再会②
「大丈夫だな?」
浩司がキノを見やる。
「うん。音はすごかったけど平気。館まであともう少し…」
うなずいてそう言いかけたキノは、前方を見据える浩司の瞳が急に険しさを増すのを見て言葉を止めた。
前を向いたキノの目が、緩やかな傾斜の続く細道の先にいる人影を捉える。
「あの人たち…」
キノがつぶやくと、浩司はハンドルに拳を叩きつけた。
車がやっとすれ違える幅の道を塞ぐようにして立ち並ぶ人の群れが、次第にはっきりと見えてくる。
浩司は60メートルほど手前で車を停めた。ほとんどがまだ未成年であろうリシールの集団から、一人の男が歩いて来る。
褐色の髪に灰色の瞳の、ジャルドと同じくらいの歳に見えるその男が、運転席の真横で足を止める。
「奴らをどかせろ」
開けた窓から男を睨みつけ、浩司が静かに言った。
「それは出来ない」
にべもなく男が答える。
「どけ!」
「今は通せない。どうしてもと言うなら、轢いて行けばいい」
浩司の怒鳴り声にも全くの無表情で、男が言う。
「ふざけるな。そう言えば引き下がるとでも思ってるのか? 」
「…本気だ。車で弾き飛ばされても、道を譲るつもりはない」
男が腕時計を見やる。
「あと3分、あなたたちを足止めするだけだ。その後、真直ぐ館に向かうなら手出しはしない。ただし、逃げるなら、全力で邪魔させてもらう」
顔を上げた男の目が、キノを見る。
「お互いが納得出来るように、ジャルドが話をしたいと言っている」
「話…? 脅迫じゃなく?」
キノの言葉を無視し、男は浩司へと視線を戻した。
「あなたたち二人の意見が合わないと困る。打ち合わせでもしておくといい」
男が踵を返す。浩司とキノは黙ったまま、道の中央を歩いて行くその後ろ姿をじっと見つめる。
リシールの集団のもとへ辿り着いた男が振り返ったのと同時に、浩司が車のアクセルを踏んだ。
「浩司…!」
キノが叫ぶ。
スピードを上げる間もないほんの数秒後、リシールたちからわずか1、2センチの所で、車は急停止した。
フロントガラスのすぐ向こうのリシールたちは、その場から一歩も動かずにいた。怯えた様子も、全く顔には出していない。変わらぬ無表情な顔で、さっきの男が腕時計を指し、人差し指を立てる。
「あと1分…?」
キノは空に目をやった。地上に向けて薄まる蒼の裾に、黄と薄紅の帯が細く引かれている。
浩司は深い息を吐き、頭を振った。
「ジーグが降りるまでに着くのは、もう無理だ。ただでさえ、間に合うかどうかギリギリのところだったしな。だが、おまえを無事に見つけられた…それでいい」
「じゃあ、あの人の言う通り、館に行って、ジャルドと…?」
「キノ。俺を信じられるか?」
浩司は真剣な眼差しでキノを見つめる。
薄れぬ闇の深淵に沈む暗い光。瞳の奥に、そして、心の奥にそれを棲まわすことを余儀なくされた愛しい男を見つめ、キノが微笑む。
「信じてるよ」
「…俺に全てまかせられるか?」
「うん」
「館に行ったら、俺が何を言っても何をしようとしても、顔色を変えるな。俺の言うことには、迷わずうなずいてくれ」
「どんなことでも?」
「そうだ」
「わかった」
キノの顔から、もう笑みは消えていた。けれども、落ち着いたその瞳に、不信の陰りは一遍もない。
「浩司が何をしても、守るもののためだって信じてる」
唯ひとつの譲れぬ思いを口にする前に、キノは一旦目を伏せる。
「ただ…」
キノは浩司の瞳へと視線を戻す。
「それは、私も同じよ」
「わかってる」
「私を…信じられる?」
「もちろんだ。信じてる」
微笑んだ浩司が、視線を正面に向ける。
「ジーグはラシャに降りたらしいな」
キノが前を見ると、道を塞いでいたリシールたちは両脇に寄って道を開け、こちらの様子を窺っている。
「浩司…もう少し待てば…」
キノは声に出しかけた言葉を途中で止め、急いで首を振る。
「ううん、何でもない。気にしないで」
「キノ…」
二人は、互いの瞳に映る自分の姿の向こうに、相手の心を読み取れただろうか。
護りを発動してしまうこと。キノがそれをためらうのは、希由香と涼醒の身を案じる思いからだった。そして、今それを選ばない浩司の真意をつかみ得るには、キノはまだ多くのことを知らねばならい。
けれども、それぞれの心の決めた結論が同じであることはわかった。
今は、まだその時ではないと。
「俺は自分のやるべきことをやる。おまえは、おまえの守るべきものを守れ」
ジーンズのポケットを探る浩司を見て、彼がラシャの蒼いマントではなく臙脂色のシャツを着ていることに、キノは今初めて気がついた。
「おまえにも、質に取れるものがある。おまえにしか出来ないこともな。俺がやれと言ったら、その通りにしてくれ」
静かな、けれども、懇願するような声で浩司が言う。
「どうしても必要な場合にしか言わない。だから、その時は…俺の言う通りにしてくれ…頼む」
「護りを渡せって言っても?」
そう尋ねるキノの瞳を見つめたまま、浩司はジャックナイフを差し出した。
「俺を刺せと言ってもだ」




