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オールド&ブルー  作者: 冒険好きな靴
プロローグ 人智碑文世界アース
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データⅡ(メモリーⅠ)

 『オールド』


 唐突ですまないが……自分は何故生きているのだろうと、人生の中で一回は考えたことはないか?

 宇宙の先に広がる世界に想いを馳せたことは?

 俺達生命が死んだ後に行きつく先とは?

 人類がまだ見たこともない存在のいる可能性って?

 いつか来たる宇宙の終焉の先には何があるのか?

 神様は本当に存在するのか?


 ああ、思えばこの世界は未知に溢れている。

 知りたいことだらけだ。

 心をくすぐられる。

 これは人の特権だ。

 俺達は疑問の中で生きる種であるからだ。


 だけどな……多くの人間は社会の中で揉まれていくうちに思考を停止させ、目の前のやるべきことに目を向け始める。

 誕生、成長、通学、人間関係の形成、就職、自立、生活、交際、結婚、子育て、老後……そして死。

 生きること自体に自身の焦点をあて、そして確かに生きていく。

 そして、何故自分は……人間という生き物はこの世界に生まれたのかなんて考えなくなっていく。

 それが、普通。


 でも、この世界に住む人間の中には変わり者もいて、神の存在証明やら世界の真理を解き明かしたりなんかを生きる目的とする者もいる。

 いわゆる学者さんだ。

 ある仮説を提唱し、世間に公表し、一笑に付される。

 それがお決まりのパターン。

 でも、諦めない。

 まだ人類の歩いたことのない場所を開拓していく。

 人類を牽引していく。

 好奇心や知的欲求、そして人間のプライドがそうさせるんだろう。

 だから人間は動物とは違うのだ。


 そして人類は発展していくうちに気が付いた。

 世界は人智の届かない遥か天井まで続いていることを。


 世界に存在する全ての物体は物質の最小単位である原子から構成されている。

 原子は化学元素を初めとしたあらゆる物体を形作る。

 中には化学的性質は変わらないが、質量数の異なるアイトソープから成る物体も存在するだろう。


 人の肉体は元素として突き詰めれば、酸素、水素、炭素、窒素、リン、硫黄の集合体でしかない。

 それらの元素は人間の内臓、骨、筋肉繊維、神経、血管、細胞、皮膚、毛髪などを生み出し、人間として生きていくために適切に、ある種芸術的に配列されていく。

 まるでパズルのピースのように。


 外部環境から刺激を受け取った末端神経は信号を脳へと発信し、脳は外部の状況に対して適切に人間の肉体が行動を起こせるよう判断して信号を送り返す。

 筋肉の一本一本が動作し、骨格を支え、それがまた外部刺激を五感が受け取ることに繋がっていく。


 筋肉を動かすためには上位の指示系統の他に、たんぱく質、脂質、炭水化物が分解されることで作り出されるエネルギーが必要となる。

 体温の維持、運動、思考などといった全ての生命活動は、エネルギーを使って行われるからだ。

 そのエネルギーを摂取するため外部から食物を入手し、摂取していくこととなるわけである。


 口内へ放り込まれた食物は咀嚼され、唾液に含まれるアミラーゼなどの分解酵素によって大雑把に分解されていく。

 そして食道を通じて胃へと流された食物は、強酸性の胃液によって更に分解され、十二指腸へと送り込まれる。

 十二指腸は重ねて食物を消化しながら小腸、大腸へと押し出し、残った栄養素と水分を吸収して体外へと排出する。

 摂取した栄養素は毛細血管やリンパ管を通じて全身へと巡っていく。

 肉体に貯蓄されたエネルギーは基礎代謝などに使用され、生命活動の維持を行なっている。

 すなわち、循環である。

 創発……単純な要素の相互作用から更に複雑な上位機能が発現することの名称であるが、個々の内臓、骨、筋肉繊維、神経、血管、細胞など、単体で見ていけば生命活動の維持が不可能であっても、全てが繋がり、相互的に連携を果たすことで上位機能の発現を可能としている。


 そんな創発現象によって生きている人間が個人ではなく、社会全体として生きることにより、文明のレベルが向上していくのである。

 労働、生産、再生、消費、利用、処分、廃棄を繰り返した結果、水産業や牧畜などにより効率的かつ安全に食料を入手することが可能となり、それらを摂取した子供は教育を施され、各分野の社会活動に参加するように促されていく。

 各分野の発達により、交通手段、通信手段、医療、軍事、経済などの水準が高まり、人類は地球全体に広がっていった。

 そして生み出される新しい技術は文明のレベルを更に押し上げることとなる。

 これもまた創発である。


 増殖を続けた人類を支えるのは地球環境である。

 人間の呼吸から生じる二酸化炭素を酸素へと変化させる樹木の数々。

 樹木へ養分を与える豊かな土壌。

 その土壌に栄養分を与えるのは、樹木によって酸素を提供されてきた生物の死骸や糞便である。

 バクテリアが死骸を分解し、土壌に命を吹き込んでいるのだ。

 人体と同じように、地球環境と人類の間では共存のための大規模な循環が行われている。


 さて、急激な人口増加によって地球という生存圏内に収まらなくなった人類は、アメリカ、ロシアによる宇宙開発競争を経て宇宙へと進出した。

 アポロ11号による月面着陸や、火星周回軌道に投入された宇宙探査船での調査、地球という星を客観的に見るための撮影が行われた。


 だが、人類は未だに太陽系内から先へと進んだことはない。

 地球から最も離れることの出来た人工物は、ボイジャー1号と呼ばれる1997年に打ち上げられた太陽系外を飛行中の無人宇宙探査機だ。

 ボイジャーのように人工物自体が太陽系を脱出した例はあるが、人類が物理的に到達できた例はない。


 太陽系は太陽および、その重力で周囲を公転する天体……つまり水金地火木土天海で有名な惑星8個とその他の小規模な衛星などが存在している。

 そして約1光年離れた場所で太陽系を取り囲む、1兆個以上の膨大な数の小天体があるオールトの海と呼ばれる広大な領域が存在する。


 更にそれを包むのは直径10万光年という途方もない大きさの銀河系であり、周辺にはアンドロメダ銀河などの複数の銀河が点在している。

 そんな銀河が無数に集まって出来たラニアケニア超銀河団があり、その先は果てない空間が広がっている。


 宇宙全体を俯瞰的に見ると、俺達の体内に住まう細胞達が集まっているようにも見えるのだとか。

 これらは全て、創発という関係で成り立っているかもしれないと考える者もいた。

 そしてここまで語った全ての物質が原子で構成されているはずなのだ。


 ああ、そうかと人は知る。

 どこまで道を歩いて行っても……疑問を一つ解き明かしたとしても、また疑問はやってくる。

 でも、ずっと歩いてきた。

 遠くまでやってきた。

 旅をしながら。


 例え自分が死んだとしても。

 次の世代に意思を託して。

 遺伝子という情報と、ミームによって伝えられる文化的な情報を継承していきながら。


 遺伝子の進化とミームの進化は無関係ではなく、相互的に影響し合いながら人類に進化を促していく。

 更なる謎を解き明かすために。


 まだ、諦めない。

 諦めない。


 先へ、進む。

 どこまでも。

 どこまでも。


 まだ、進む。

 先は暗い。


 篝火を灯す。

 足元しか見えない。

 それでも進む。


 徐々に篝火が消えていく。

 火の勢いがなくなっていく。


 この世に無限はない。

 有限が支配するのだ。

 だから、火だって無限ではない。


 明かりが消える。

 気力もなくなっていく。

 種が、時の流れと共に衰退していくように。


 意識が薄れていく。

 今まで頑張ってきたのに。

 先へ進むたびに寒くなっていく。


 ある時、後ろを振り向いてみた。

 出発した場所が見えなかった。

 温もりから異様に離れた場所に自分が立っていることに気が付いた。


 ああ……冷たい。

 孤独だ。

 広大な暗黒世界の中で、ふと思った。

 俺達は……一人ぼっちなんだ。


 うずくまり、膝を抱える。

 もう、歩けない。


 全てを知る神は強いと思った。

 何故なら、こんな圧倒的な孤独と不安に耐えることができているのだから。


 知らなければよかった。

 世界がこんなに広く、そして無慈悲な場所なのだと。

 俺達は所詮、創発という現象の中に生きる一つの要素の一部でしかないのだと。


 進化して、そう分かった。

 いつまでも歩けない。

 体力が尽きていく。


 そして……俺達の視界は、真っ暗に染まってしまった。


 ……はずだったのだが。

 ここから、始まる。

 俺達の新しい旅が。

 新生するのだ。


 先に光が見えた。

 生まれようとしている。

 俺達……いや、俺という新たな存在が。


 さあ、生まれ落ちてみようじゃないか。

 未知なる世界へ。

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