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何のため誰のために

 キノはフラフラとベッドの縁に腰を落とした。備えつけのデジタル時計の数字が、ぼんやりと目に映る。


 丁度1時間前に、涼醒からの電話がリシールの来訪を告げた。そして、今その同じ番号から、涼醒ではないリシールがキノに話しかけている。


「声も出ないほど驚いてはいないでしょう? 充分予想出来たはずだわ。涼醒君が一人で逃げ切れるとでも思ってた?」


「奏湖さん…涼醒は…?」


「発信器を置いていかれたおかげで、見つけるのに時間がかかったわ。涼醒君があなたのそばを離れるのも意外だった。だけど、結果は同じよ。あなたに…話があるの」


「涼醒に替わって。彼の携帯からかけてるってことは、そこにいるんでしょ? 」


「ええ。でも、話すのは無理よ」


「…涼醒に何をしたの?」


 携帯を握るキノの手に力がこもり、ピアスが耳の後ろに食い込んだ。


「涼醒に何かあったら、あなたたちを(ほろ)ぼしてやるから!」


「怖いわね。でも、どうやって?」


「護りに祈るよ。ヴァイのリシールをこの世から消してって」


 キノの耳に響く奏湖の甲高い笑い声が、狂喜(きょうき)に光るジャルドの(ひとみ)を思い起こさせる。


「何がおかしいの? 本気よ」


「それは不可能だから。ラシャと同じ力を持つ継承者の命は奪えないし、大勢の命を奪うのも無理よ」


「…あなただけのなら奪えるのね」


「そうしたいなら、やれば? 貴重な力をそんなことに使うなんて、無駄もいいところだけど。私一人いなくなっても、一族は困らないもの」


 一瞬、キノは奏湖の後ろから聞こえる音を聞き取った。

 パソコンのキーを弾くような音と、不規則な電子音。けれども、それらが何であるかを気にする余裕など、今のキノの心にはない。


「心配しなくても、涼醒君はまだ無事よ。あなたが私たちの言う通りにしてくれるなら、ずっとね」


「護りは渡さない。あなたたちに…涼醒は殺せないでしょ?」


「よく知ってるじゃない。でも、痛めつけることは出来るわよ? 私たちには独自の(おきて)があって、それに(そむ)いた者には罰が与えられる。話したでしょう? (ごうもん)問は得意よ。リシールの命を奪えないのはちょうどいいわ。ジャルドは手加減を知らないから」


 キノは唇を()む。奏湖への怒りが、熱い心を沸騰させる。


「そんなことしたら、あなたたちみんな同じ目に合わせてみせる。私なら…ジャルドも殺せるよ」


「それはこっちも同じだわ。あなたの身が安全なのは、祈りの呪文を知りたいからよ。ラシャの者はもうすぐ帰る。そうすれば、紫野希由香もいるから、人質(ひとじち)は二人になるわ」


卑怯(ひきょう)だね…。護りを手にいれるためなら、何でもやるの?」


「聞くまでもないんじゃない? もし、あなたが警察を呼んだ場合には、涼醒君のことも通報してあげる。医者が怪しむくらいの怪我 (けが)を負わせてからね。あなた自身も困るでしょう? こっちの世界にはいるはずのない人間だもの」


「…そこまでして、もう一人の継承者を探したいの? 9人(そろ)えると、いったいどうなるっていうの?」


「私たちが護りの力で何をするかまで知ってるのなら、話は早いわ。ヴァイには今、9人の継承者がいることがわかった。覚醒していない残る一人を見つけ出せば、長年の願いがやっと叶う。一族の、リシールの繁栄…ジャルドの願いよ」


「繁栄って、いったいどういう意味?」


 短い沈黙の後、奏湖が静かに(たず)ねる。


「希音さんは、リシールがどうして人数を増やせないか知ってる?」


「…男は子孫を残せないから?」


「そう。おかしいと思わない? ラシャのために存在する私たちにだって、人間として普通に生きる権利はあるわ。でも、ここでは子孫を残すために、女は必ず子供を産まなきゃいけない。愛する男がほかにいてもよ。あなたなら、耐えられる?」


「それは…奏湖さんの愛する人が、リシールだからなのね」


「…9人の継承者が力を合わせると、リシールの男も子供を残せるようになる。そう言い伝えられてるわ。私は…一族が繁栄しようが滅びようが、それはどうでもいいの。だけど、義務で子供をつくるなんてまっぴらよ」


「もう一人が見つかっても、9人が賛成しなきゃいけないんでしょう?」


「そうね。でも、反対する者なんているわけないわ」


 キノは目を閉じ、息を吸う。


「浩司は…」


 深い息を吐き、目を開ける。


「きっと賛成しない。だから、あなたたちが護りを手に入れても無駄よ」


「何を言ってるの? 反対する理由なんてないでしょう? それに、もし反対したとしても…紫野希由香を(たて)に取れば、言いなりに出来るもの」


「…浩司を甘く見ない方がいいよ」


「あなたもね。ジャルドはもうすぐ館から出られるわ。そろそろ結論を出したらどう? 涼醒君を思うなら、早めに護りを渡した方が利口よ。それとも、彼はあなたにとって、人質の価値はないのかしら?」


 キノは濡れた髪を乱暴に()き上げる。


「護りをラシャに持ち帰らなかったら、あなたたちは継承者を失う。それでもいいの?」


「どういうこと?」


「浩司は…ラシャの者と約束してるの。護りをラシャに戻せなかったら、自分の力を返すって…」


 しばしの間を開けた後、奏湖が呆れた声を上げる。


「バカバカしいわ。苦しまぎれの出まかせなら、もっとましな話にするのね。そんな約束、榊浩司に何のメリットがあるっていうのよ」


「信じないなら、それでもいい。だけど、後で泣くのは私だけじゃないよ」


 感情を抑えたキノの言葉に、奏湖が押し黙る。


「涼醒は…本当にそこにいるの? 捕まえたなら、私の居場所を聞いたはずよね。何て答えた?」


「そこがどこか、彼が口を割るのを心配してるの? 彼があなたのことより、自分の身が可愛いくなったらどうしようって?」


 キノが声を上げて笑った。


「その心配をする必要はないの。涼醒は私がどこにいるか知らないよ。ペンを置いたホテルを出てすぐに別れたから。涼醒からは何も聞き出せない、これは言っておいた方が親切かなと思って。それより…私が知りたいのは、彼が何て答えたかよ。もし、(つか)まって私の居所(いどころ)を聞かれた時に、こう言うって決めてある場所があるの。本当に(つか)まえたなら、涼醒から聞いたはずよ」


 奏湖は何も言わない。


「答えられないの? 」


「聞く前に気を失ったから…。だけど、間違いなくここにいるわ。この携帯を使ってるのが、その証拠よ」


 キノの頭と精神は動揺しているが、奏湖の口調に混じる不審の色を感じ取れなくなるほどではない。


「嘘よ…涼醒はそこにいない」


「そう思いたいなら、思えばいいわ」


 二人が無言で息を詰める中、キノの耳に(ざわ)めきが聞こえた。


「私たちは、必ず護りを手に入れる。そして、一族の繁栄を願うわ。9人の継承者が現れるなんて、滅多にないチャンスなのよ」


「リシールが繁栄を選ぶ時、世界は滅びることになる…その予言のことをラシャで聞いたよ。それは知ってるの?」


「…世界が滅びる?」


「そう。今予言されてる崩壊とは別に…それでも?」


「信じないわ…それも、作り話なんでしょう? だって、本当なら…ジャルドが知らないはずないもの」


「私には、予言にどれだけの信憑性(しんぴょうせい)があるかとか…リシールのことも、わからないことの方が多いよ。だけど、世界が崩壊する可能性があって、それを止めるために自分に出来ることがあるなら…そう思ってる。私にも、守りたいものがあるの」


「…ジャルドが護りを手にしても、世界の崩壊は()けられるわ」 


「奏湖さん…ヴァイのリシールたちは厳しい決まりにとらわれてる、逃げ出したい、そう言ったのも、全部嘘だったの?」


「嘘じゃないわ。ジャルドは冷酷で、無慈悲で…暗い(ひとみ)には一遍(いっぺん)の情も見せないような男よ。彼に支配されてる限り、苦しむ者はいなくならない」


「だったらどうして? ジャルドが護りを手に入れたら、救われた世界は彼の思うままになるよ。それでもいいの? 奏湖さんは、ジャルドの言いつけで誰かを傷つけても平気なの? 辛くはならないの?」


「平気よ…私はジャルドの望むことなら、何だってするわ。一番辛いのは、彼にとって自分が何の役にも立たないことだもの」


 つぶやくようにそう言った奏湖の声に、キノは彼女の心を聞いた気がした。


「ジャルドは、この時のために自分が存在してると思って生きて来たのよ。私は彼の力になるって決めたの。それが…私の役目よ」


 (おのれ)の役割を自分で決めるよりも、知らぬ間に与えられた役を無意識に演じることの方が容易(たやす)い。そして、良心の範疇(はんちゅう)をも自らが決めるならば、それに見合う返報(へんぽう)を受ける覚悟を持たねばならない。

 奏湖の決意の出所(でどころ)を思い、キノは一瞬怒りを忘れた。


「奏湖さんは…」


「とにかく、あの人の邪魔は、誰にもさせないわ」


 感情的に言い放つ奏湖の背後で、誰かが(ささや)くような声がする。何を言っているのかまでは、キノにはわからない。


「希音さん、続きは…会ってから話すことにしない?」


「え…?」


「まさか、同じホテルにいたとはね」


 キノが息を飲む。


「どうして…」


「携帯よ。通話中なら、そこがどこか突き止める方法を知ってるの。あなたが…話を続けられる状態で助かったわ」


 その言葉に弾かれたように、キノは携帯を耳から離し通話を切った。考えるより先にバッグをつかみ、ドアへと走る。


 キノの足が、扉の一歩手前で凍りつく。絨毯張(じゅうたんば)りの廊下は、歩く者の足音を響かせはしない。けれども、何かの機具の触れ合う(かす)かな音が、キノの正面に近づき止まった。

 次に聞こえたのは、控えめな呼び鈴とドアをノックする乾いた音。

 本来なら中にいる客にサービスを運ぶ者の来訪を告げるその音が、まるで非常ベルのようにキノを戦慄(せんりつ)させ、その《め》瞳を固く閉じさせる。


 大丈夫。私は強い…。


 開かれたキノの(ひとみ)に宿る光に、(あきら)めの(かげ)微塵(みじん)もなかった。


 キノの背後に見える窓の外、遠い丘の輪郭(りんかく)が濃紺に浮かび上がる。

 リシールの館。その東棟に配された中空の間に朝の陽が射し込む時、キノはラシャへと降りるだろう。そして、無の空間を旅するその時は、必ず力の護りとともにあらねばならない。


 たとえ、それが今日ではなく、何日か後のことになるとしても。



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