第三節 炎と氷の世界
俺は……なんでこの世界を燃やしているのか?
記憶が薄らいでいた。
俺には大切な思い出があった。
だが、それはよく思い出せない。
カルナ……
俺は……お前のために……
それを思い出そうとすると痛いのだ。
生きていたくなるほどに痛いのだ。
だから、燃やす。
この星の神が死ぬまで、俺は燃やし続ける。
カルナ……カルナァァァァァァァァァァアアアアア!!!!!!!
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空を飛び、海を目指していると気付いたことがあった。
「なんか上空がやけに寒くないか?」
「炎から遠ざかっているからじゃないかしら」
俺達が飛んでいる高度は五百メートル……ヘリコプターでも行ける程度の高度である。
地上よりも気温が低いのは分かるが……なんか、これは寒すぎないか?
だって、明らかに気温が氷点下をきっているのだから。
「やっぱりこの世界は元々寒い世界なんだな」
「燃え盛ってる地上にいる間は分からなかったわね」
「どのくらいの気温か分かるか?」
「マイナス百度よ」
「南極よりも寒いじゃないか……」
喉と肺が凍るレベルだぞ……
「異常な温度差だな」
「多分、この炎がなかったらこの世界は氷と雪に漂白されてたんじゃないかしら?」
「ア〇と雪の〇王どころの話じゃないな」
アレ〇デールどころか、世界が氷に閉ざされてしまうのだから。
「氷河期を迎えるはずだったこの世界を、あの巨人の炎で温めているってことか?」
「でも、何故か暴走を始めて世界を燃やし尽くしているってところね」
「じゃああの炎の巨人を倒しちまえば、あっという間に氷河期に突入だな」
「どっちみち死の世界ね」
「積んでるじゃん」
「……だからこの世界の神もあの巨人を野放しにしているのかしら」
「どうだかな……」
分からないことだらけだが、ビフレストに引き返すという選択肢は取らないだろう。
もっとこの世界のことを知ることで、俺の得られるものがある気がするからだ。
しばらく彼女に任せて遊覧飛行を楽しむ。
空中にいる間は俺の意思で進路変更することはできず、全てブルーに任せることになる。
たまに冗談でアクロバットに俺をローリングさせたりするのでドキドキものだぜ。
いや、信用してはいるんだけどさ。
「まだ着かないんかな」
「時速1000キロで飛んでるのよ。贅沢言わないで」
「一応音速で飛んでるんだな」
「あなたがいなかったらもっと早く飛べるわよ」
「じゃあもっと速度を出してくれ」
「Gで全身内出血とか起こすだろうけどいいかしら」
「すいませんでしたやらないでくださいお願いします」
急いで謝らないと彼女ならやりかねないからな……
「腕の調子はどう?」
「もう根元が再生し始めてる。痛みもないぞ」
「代わりにむず痒くなるかもしれないわ。神経がこれからどんどん形作られていくだろうから」
「医者いらずだな」
「便利でしょ? 人類のバイオテクロノジーを私の創ったエーテル体に流用したのよ」
「義手や義足もいらない時代だったからな」
「生きてさえいれば、どんな病気や怪我でも治せたものね」
「心の病は治せなかったけどな」
「病というか、人類が滅んだのは正常な現象だったのよ? 人間という生命体が元々持つ欠陥のせいでこうなっただけよ」
「その欠陥のおかげでみんな不幸せだった、だから幸せになろうと頑張ってたんだよな」
だから人類は高度な文明を作ることができたのだ。
だから不可能なことも可能にする力を持っていたのだ。
それを踏まえて言うなら、欠陥と言うべき要素ではないのかもしれないが……
「他の世界の知的生命体も同じような滅びを迎えたケースはあるのかね」
「あり得るけど、実際に見てみないことには分からないわ。そのための旅なのよ」
今聞いてて思った。
俺がこの世界に残り続けるのは……どうしてこの世界の神様以外の生命が滅んだのかを知りたいからなのかもな。
それが俺の旅の目標を達成する情報の一つだろうから。
感慨に耽っていると、前方にキラリと光る水平線が見えた。
……海だ。やっぱりこの世界にも海はあったのだ。
しかも、燃えていない。海面部分だけが炎に取り囲まれずにいるのだ。
「ほらな、言った通り海はあったろ」
「正常な海ではないけどね」
「……本当だ」
よく見ると、海は海じゃなかった。
その海は真っ赤に染まっていた。しかもドロドロ。粘性であり、炎よりも赤く物体を燃やすもの。
……マグマだった。海は海でも、マグマの海だったのだ。
「これじゃあマグマオーシャンですやん」
「魚の一匹も住めなさそうね」
「ヴォ〇ガノスあたりのモンスターなら住めるんじゃね」
「モ〇ハンはなんでもアリなモンスターばっかりだものね」
「特にフロ〇ティアはな」
そんなしょうもない話をしていても仕方ないのだが、こういう絶望的な光景を見るとな……
「海辺なら建造物も残ってると思ったが……」
「一切ないわね。皆無よ」
「空にも浮島とかファンタジックなものはなかったしな」
「この世界は本当になにもないわね。一体この世界の神は何をやっているのかしら」
しかめっ面でマグマの海を見つめるブルー。
ポコポコ気泡みたいな音がなるだけの真っ赤なスライムを見ても面白くないのか、更にしかめっ面が濃くなっていく。
「……むっ」
ぼーっとマグマを見ていると、なんか前方の海面が盛り上がっているような気がしてきた。
それはどんどん大きくなっていく。どんどんどんどん大きく……なりすぎてね? 軽く俺の五十倍はないか?
「うおお?」
「どうしたのよ」
「これ、見てみろよ」
ブルーを促して盛り上がりを見させる。ブルーも目を細めてそれを凝視する。そしてそこから出てきたのは……
「炎の……クジラ?」
それは炎でできたクジラだった。燃えているクジラではない。炎がその形を作っているのだ。
なのに、そこに意思のようなものが感じられる。これはどういう……
「……あのクジラ、巨人と同じ神性を感じるわ」
「巨人の仲間か?」
「仲間というより、巨人そのものというか……」
言いかけて、ブルーがハッと気付く。
「逃げるわよ」
「え?」
ブルーの判断は、クジラが俺達を視認するよりも遅かった。
そのクジラがギョロッと巨人のように俺達を凝視する。これまた巨人と同じ黄金色の瞳で。
そして、その瞬間。
「ウヴァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!!」
遠く、遠くから巨人の咆哮が聞こえた。死と滅びの叫びだ。この世界で最も怖い者の狂気だ。
「あのクジラ、あの炎の巨人の力の一種だわ。ああやって炎を操作することで拡散させてるのよ」
「目があるってことは、監視役でもあるのか」
「巨人に見つかったわ」
「でも、空に逃れれば安全じゃないのか?」
「それはどうかしら」
どういう意味だよ、と質問しようとした直後。
背後に気配を感じた。どうしようもなく強い威圧感がその場を支配した。
俺達は巨大な炎に見られている気がした。後ろを振り返ってみる。
いつの間にか、炎の巨人がすぐそこに立っていた。
「……ホラーかよ」
すぐに第一撃がやってきた。
炎の巨人が持つ大剣でを俺めがけて振り下ろしてきた。
回避できるタイミングじゃなかった。第一空中じゃ身動きできない。
周りがスローモーションになっていく。死ぬ。確実に死ぬ。やばい。そう思った刹那。
ブルーが操作したのか、俺は横方向へ吹っ飛ばされた。強烈な衝撃と共に。
「うおっ……!?」
そのまま地面に叩きつけられる。とっさに受け身を取って、周囲を確認してみる。
炎のクジラは消えていた。が、目の前にはあの怪物が悠然と立っていた。
以前見た時は五十メートルくらいだったはずだ。なのに、今いる巨人は五百メートルを超す規格外の大きさだった。
化け物中の化け物。普通、この大きさになると自立することすら難しいはず。なのに、立っている。それだけで物理的な作用を受け付けない、常識外の存在だと思わせるには十分だった。
「ブルー!!」
「いるわよ」
隣から声が聞こえた。無事に攻撃をかわしたらしい。俺が余裕ないってのに、彼女は未だ冷静だった。おいおい、メンタル強ぇなぁ。
「大きさが違いすぎるだろ。前の巨人とは別物か?」
「いえ、同じよ。恐らくこれも巨人の力なのだわ。炎の概念を持つ神性にはありがちで、自身の大きさが固定されていないのよ」
「巨大にもなれば、小さくもなれる?」
「しかも炎から炎まで一瞬で伝って移動する力まであるみたいね」
「この巨体でチートかよ」
「神はチートの塊なのよ。ほら、次が来るわよ!」
「まだ腕が治ってないのに勘弁してくれ……!!」
巨人が横な薙ぎに剣を振るう。それを跳躍してかわす。足が燃えるように熱い。エーテルでできた靴の裏がベロベロに溶けていた。
ブルーのサポートでそのまま空中へと飛び、巨人とは反対方向へ。だが、大きさが違いすぎた。
たった一歩で巨人は俺達に追いついてしまう。これじゃあ前と同じだ。なにか方法を考えないと、逃げられない。
「ヴァアアアッッ!!!!!!!!!!」
狂乱の声と共に巨人が剣を振り回す。そうしてできたのは豪炎の竜巻だった。
吸い込まれないようになんとか踏ん張る。あれに触れたら即アウトだ。
「ブルー、逃げろ!!」
「引き寄せる力が強すぎて動けないわ!」
巨人が俺達を見定めて、巨大な剣を中空に竜巻ごと降り抜いた。その斬撃は炎を纏って飛んできていた。どんなデタラメだよ……!!
「空を飛ぶ力を解除しろ!!」
俺の指示で体は落下し、同時に風圧で吹き飛ばされる。
代わりに、斬撃から逃れることができた。炎の竜巻は斬撃で失せたが、次は巨人の突進が待っていた。
「来るぞ!」
「どうにか時間を稼いで!! 今度は私がなんとかするわ!」
「どうなんとかしろっていうんだよ……!」
前回のような目潰しは巨人が巨大すぎて使えない。
なら、今度こそ俺の体を張るしかないだろう。
俺は地面に着地して、巨人の突進に備える。巨人の一歩が世界を震えさせる。一歩で世界が泣き喚く。
心臓が激しく高鳴る。でも、これを凌いだらブルーがなんとかしてくれる。
希望がある分マシなはずだ。だから、ここで踏ん張るのだ。
「人間がゾウに勝てないなんて思うなよ、巨人!!!!」
「ヴァアアアアアアアアアア!!!!!!!」
炎の塊が容赦なく俺に突進してくる。俺の心臓の動悸は最高潮に達する。
巨人はショルダータックルの形で俺に迫ってきていた。一体何万馬力なのかも想像できない力だろう。
正面から受けては間違いなく死んでしまう。
俺に迫る巨大な肩。でも、動きは単調だ。だから、見切れた。あえて前に俺も突進しながら肩を掻い潜る。そして迫る巨人の片脚。駆け抜けるだけで大地は大きく削れ、世界に大きな傷跡を残す化け物の脚。
脚が俺を蹴り飛ばそうと迫ってくる。俺は……残った右手でそれを受け止め、そのまま押し込んだ。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
「……!?」
莫大な質量を片腕一本で受け止めた結果、俺の右腕はグチャグチャに潰れた。そして激しい熱気により炭化していく。神経から発生した痛みが度を超して全身を巡っていく。直後、俺の腕は砕け散った。
その代償として、巨人は体制を崩し、前へ転倒した。
今まで見たこともない量の土埃が高く舞い、周囲の火炎が飛び散っていく。
でも、巨人にダメージは見られない。ただ転んだだけだからだ。それでもよかった。時間稼ぎにはなっただろうから。
「ブルー!!!」
「準備オーケーよ!!!」
ブルーが俺の叫びを受け止めて、前へ出る。
巨人の眼前まで飛び、そして両の掌を突き出した。
「ヴァアアアアアアアアアア!!!!!」
巨人が苦しみだす。明らかに様子が変化した。
「巨人に幻覚を見せているから、今のうちに早く逃げるわよ! 一分と持たないわ!」
言って、手早く俺を浮かせて猛スピードで飛ばしていくブルー。
これで両腕が使い物にならなくなってしまった。この状態で巨人に再度襲われるのはまずいだろう。
その危機感が、俺達を逃走に駆り立てる。逃げ切れるようにと祈らざるおえない。
幸いなことに、巨人は追ってこなかった。見失ったのだろう。
こうして俺達は、二度目の巨人の強襲を辛くも逃れたのであった。




