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知らないほうが幸せか ③

「初めてここに来て、希由香と護りと一族のことを知って、ラシャに降りた。そこで継承者として覚醒(かくせい)し、そのほかの事情をシキに聞き、いくつかの約束を交わした。ひとつは、護りを必ずラシャに持ち帰ること。それが出来なけりゃ、俺の力はラシャに返す。その代わり、発動可能なうちに発見出来れば…祈りは俺が決められる。これはシキに聞いてるな?」


 キノは無言でうなずいた。


「護りの必要性を聞かされた時、ラシャの者たちは、『紫野希由香から護りの記憶がなくなる前にその在処(ありか)がわかれば、発見は今回の発動に間に合わなくてもかまわない』と言った。それを聞くまで、俺は護りの発動に何の興味もなかった」


「叶えたい望みがあったから、命を()けてまで探す役目を負ったんじゃなかったのか? ラシャはそれを利用したんじゃ…?」


 とまどいながら、涼醒が(たず)ねる。


「ラシャが利用したのは、これ以上希由香を巻き込みたくはないと望む俺の心だ」


 キノは眉を寄せた。けれども、何も言わずに話の先を待つ。


「最初にラシャが要求したのは…時間を置いて意識を戻した後、俺自身が希由香から護りの在処(ありか)を聞き出すことだった。それと平行して、ラシャの者がキノのところへ降りると。だが、希由香の例もある。余程(よほど)慎重にやるか、強引な手を使うか…どっちにしろ、うまく行く保証はない。人間じゃない者が、いくら使命だと()いてもな」


 浩司が息をつく。


「意識の戻った希由香に俺が会うことは()けたかった。だが、俺が断り、キノの方も失敗した場合…護りの記憶が失われる危険がどれだけ高かろうが、ラシャは希由香から聞き出すしかなくなる。だから、俺は…あいつじゃなく、同じ魂を持つ者から聞き出すことを選んだ。そして、必ず護りを見つけて持ち帰る…突然現れた、しかもヴァイの9の継承者がそう言っただけじゃ不信感を消せない者たちを、シキが納得させた」


「約束で…か」


 涼醒がつぶやいた。


何故(なぜ)かはわからないが、シキは俺を信用したらしい。ヴァイでのリシールの状況も俺自身の事情も、全て知った上でだ」


「…あんたを信じてなけりゃ、あんな約束をしようとは思わないさ」


「護りをラシャに戻せない時には力を返すと言ったのは俺だ。奴らの()になるものをほかに思いつかなかったからだ。()けても惜しくない命だしな。その代わりとして、発動する権利を得た」


 食い入るようなキノの視線から、浩司が目を()せる。


「自分ではどうにもならない願いでも、護りの力なら叶えられると考えた時…望むことがひとつあった」


 浩司は机に乗せた左手を見やった。その指にはめられていたラシャの指輪はもうないが、天井からの明りを、何かが小さく反射させている。


「その望みは、必ず護りを見つけなければと俺に思わせるのに充分だった。失うかもしれない命よりもずっとな」


「…シェラの(のろ)いを()くこと…」


 浩司から一時(いっとき)も目を()らさずに黙って話を聞き続けていたキノが、口を開く。その声はすでに震えている。


「それ以外に、何を…そんなに望んでるの?」


「俺は、希由香の幸せを願ってる。それはおまえも同じだな?」


「…希由香が願うのは、あなたの幸せだよ。私は…二人の幸せが同じところにあるって信じてる。だから、あの呪いを()くことが出来るならって。私は…私も、あなたの幸せを願ってるよ。だから…」


「キノ…」


 とめどない哀願(あいがん)の流れを両手で(すく)()めるように、浩司がキノの言葉をさえぎった。


「おまえが俺の幸せを願う必要はないんだ。いや…俺には、おまえにそう思われるだけの価値がない」


 浩司の視線が、自分とキノの間の床へと落ちる。


「俺は…おまえに謝らなけりゃならない。護りの使命を負わせ、希由香の記憶を辿(たど)らせることを買って出たのは、おまえの身を(あん)じたからだけじゃないと言ったろう。希由香の意識のないうちにおまえが護りを見つければ、あいつをそっとして置ける。そう考えた」


 キノはゆっくりと首を振る。


「希由香の記憶を夢に見るなら、おまえは俺のために力を()くすだろう。つきつけられた現実も背負わされた重荷も、俺に対する疑似恋愛的(ぎじれんあいてき)な思いから乗り越えられる。そのためにも、ラシャの使いは俺が適任だとな。俺は、あいつを守るために…おまえを利用した」


 (うつむ)き加減だった顔を上げ、浩司がキノを見つめる。


「すまなかった」


 浩司が自分に()びる必要などない。護りの使命を負うのは自分の運命だと、キノは知りつつある。けれども、今、心は()らせない。今はこの真実を知るべき時なのだから。


「それでも…あなたが自分で来てくれてよかった。だから、希由香の幸せと同じくらい、浩司の幸せを願うよ。もし…私が彼女の心を知らなかったとしても」


 キノの声は、その心と相反(あいはん)するように震えを止めた。


「呪いを()けば、二人の幸せは重なると思うのは…私の幻想(げんそう)なの…?」


 何によるものかキノには定かではない苦痛が、浩司の表情を(かす)かに(ゆが)ませる。


「おまえにこう言ったな。『もし、呪いが()けるとしても、俺は希由香を愛さない。だが、あいつにしてやれることがひとつだけある。希由香を幸せにするのは俺じゃない』と。シェラの呪いを()くことに、今はもう…意味はない」


「じゃあ…何を…?」


 心臓の鼓動(こどう)と自分の声が、キノの頭の奥で重なり合う。


「俺に会ったことが、希由香の運命を変えた。時間は戻せない。だが、本来あるべきところに近づけることは出来る。俺が変えた運命は…俺が戻す」


「…嫌よ」


 キノは無意識につぶやいた。

 自分に向けられた浩司の()の闇。そこに(とら)われることを、希由香は一瞬でも恐れただろうか。あるいは、自らそれを望んだのだろうか。


「希由香の記憶から、俺に関するもの全てを消し去る。あいつの心が俺を忘れないなら、始めから存在しなかったことにすればいい。これが…俺の望みだ」


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