビフレストに。
全てが光で構築されている。縦にも横にも際限がないようにも見えるほどの広大さ。
そこをうろちょろする青い光の塊を大量に見ることが出来た。
「この青い光ってもしかして……」
「実態を持たない魂よ」
「あれか、人間の魂か?」
俺は無数に漂っている青い光の一つを指さす。
「あれは前世がドラゴンの魂ね。その隣は前世がゴブリンの魂」
「まるでファンタジーやな」
「時には神の魂なんかもさまよっているのだわ」
「神様も死ぬんだな」
「地球が太陽に飲み込まれる時、私も死ぬでしょうね」
「それって何億年先の話なんだろうな?」
「少なくとも究極生命体カ〇ズが死ぬまでよりは短いわよ」
「そのうち考えるのをやめちゃったからな、あの人は」
ジ〇ジョネタでトークしつつ、先へ進んでいく。
時折青い光が近寄ってくるので触ってみたが触れない。
すり抜けたのだ。
てっきりドンタッチミーなことを言われるかと思ったのに。
「この世界では自分以外の魂には接触出来ないのよ」
「じゃあ、この世界で出来ることは他の奴と話すか別の世界に行くことだけか」
「普通の魂は話すことも出来ないわよ。私達はエーテルという肉体があるから話せるしある程度形もあるけど、ここにいるほとんどの魂は霊子でできているわ。霊子は体を持たないから話せないのよ」
「じゃあ、とっとと別の世界に行けばいいのに、どうしてこんなにうろうろしてるんだ?」
「迷ってるのよ。どこの世界に行くべきか。もしかしたら、死に別れた人とも会えるかもしれないし」
「こんな広い世界で?」
「だから無理なのよ。でも、未練ってそうそう消せる代物でもないのだわ」
そりゃあなぁ……地球では人の未練や怨念をテーマにした映画が何本もあったわけだし。
例えばリ〇グとか、呪〇、着〇アリ、仄暗い〇の底からとかな。
ここまでの名作だとトラウマ発生装置みたいなもんである。
「それがどんなに非効率的であろうと、意思の力がそうさせてしまうものなのよ」
「でもさ、もし旧知の仲に出会えたとしても、お互いに触れ合うことも出来ないよな」
「それでも一緒の世界に転生する道を選ぶことは出来るわ。転生先がその世界のどこなのかまでは分からないけどね。その時はお互い元々誰なのかも分かっていないけれども」
「それでもやめないのは心の不思議ってやつだな」
「それを解明するための旅でもあるわ」
「人が一番身近に付き合ってきたのは人自身なのにな」
「だからこそ、だと私は思うけど」
彼女の視線が先の方へ固定されているのを横目で見た。
前方へ目を凝らすと、そこには空間に大きな穴が開いていた。
半径十メートルほどか。きれいな円形の穴に、緑色のオーロラが吸い込まれている。
そこに青い魂達が入っていく様子が確認出来た。
「あれは……」
「異世界への入り口。バースカナルとも言うわね。あそこに入ると、記憶と引き換えにその先で肉体を得て転生することが出来るわ」
「みんな、あそこで生きることに決めたのか」
「ほとんどが動植物の魂で、知的生命体の魂は一割ほどかしら。地球に一番近いバースカナルだから、地球に似た環境である可能性が高いかしらね」
「ああ、なるほど。全く別の惑星環境だってこともありえるのな」
「太陽のように燃え盛る世界もあれば、絶対零度の氷河が続く世界もあるって聞くわね」
「そんなん一瞬で俺死ぬやん」
初見殺しも甚だしい。
こちとらゲームみたいに残機があるわけでもないのに。
「大丈夫よ。様々な環境に適応できるよう魔法をかけてあげるから」
「おお……またしてもファンタジーや」
「あら、地球の文明だって魔法のような技術で栄えてきたのよ? 通信機器による遠方からの通信や、空飛ぶ乗り物、無人で動くロボット達。これらも過去人から見た場合立派な魔法じゃない。私の力はそれらの根底……あるいは延長線上にあるのだわ」
「機械の成せる技が魔法のようだってのには同意するよ」
機械は魔法ほど過程を省かないが、結果としては魔法と同等程度の変革を現実にもたらすだろうから。
「ところで、ゲームの世界に行けたらいいなって思うのは俺だけか?」
「ないけどあったらいいわね。例えばスーパーマ◯オとかどうかしら?」
「いや、それは遠慮願いたいね。一回踏まれただけで敵が命を落とす恐ろしい世界に好き好んで行く奴なんかいるのか?」
「じゃあ無双系ゲームなんか爽快でいいんじゃないかしら?」
「あんなに人や敵を殺す世界が爽快なはずないだろ」
「注文が多いわね。ダー◯ソウルの世界にでも蹴落として人間性を捧げさせてやりたい気分になったわ」
「それ死にゲーで有名なやつやん」
「別にフ◯ムゲーならなんでもいいわよ」
「容赦なしの鬼畜難易度で知られてたゲーム会社じゃねぇか」
「殺す気満々なのよ」
「もはや包み隠さず言ったな」
なんて薄情な奴なのであろうか。
「じゃあ逆にどんな世界だったらいいのかしら」
「ク〇ヨンし〇ちゃんの世界だったらほのぼの生活できて、しかもたまに劇場版で大冒険も出来るからちょうどいいんじゃないのか?」
「劇場版ではたまに人が死ぬけどね」
「え、そんなシーンあったっけか」
「青空侍とか敵役だとまたたびね〇のしんとかね」
「あ、そういえば結構死んでんな」
「主人公に厳しくない面の全くない作品なんて存在しないのだわ。だって、苦難がなければ物語がつまらないものになってしまうもの。例えば、人類の魂を統合した万能主人公が活躍したって何も面白くないのだわ」
「それ例え話になっていないような気がするぜ……」
メタな自虐に俺も苦笑いである。
「ま、人生もまた然りってことか」
「だからこそ、転生した神々も知的生命体達に試練を課すのだわ」
「神様は私達に成功してほしいなんて思っていない。ただ、挑戦することを望んでいるだけ……だったっけか」
「マザーテレサね。まあ、つまりはそういうことよ」
「じゃあ仕方ない。理想ばっかり抱かないで妥協しますか」
「そうすることをおすすめするわ」
こういう会話って、結構旅の醍醐味だったりするもんだ。
俺は今、旅の始まりを楽しんでいる。
さて、どこの穴に入ろうか?
そこらをふよふよしているオーロラに触りながら歩き続ける。
そうしているうちに二つ目や三つ目のバースカナルを発見した。
どれも見た目は同じで、どれがどの世界に繋がっているのかの判別が出来ない。
「この穴、どの世界に繋がってるか分かるか?」
「分からないと見せかけて分かっているようで分からないかもしれないけど分かってるかもしれないわ」
「結局どっちが正解なんだってばよ……」
「分からないわ」
「どっちの意味で?」
「バースカナルがどの世界に繋がっているかは分からないって意味」
「無駄にごまかした理由については?」
「女神としてのプライドがあったりなかったり」
「人間臭いなぁ」
「私はオールドとある意味同じ存在だもの。全知全能というわけでもないし」
「というと?」
「星の意思である神は、星に住んでいたそれまでの生命体の意思を統合した存在よ」
……話を聞いて気になる点があった。
「じゃあ、地球に住んでいた人間の意思の統合体がお前なわけか」
「そうね」
「じゃあ、次の人類を育んでいこうとするなら、それはお前自身を育てることにも繋がるのか?」
「あら……流石私が創った命。理解が早いわ」
彼女は少し驚いたようだが、すぐに落ち着く。冷静な奴である。
「神というのはね、星に住まうべき生命体を創り出すことが出来る。何故、創り出すのか。それはオールドが言った通り、自分自身を育んでいくためよ。だから神はその天体上に住む知的生命体の文明を向上させ、生命体としての格を上げていく。神とはそういう生き物なのよ」
「だから俺が他世界へ飛んで経験を積むのか」
新しい人類を創るための礎となるために。
「そういえば聞いてなかったな。俺がこの旅を終えて人類が再誕した時、俺は不要になるだろ? 俺はそのあと……消されるのか?」
「……知りたいの?」
ブルーの声色が変わった。同時に空気も変わる。
重苦しく、圧迫感のある空気だ。正直、聞きたくはない。だが、聞かなくては。
「聞かなきゃダメな気がするんだ。納得してこの旅をしたいんだ」
「なら……教えてあげるわ。私はあなたを……」
ゴクリと生唾を飲んだ。
ニヤリと不敵にブルーが笑う。
そして……
「消したりしないわ。旅を終えた後は、人類に混じって暮らしてよし、このまま他世界へ旅をするもよしよ」
「あのー……これでも心臓がバクバクしたんですが」
「人は真実を知りたがるわ。あるいは自分の知っていることを真実だと思いたがる。つまり、真実が何かなどは、二の次なのよ」
「詐欺師の貝木〇舟みたいでなんかむかつく」
「事実、あなたは自分が消されるって思い込んだから心臓をバクバクさせたわけでしょう?」
「当たらずとも遠からず」
「無駄にごまかした理由は?」
「人としてのプライドがあったりなかったり」
「これでおあいこね」
「根に持ってたのかよ」
「下僕ごときが私の先を行くことは許されないのよ」
まあ、自分が消されないと分かっただけでも満足だ。
俺は一つの命として、尊厳を与えられている。
「で、どうするのかしら? ここの穴に入るの? それとももっと先へ進む?」
……どうするかな。
どうせ先へ進んでも、俺達にとって都合のよい世界か悪い世界かは分からないのだ。
なら、一回ここで……
そう思った直後、視界の端にキラリと光る輝きがあった。
目を向けてみる。
青い光だ。魂の光。しかし、普通よりも強い。
なんだあれは……
「あそこから強い光が見えるんだが、あれはなんなんだ?」
一般人より遥かに精度のよい眼力を持って、その姿を捉える。それは……人型の光だった。
「人?」
「あれは……神よ」
「お、神か。意外と早く見つけちゃった感じがするな」
「しかもあれは……地球の神ね」
「地球の神様ならここにいるじゃんか」
「それは星の神よ。神にも色々神種があって、人の想念から創り出された神話の神々だって現実に存在するのだわ」
「へぇ……じゃああそこにいるのは手塚〇虫かもしれないんだな」
「それは漫画の神様よ」
「じゃあキング〇ンビーか?」
「それはゲームの貧乏神でしょ」
「ビスレストにはボン〇ランスの世界だってあるかもしれないじゃないか」
「あるとしたらオールド、その世界であなたの全財産を取り上げてマイナスカードを押し付けた挙句に素っ裸で島流ししてあげる」
「それなんていじめ?」
「ただのいじめよ」
貧乏神よりタチが悪いな……
「まあいいや。どんな神にせよひとまず会ってみようぜ。神でも俺達には触れないんだろ?」
「……そうね。互いに接触出来ない以上、攻撃される心配はないわね」
「なら、決まりだな」
早速俺達は強い光の元へ歩き出す。
俺からすれば、ブルー以外で初めて話すことになる奴だ。
すごく好奇心が湧いてくる。
そうさ、これだから人間はやめられないんだ。
こうして俺達は、オーロラ漂う空間を意気揚々と突き進んだ。